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恋の花名  作者: 鳥海月
コスモスの季節
2/2

2 この恋の終わり



目覚まし時計の音で目が覚める。

いつもはちょっと憂鬱な仕事前の朝支度も今日は楽しい。

昨日まで散々文句言っていた雨も、今日はなんとなく味方になってくれる気がした。


支度をして玄関を開けると雨の匂いがする。

通勤もちょっとだけ足取りが軽い。

電車を乗り継ぎ、いつも通り出社する。



「おはようございます。」


「おはよう!」


先に出勤していた局長と浜村さんに挨拶をする。


その後、大崎さんが出社。

そして、そのまま軽い朝礼が始まる。


「おはよう!よし今日は倉山くんが会議で午後から、浜村くんは15時まで外回りしてもらう。16時までには戻ってくるから締めには間に合うだろう。窓口は高梨さん頼むね。」


「はい!なるべくお待たせしないように頑張ります。よろしくお願いします。」


局長の言葉に返事をする。

今日も一日が始まる。


全体の確認が済むと朝礼が終わり、軽く掃除をする。


端末の準備をし、席につく。


時計から9時を知らせる音楽が鳴る。



「いらっしゃいませ」



こうして一日が始まる。



雨のせいか、読みの通りお客様は少ない。

午前中は無事に終わり、休憩に入る。

決まった休み時間はないので、社員は順々にお昼を取る。


私がちょうどお昼の休憩から上がる頃、倉山さんが会議から戻ってきた。

そして浜村さんと変わり、私の午後が始まる。


窓口に戻ってきて2人のお客様を受付し、ちょうどお客様がいなくなった頃、バチバチと雨がガラスに当たる音が聞こえてきた。

かなり強く降り出したようで、すごい音がする。


書類を確認していた手を休め、目の前の大きなガラス窓の外を見る。

かなり暗く今にも雷が鳴りそう。

風も強く、目の前の道を歩いている人はひとりもいない。

そんな中、一台の車が駐車場に入ってくる。


今日の一番の楽しみの時間がきた。

見慣れた社用車から傘をさして石田さんが降りてくる。

雨の日でも爽やか。

所作もスマートで車にロックをし、自動ドアの入り口へ近づいてくる。


石田さんは柔らかな笑顔で入ってきた。



「いらっしゃいませ」


「こんにちは。高梨さん、昨日はありがとうございました。」


「いえ、とんでもない。こちらこそありがとうございました。」


「これとこれをお願いします。」



石田さんが通帳と納付書を取り出す。

それを預かり業務に取り掛かる。



すると後ろから倉山さんの声がした。


「石田さん久しぶりですね、いつも俺がいない時を狙ってきてません?」


冗談を言いながら私の隣の窓口まで出てくる。


「そんなことないですよ!でも確かに久しぶりですね。倉山さんこそ俺を避けてないですか?」


2人の会話は続く。

何故か2人は仲良しで、いつも会えば話してる。

私は黙々と電卓を入れ、端末に向かう。



手続きもほぼ終わり、最後の確認をしていると2人の話題が自分になっていることに気づく。


「高梨さん、仕事中無口だから」


倉山さんが言った言葉に反応する。


「私が何ですか?」


「いや、高梨さん普通の時は天然で可愛いけど、仕事中は頼りになるクールビューティーだって言ってたんだよ」


倉山さんがからかう。


「ちょっと、やめてくださいよ!」


「いや、俺も倉山さんの言うのは当たってると思うよ。」


石田さんが乗っかる。


「石田さんもやめてくださいよ!」



「ははは。お姫様がお怒りなので私は後ろの仕事に戻ります。石田さんも雨がおさまるまでごゆっくりしていってください。なんなら、次のお客様が来るまでうちの姫君とゆっくり話してください。」


倉山さんはそう言って後ろのデスクに戻っていった。


「ではお言葉に甘えて。」


石田さんが私の前まで来る。



「手続き終わってます。通帳と領収書ご確認お願いします。」


私は通帳と領収書をカルトンに乗せて石田さんの前に置く。

石田さんは通帳と領収書を確認した後、手際良くカバンにしまう。



「ありがとうございます。今日も雨が凄いですね。」


「ホントですね。今だいぶ弱まってますけど、石田さんが来られたとき凄かったですよね。こうも雨が続くとお日様が恋しくなります。」


「俺も雨が続くと嫌ですね。電車とかも大変じゃないですか??」


「そうなんですよ。じめじめだし、人も多くて大変です…。」


「じゃあ高梨さん、今日お時間あります?」


「え、仕事終わってですか?」


「はい。」


「大丈夫ですけど。」


「じゃあこれを、またあとで。」



石田さんはそう言って2つ折りにされた小さなメモ用紙をカルトンに乗せ、自動ドアの方に歩きだす。


え?

慌ててカルトンからメモ用紙をとり、自動ドアを出られる前に挨拶をする。



「ありがとうございました。」



石田さんはこちらを振り返り、笑顔で会釈をして外へ出る。

雨は先ほどより弱まっているが、まだかなり降っている。

石田さんは素早く車に乗りこむ。

そのまま車は動きだし、駐車場から出ていった。


ずっと目で追っていたけど、手の中にあるメモ用紙が気になって仕方がなかった。

それでも1分1秒でも長く石田さんを見ていたくて、見えなくなるまで石田さんの姿を追った。


見えなくなってから手の中のメモを開く。



ーーーーー


少しご相談があります。

仕事終わったら連絡ください。

お迎えに上がります。


ーーーーー




なんで!?


体温が一気に上昇する。

顔が赤くなっているのが自分でわかる。


局長と倉山さんは2人で後方デスクでパソコンに向かって何か確認しているし、大崎さんはお昼の休憩中。

気づかれないよう気を落ち着かせようとするけど、嬉しくて思い出すだけで顔がにやけてしまう。


ただ、一つ引っかかる。

相談ってなんだろう…

あずささんのことだったらどうしよう。

色々考えたけど、頭の中は『?』だらけ。

全然集中できない。


お客様もいないし、局長たちに一言断りトイレに向かう。

休憩室で水分補給をして深呼吸する。

早く終わらせるためにも頑張ろうと気分を切り替える。

事務室に戻り窓口に座る。

そして一気に書類を片付け始めた。



結局、雨足は弱まらずお客様はそんなに多くないまま営業は終了した。

あれからの集中力はなかなかのモノでいつもより少し早く終わった。

浜村さんと倉山さんももう終わるようで、着替えを勧められた。



「お先します。お疲れ様でしたー!」


大崎さんはもうあがったので、男性の皆さんに言って更衣室に向かう。


急いで着替えて、化粧直しをする。

いつもより念入りに。

でも持ち歩き用のポーチの中じゃ限度がある。

昨日の今日だからと気を抜かずちゃんと持ってくれば良かった。



局を出る前に電話をする。

初めて掛ける石田さんの携帯。

携帯に表示されている文字を見るだけでドキドキする。


呼び出し音より自分の心臓音が大きい。



『お疲れ様です、石田です』



出たー!

当たり前のことなんだけど、一気に緊張する。


「あ、高梨です。お疲れ様です。今仕事終わりました。」


『わかりました。車を回しますので駅の前によろしいでしょうか?10分くらいで着くと思います。』


「はい、じゃあ入り口のとこにいます。」


『寒かったら中にいて下さい。着いたら電話しますので。ではまた。失礼します。』




通話を終えても耳から電話を離すことができない。

心臓がドキドキしている。

昨日から私の心臓は働きもの。


携帯をかばんの中に入れて、急いでロッカーの鍵を閉める。

更衣室を出て事務室の方に向かう。



「お疲れさまでした」



事務室の局長たちにそう告げて職員用出入口へ急ぐ。

靴を履き替え外に出ると雨があがっていた。




郵便局ではあんなに浮かれていたのに、いざ駅に向かい出すと不安になってくる。

相談ってなんだろう。

私で大丈夫なのかな。

考えながら地下鉄まで歩く。


地下鉄の駅の入り口の隣に可愛いお花屋さんができていた。

そういえば昨日、窓口に店長さんが来てオープンしますって言ってたっけ?


携帯にも連絡はないし、周りを見ても石田さんの車はない。

せっかくだからとガラスのドア越しに中を覗くと、観葉植物や可愛いブーケが沢山ディスプレイしてあり、奥に女の人がいた。

昨日窓口に来ていた店長さんだと思ったとき、ちょうどパソコンから視線があがり目が合う。


「いらっしゃいませ」


店長さんが挨拶をして、笑いかけてくれた。

笑顔で会釈をして、近くの切り花に目を移す。

たくさんの綺麗な花の中にコスモスの切り花があった。

ふと視線を感じ、顔をあげると店長さんと目が合う。

ドアが開き、店長さんから話しかけられる。


「コスモスお好きですか?」


「はい。可愛いですよね。」



私が答えると、店長さんは少しためらい気味に尋ねてきた。


「あの…郵便局の方ですか?」


「はい。」


返事をすると店長さんは満面の笑顔で話を続ける。


「やっぱり!郵便を出しに行ったり、ご挨拶に行ったりで制服姿は何回か拝見したんですが、私服姿はやっぱり雰囲気変わりますよね。郵便局の方かなぁと思ったんですけど、ちょっと自信なくて。ジロジロ見てしまって、ごめんなさい。」


「いえいえ、よくお客さんからも言われるんですよ。」


「窓口にいくと、いつも年が近いんじゃないかって思って、勝手に親近感湧いてたんですよ。私28なんですけど。」


店長さんは明るく気さくに話しかけてくれる。

ホッとする雰囲気があった。


「私、26です。高梨伊織といいます。」


そう言うと、店長さんは少し驚いた顔をした。


「いいなぁ。可愛い名前!伊織ちゃん。響きもいい。しかも若かった!でも2歳差ならほぼ同い年ですよね!今帰りですか?」


「はい。駅で待ち合わせなんですけど。」


「じゃあゆっくり見て行ってください。少し冷えてきましたし、中にどうぞ。私、神沢といいます。また帰りに寄ってくださいね!サービスするから!」


店長、神沢さんは可愛らしい笑顔で名刺を差し出す。


「あ、すみません!私、名刺を職場においてて…」


受け取りながら謝る。

綺麗な桜色をした名刺には昨日から気になっていた名前があった。



『神沢 あずさ』



あずささん…

この名前…

何となく嫌な予感がした。


名刺から顔をあげ、神沢さんの方をみようとしたとき、



「高梨さん?」


いきなり背後から名前を呼ばれて振り返ると、石田さんが居た。



「すみません!私、電話…!」


慌てて携帯を見ると、着信もメールもない。


「いや、すみません。ちょうど途中ココにいらっしゃったのが見えたので。そのまま。高梨さん、その花お好きなんですか?」


「伊織ちゃんはコスモスお好きみたいよ!」


石田さんの質問に神沢さんが間髪入れずに答える。

石田さんが驚いた顔で神沢さんを見る。


「あ、あずさ!お前何してんだ!」


「ふふっ、待ってました!私、ここで店長してまーす!」


「は?!そんなの全然聞いてなかったぞ!」


「あったり前じゃん!創樹に言わないでって要にお願いしてたもん!っていうかね、伊織ちゃんに夢中で、全然私に気づかないってどういうことよ…」



要って土谷さんだよね…

土谷さんの名前がでてくるってことはやっぱり神沢さんは、あの『あずささん』だったんだ。

ただの偶然かと思ったけど違った。


もう途中から2人の声が遠くで聞こえる。

1歩ひいたところで2人を見ている気がする。

仲の良い2人を見てやっぱり彼女さんなのかと、少し切なくなった。



「ほら、伊織ちゃんが置いてけぼりじゃないの!」


神沢さんが屈んでコスモスの切り花を取り、続けた。


「伊織ちゃんが待ってたのはあんたでしょ!こんな阿呆らしい会話に付き合わせるのは申し訳ないしね。あんたさっさと伊織ちゃんをきちんと送りなさいよ。」


そう言って神沢さんはコスモスの切り花と他の花を包んで小さなブーケを作って石田さんに渡す。


「お、おい。」


石田さんが何か言おうとするが神沢さんは石田さんの脇腹を肘でつつき喋らせない。

石田さんは顔を歪めながら脇腹をさする。


神沢さんは有無を言わさずお店の外に誘導する。

私はただ2人を見てることしかできない。


「お前なぁ。」


石田さんがため息をつく。


「前祝いよ!オープン祝いは明日の夕方、要の家で。要から来るよう言われたでしょ?創樹がお肉担当で手を打とうじゃないの!」


「はいはい。じゃあ高梨さん、いきましょうか。」

「伊織ちゃんまたね!」


手を振る神沢さんにお礼を言って会釈し、石田さんと歩く。



「高梨さん、昨日から騒がしい奴らばっかりで本当にすみません。」


「いえ、とんでもない。ちょっとびっくりしましたけど。」


「そりゃびっくりしますよね。」



そう言って石田さんが車の助手席のドアを開ける。



「お邪魔します。」


ドキドキしながら座ると、目の前にブーケを出された。


「あ…神沢が高梨さんに作ったものですから、貰ってやって下さい。」


手を伸ばし、受け取るとドアが閉まる。


ブーケを見ると切なくなった。

仲の良い2人の姿だったり、『あずさ』っていいかけて『神沢』って言いなおしたり、彼氏っぽい言い方だったり。

私が迷惑になるんじゃないかと、助手席に乗っちゃいけないんじゃないかと思ってしまう。

色んなこと考えてしまって、泣きそうになる。


運転席のドアを開け、石田さんがすっと乗り込んでくる。



「出発しますけど、大丈夫ですか?」


「はい。」


車は駅の駐車場から出ると、昨日の道をゆっくりと進んで行く。



「高梨さん、今日はわざわざありがとうございます。」


「いえ…こちらこそ2日連続で送っていただいて。」


「いや、今日は少しお話したいことがありまして。ご飯どうですか?」


お話…。

その言葉に切なくなった。


返事が出来なかったせいか、石田さんがこちらを伺うのがわかり、慌てて石田さんの方を向く。

顔を上げると、不安そうな石田さんの顔と目が合う。


「すみません、大丈夫です。」


「体調悪いとか?無理させてますかね?」


「いえ!とんでもない!非常に元気です。すみません、何かちょっとびっくりしてしまって。まさか、お知り合いとか思ってなくて、こんな可愛いブーケまで貰ってしまって…」



石田さんはほっとしたのか、柔らかい口調でゆっくり答えてくれた。


「神沢は昔からの友人で、高校・大学と後輩なんですよ。だから大丈夫です。高梨さんのこともとても気に入ってしまったみたいですね。その分ですよ。」


やっぱりモヤモヤは消えない。

もう、目の前で仲良しなのは確認して、十分ショックも受けた。

どうとでもなれ!そう思い、私は意を決して聞く。



「彼女さんじゃないんですか?」


「は???」


石田さんから聞いたこともない間抜けな声がした。


「いや、だから神沢さん…石田さんの彼女さんじゃないんですか?」


「ちがっ、違いますよ!!彼女じゃないですよ!ちょっと待って下さい!寄り道します!」


そう言って石田さんは道を変えた。


「俺は神沢と付き合ってませんよ。さっきも言った通り神沢は昔からの友人で、昔から要の彼女です。」


「あ、土谷さんの?」


「はい。俺と要は小学校から仲がよくて。俺らが大学の頃あいつら2人が付き合い出したんですが、友人として、俺も神沢と知り合いです。」


「そうなんですか…とても仲がよかったのでつい…」


ホッとした。

土谷さんと、神沢さん。

妙に納得。

確かにそっくりな気がする。


そのまま緊張がゆるんで、一気に気が楽になった。

不安だった『あずささん』は一気に安心の『あずささん』になった。


それからは、仕事の話や、ご飯の話など、何気ない会話が続いた。

窓の外を見てると、全然わからない道を走っていた。

寄り道って言ってたけど、行き先を聞いていない。



「石田さん、どこに?」


「着いてのお楽しみですけど、前、高梨さんが窓口で行きたいって話していたところです。」



しばらくすると少し開けた場所に出た。

キュッとタイヤが止まる。

エンジンを止めると、石田さんがすっとこちらを見る。

目が合う。

心臓の音がまた一段と大きくなる。

石田さんは視線を外し、そのまま運転席から出る。

私も慌ててシートベルトを外すと助手席のドアが開いた。

車から降りると波の音とふわっとした潮の香りがしてきた。

空には雲が多いが、綺麗な月が見える。



「海だぁー!」


「すみません、花火はないんですけど。」



石田さんが笑ながら謝る。


前、石田さんが窓口に来た時、倉山さんがお子さんを海に連れて行った話をしていて、その時私もその会話にお邪魔させて貰った。

で、私が夜の海に行って花火したいって言ったけど。



「窓口の話、覚えてくださってたんですか?」


「もちろん。いや、今日くる予定はなかったんですが。お元気になればと思って…寒くないですか?」


「大丈夫です。わざわざすみません。」


「せっかくなんで、浜を歩きますか?階段からおりましょう。」


石田さんが車にロックをかけ、階段を進む。

後を追って砂浜に出ると、波の音がまた大きくなる。

雲は多いが、雨も上がっており、月の光が十分に届く。

木の枝や貝、蟹の穴などが照らされている。


会話がない。

ただただ波の音がする。



「高梨さん。」


並んで歩いていた石田さんが立ち止まるので、私もつられて立ち止まる。


「はい」


「海はお好きですか?」


「好きですねー。実家が海のすぐそばで、まだ実家にいた頃は好きじゃなかったんですが。こうして全然海のそばじゃなくなると久しぶりに来るといいなぁって思います。波の音って飽きませんから。」


そう言って海の方を見る。

大分身体が冷えてきた。


「冷えますね。戻りましょうか。もう少し見られますか?」


「いえ、もう大丈夫です。石田さんこそ大丈夫ですか?お気遣いありがとうございます。元気になれました。せっかく連れてきてもらったのにすみません。」


「ならよかったです。いきましょう。」



石田さんはいつもの優しい笑顔でそう言うと、階段の方へ引き返す。


こうやって2人で並ぶと恋人みたいに見えるかなぁ。

そんなことを考え出すと妙に緊張してきた。


階段に近づいてきた時、石田さんが身体ごと私の方を向く。



「高梨さん。一つご相談というか、お話があって。」



そうだった。

今日はこのお話を聞くのが私のお仕事でした。


「倉山さんが高梨さんはお酒が強いから、って言われてたんで、ご飯食べながらゆっくりとでも思ったんですけど。」


倉山さん…また余計なことを!


「高梨さん、俺と付き合っていただけませんか?」


「いいですよ!お酒なら、私は紹興酒以外大丈夫ですから。」


「いや。そうじゃなくて…」



石田さんがこちらを見たまま苦笑いになる。



「俺、高梨伊織さんが好きです。だから、お酒じゃなくて恋人として付き合って下さい。」


「…」


「わっ!」



石田さんの声がした瞬間、左腕をつかまれた。

私は足の力が抜けたのか半分座り込んだ状態だ。

何が起こったのかよくわからない。


「高梨さん!」


石田さんが、石田さんが好きって。

私を好きって。

お酒じゃなくて。

恋人として付き合ってって。

こ、恋人…

意識したら一気に顔が熱くなる。


急に体が軽くなる。

体を支えられ、石田さんの左腕が腰に回され、立たされる。

いとも簡単に。


「高梨さん、大丈夫ですか?寒いですし、砂付いちゃいますよ。」


目が合うと一気に恥かしくなった。

まさか手が届くような人だと思ってなかったので、ホントに夢かと思う。

嬉しくて涙が出てしまう。


涙がこぼれた瞬間、石田さんの手が離れる。

思わずその手をつかんでしまう。


「高梨さん!すみません、俺泣かせるつもりじゃなくて。」


「違うんです、嬉しいんです。私もずっと石田さんのことが好きだったんです。ずっと憧れてて、まさかこんな風に言われるなんて思ってなくて。びっくりしてしまって。」



石田さんは目を大きく開いたあと、今までにないくらい眩しい笑顔になった。



「高梨さん。僕と付き合って下さいますか?」


「はい。こちらこそよろしくお願いします。」



私はそう言って頭を下げる。

ドキドキが止まらない。


ふと足元に目がいく。

スカートやブーツに大量の砂がついている。

顔を上げない私に気づき、石田さんも足元を見ると納得したように声を出す。


「すみません、びっくりさせてしまいましたから。雨あがったばかりでしたしね、濡れてませんか?」


「とんでもない、全然大丈夫です。私こそ本当にすみません!」


砂を払いながら謝ると石田さんが手を差し出す。

ドキッとしてそっと手を重ねると、石田さんは私の手を握って歩きはじめる。

繋いだ石田さんの手はすごく温かかった。


「高梨さん。すみません、冷えてしまいましたね。温かいお鍋でも食べに行きますか?高梨さんの家の近くに美味しい鍋とお酒のお店がありますが。」


「はい!いいですね。折角だから石田さんも飲まれませんか?車置いて。」


車の前でもう一度砂を払い車に乗り込むと、運転席から石田さんが優しい笑顔で、頭に手を乗せた。

ポンポンと頭を叩くと、エンジンをかけゆっくりと発車する。


「お気遣いありがとうございます。高梨さんは花もありますし、一度荷物置きに行きますか?」


「そうですね。お花もちゃんと生けたいですし。一度帰ります。」


「じゃあ送ります。車おきに戻りますんで、また連絡しますから。」


「うちに車置いたらダメなんですか?使ってない駐車場ありますから。明日だったらお酒抜けますから、乗って帰れますよ。」



石田さんが苦笑いになる。



「そしたら俺はどこに泊まるんですか。」


「うちに泊まっていただいて大丈夫ですよ。」



石田さんが笑う。



「高梨さん。俺は高梨さんのそういうところが好きなんですが、あまり困らせないでください。高梨さんはそういう意味で言ったんじゃないってわかりますけど、俺も男ですからね。期待しちゃいますよ。」


「あの、そういう意味じゃなくて…いや、泊まって貰ってもいいっていうのは嘘じゃないんですけど…」


「わかってます。じゃあ車を置かせていただきます。温かい鍋を早く食べましょう。」


「いや、あの…」


焦る私の隣で石田さんはしばらく笑っていた。


3年の想い。

突然だったけど、今年は無事に伝えることができた。

ようやく一歩進むことができた。

これから冬も春も夏も、そして秋も。

何度も何度も同じ季節を一緒に過ごしたい。


石田さんの隣に座って、心から思った。





花瓶に生けてあるコスモスの花びらが一枚ひらりと落ちた。

蕾がたくさんあるコスモスは昨日、家主が持ってきたものである。

殺風景な部屋のダイニングとキッチンを仕切るカウンターの隅に置かれたシンプルな花瓶にコスモスとかすみ草が生けられている。

カーテンの隙間から太陽の光が差し込んでいる。


家主は一昨日、仕事に行ったまま戻らなかった。

昨日昼過ぎに戻ると軽く休んでまた出かけた。

そして日付が変わって随分してから戻った。

そのとき、散々飲まされたであろう家主の手にはこの花と花瓶があった。


時計の針がどちらも12を指そうとする頃、家主はようやくリビングに姿を現した。

悪友たちから渡されたこの花を嬉しそうにみながら呟いた。


「伊織…」


ようやく想いが伝わった、愛する女の名前を…

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