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「父上の勅命なら仕方ないよ」
すぐに臣下になる儀式をさせられ、バークス公爵という名前を与えられたゴドフリーが寂しげに呟いていた。
せめてもの救いは、アットウェル伯爵家の長男、セグレスとその従弟であるジェイムズ、そしてアーベル将軍が一緒に赴任したこと、そしてヴェルツレン家の後押しを受けられること位であろう。
既に科学者として赴任しているヴェルツレン家の次男トーマスに加え、その弟であるクリストファーも成人したら寄越してくれると約束してくれたのだ。それだけでもありがたいと思うしかなかったのだ。
「殿下……いえ、ゴドフリー閣下、ここは軍事要塞の要です。詳しい話は責任者のトーマス殿より話を伺いましょう」
「そうだね。それにしても、公爵家次男は凄いんだね。私よりも年下で責任者になれるなんて」
「トーマス殿は若干十三歳にして大学を卒業、十五歳にしてこの要塞の責任者ですからな」
「宇宙開発において、かなりの功績をもたらしているんだっけ?」
その言葉にアーベル将軍が頷いた。
「ねぇ、確かジェイムズは知ってるんだよね?」
「はい。同じ教授に師事しましたので。彼はかなり優秀です。彼がいなかったら宇宙開発はもう少し遅れていたと自負できます」
その言葉にゴドフリーは少しだけ笑い、すぐさま真顔になった。
「私もエメラルドの瞳を持つ人間なのに、まったく違う。父上に疎んじられるだけの人間だ」
「それ、トーマスには言わないでくださいませ。彼も結構言われている人間ですから」
トーマスの座右の銘は「出る杭は打たれる」だそうだ。打たれないようにするにはどうしたらいいか、そんなことばかり考えているらしい。
「そっか。ジェイムズは仲がいいんだね。私も歳が近いことだし、仲良くなれることを祈るしかないかな」
トーマスが今までの研究の成果を認められ、帝都にいれば違ったかもしれない。だが、上昇志向のある年嵩の研究者は皆、トーマスを疎んじた結果がこれだ。
しかも、こちらに来た研究者の数は少ない。ほとんどがトーマスに心酔したものたちばかりである。他の研究者は「年下のところで働きたくない」と、辞令を突っぱね、そしてそれがまかり通ったのだ。
金銭的支援はほとんどがヴェルツレン公爵家からなのがいい例だろう。国からの支援など雀の涙だ。
それを悪しざまに言うことなく、トーマスもヴェルツレン家も帝国に仕えているのだ。
「トーマス所長、ゴドフリー閣下がいらっしゃいました」
金色の髪に青い瞳をした痩せ型の中年の男が、画面を覗き込むトーマスに声をかけた。
「……あっそ。クレール副所長、お相手してもらっていいかな? ここが終わらないと私は手が離せない」
「……承知しました」
不承不承といった感じでトーマスの右腕ともいえるクレール=バレが答えた。トーマスの皇族嫌いは今に始まったことではない。
今日赴任挨拶に来るのを知っていながら、トーマスは難しい実験を入れているのだ。会わないで済むなら、それに越したことはないという、凄まじい理由からである。
「所長、あとクリス君とセグレス様、ジェイムズさんも一緒ですけど?」
クレールから出てきた言葉に、トーマスがやっと画面からクレールの方に向けた。
「クリスにセグレスとジェイムズ?」
「はい。セグレス様とジェイムズさんもこちらに赴任が決まったそうですよ。あとは軍のほうからアーベル将軍です」
「……ヘルゲさんも?」
「はい。アーベル将軍もです」
「今の実験止めれないしね。とりあえずクレール副所長よろしく」
「『止めれない』んじゃなく、『止める気がない』でしょう? 所長」
わざとらしく訂正するクレールに肯定も否定もせず、また画面へ視線を移した。