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ある少年のはなし 3

 ぱちゃりと目の前で魚が跳ねた。捕まえようと手を伸ばすが、もう魚は消えている。サーシャは唇を尖らせて、独り言のように何やら呟いた。

 すると、水面の一部がふわりと持ち上がり、丸い球の形を作る。渦巻くその表面に目を凝らせば、鮮やかな青の魚がその中で困ったようにふわふわと泳いでいた。少しだけ優越感に浸った後、サーシャはそれをゆそっと川に戻した。

 

「それっぽくなら、俺にだってできるんじゃん?」


 指先で水を救い上げながら、泳げと呟く。すると、指先を濡らしていた水はぷくりと浮き上がって魚の形になり、空中を泳いだ。満足げな笑顔でそれを眺めていたサーシャだが、そういえば、ミーシャは何もないところで、水瓶にいっぱいの水をためていたっけと思い出す。そして目の前を泳ぐ小さな魚に目をやると、それまでは上手くできたと思っていたそれが、途端にみすぼらしく思えてしまった。

 考えてみれば自分のやっていることなんて、少しの素質と努力さえあれば人間の子供でもできるような魔法だ。考えているうちに透明な魚はぐったりと泳ぐのを止め、川の中に戻っていった。情けなくてじわりと涙が浮かぶのを、顔を洗って誤魔化した。

 サーシャにとって、ミーシャと一緒に稽古をすることはもはや苦痛となっていた。八歳からはじめた剣術、魔術も、大きな差ができてしまい、追いつくことさえもうできない。明日は十歳の誕生日で、けれど祝ってくれる人なんているのだろうかとサーシャは思う。

 みんな、みんな、ミーシャのほうが好きなのだ。頭が良くて、武器を扱う事ができて、魔法も操れる。性格だって、明るくて親切で、驕ったりしない……。

 ふと、後ろから来る足音に気付いた。考え事をしていたせいか、かなり近い。慌ててもう一度顔を洗うと、後ろを振り向いた。


「兄さん、こんなところにいた! ……どうしたの、川の中でぼうっとなんかしてさ。流されるかもしれないし、風邪だって引くかもしれないし。出てきなよ」

「あ……ああ、だなっ。悪い」

「最近様子がおかしいよ、兄さん。明日が誕生日だからって浮かれてる?」


 茶化すようなその言い方に、お腹の辺りがざわつく。けれど決してそれを顔に出さないように細心の注意を払って、サーシャは笑った。


 「かもなー?」


 きっとミーシャは優しいから、祝ってくれるんだろうとサーシャは思う。それから、ミアータとブルーノとルイス。彼らは、本当にサーシャを気に掛けてくれている。きっと誕生日も、笑顔で祝ってくれるんだろう。けれど、けれど。

 サーシャは集落の真ん中にある大きな建物を見上げる。夕日を浴びて、白い壁がオレンジ色に染まっていた。

 父さんと、母さんは、どうだろう。もしかしたら一言も、声すらかけてくれないかもしれない。


 最近の父と母は、ミーシャばかりを気にかけていた。幼い頃は、二人とも同じように愛してくれていたのに。

 声をかければ、普通に返事は返ってくる。けれど言葉だとか、言い方だとかに、冷たく突き放すようなものを感じるのだ。それに気付くたびに、ぎゅうっと心臓を掴まれたようになる。息が苦しくなって、その場を逃げ出してしまうのだ。

 ミーシャと話しているときの両親は、幸せな、理想的な家族のようだった。三人の顔には笑顔があって、優しい言葉を掛け合っていて。


「兄さん、早く帰らないと日が暮れるよ。こんな時間じゃ水の魔物だって出てくるかもしれないし。災いを貰ったりしたら大変だろ?」

「魔族はこんなとこまで来られないだろ。水門は魔力で封じてあるし」

「……それがさ、今日、アリアたちが言ってたのを聞いたんだけど。ここから一番近い水門が壊れたらしいんだ。魔族とかのせいじゃないらしいけど……まあ、古かったもんなー」

「へー……俺はそんなこと、全然聞いてなかったけどな」

「結構みんな言ってるけど……あ、ブルーノが口止めしてたからかな。やっぱり、秘密にしておきたい、とか?」

「ふーん」


 帰ろう、と歩き出したミーシャに、サーシャはついていく。が、はっと気付いて、サーシャは岩の下に隠してあったノートを手に取った。周りを見てもう忘れ物がないことを確かめ、服の下に隠し持つ。先を歩いていたミーシャに並ぶと、彼は不思議そうな顔をした後、可笑しそうに笑った。「忘れ物したような気がするときって、あるよね」と。

 曖昧に頷いて、ふと後ろを振り返る。そのまま下流のほうに視線を流してみたが、ここからではその壊れたという古い水門は見えなかった。しかし、水門は一つだけではない。その向こう側にもいくつかあったはずだし、ならばあれが壊れたくらいでは大人たちは何もしないのかもしれない。だから水門のことがサーシャの耳には届かなかったんだと、自分に言い聞かせるようにサーシャは心の中で思う。


「僕も水遊びしたいけど、明日は兄さんの誕生日だもんな。楽しみにしててよ、僕、とっておきを用意してあるんだ」

「今それ言ったらダメじゃねーの」

「大丈夫だって。兄さんの想像を越え……られる、と、思うから」


 顔を逸らしながら、少しずつミーシャの声は小さくなっていく。笑いながらミーシャの頭を小突いて、ずっとこのままならいいのになあ、とサーシャは思う。

 ずっと仲良しで居られたら、きっと、ずっと幸せなのに。

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