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終わりの無い始まり-神への謁見-  作者: さかな
第一部
2/2

第一章 始まりを告げる鐘-前編-

21時。


辺りはもう暗くなっている時間


そんな中を一人の少女が何かブツブツ言いながら歩いている。


あーでもない、こーでもないと、悩んだり、怒ったり、時には笑ったりと、感情の上下が激しい少女。


最初はブツブツと小さな声を発していたのにもかかわらず―――


「あーもう!!何かムカついてきたー!!!自分達が頭良いからって、自分の娘も頭良いとは限らないのよ!!!」


先程も言ったが、今の時間は21時


辺りには人があまりいない静かな場所


この少女の声は辺りに響き渡る


自分の声の大きさに気がついたのか、少女は


「やばっ!!誰もいなかったよね…?」


さっきとはうってかわって周囲を気にしながら、やはり独り言を言う。


辺りをキョロキョロと見渡し、誰もいないのを確認すると


「良かったぁ…。誰もいなかったぁ」


安心した表情になり、少女は再び歩き出した。


帰路の途中の少女。


もう少しで家に着くという所で、家の近くにある少し大きめな公園の中へと入っていく。


公園の中へと入った少女は入り口から一番離れた場所にあるブランコへ向かった。


「うぅ…。やっぱり寒いなぁ…。」


寒いという少女。


それもそうだろう、今は12月なのだ。


そして今年は例年よりも寒くなっていると、ニュースを見て知っているはずなのにもかかわらず、夜中に公園に寄ってブランコに乗ろうというのだ。


少し、いや、かなりこの少女は頭が悪いと思う。


だが、さっき言っていた事を踏まえると親は頭が良いという事がわかる。


そして、ブランコに着いた少女は


「楽しいー」


夜中の公園でギーコ、ギーコとブランコの動く音が響き渡る


普通に他人が聞いていたら、これは心霊現象になってしまう。


だが少女はそんな事お構いなしといった感じで、ブランコを漕ぎ続けた


一人ブランコ…


はたして本当に楽しいのだろうか…?


でも楽しいと言いながら懸命にこぐ少女を見ていると、本当に楽しいと錯覚を起こしてしまうくらいに楽しんでいる。


星空のもと、少女は一人もくもくとブランコをこいでいる


とても綺麗な星空、ブランコの音がとても似合わない星空、そしてこんなに美しい星空に似合わない台詞を――――――


「神様の馬鹿野郎ー!!!私は頭が悪いんじゃー!!!」


――――言ってしまった…


それにしても、『私は頭が悪いんじゃー』


………その通りである


きっと天変地異が起こらない事には、この少女の頭は良くならないだろう。


誰もがそう思いたくなってしまうだろう。


そして、さっきも大声を出してやばいと思ったのにもかかわらず、また大声を出しているという、なんとも間抜けな少女であろう


案の定


「やばっ!また大声出しちゃった…。誰もいなかっよね…?」


ブランコをこぐことを止め、周囲を見渡す少女。


少女は何度も周りを見て、誰もいないと思った


だが、


「ふっ」


小さな、でも少女に聞こえるくらいの大きさの鼻で笑う声が聞こえた


少女はその声に気づき


「えっ…!?誰かいました…?」


少し心配そうな声音で言う少女、そしてすぐに少女への返答が返される


「悪い、脅かすつもりはなかった。ただ――――」


公園の林から出てくる一人の男


身長は170後半くらい、すらっとした長い足に短髪。


だが少し髪が長いのか、短髪なのに髪は立っておらず、ペタンとしている。


髪の色は暗くてわかりづらいが、たぶん黒。


顔立ちは普通に見て美形、鼻は通り目は細くは無いが切れ長である。


格好はどこにでもいそうな、パーカーにジーパン。


左腕に何かあるのか、男は右腕で左腕を押さえていた


そんな男が少しずつ少女へと近づき


「――――神様の馬鹿野郎はちょっとな」


微笑を浮かべ、少し少女を馬鹿にしながら言う男


そんな男に対して少女が言う


「いや…。あれは、若気の至りというか…、なんというか…。」


照れながら少女は俯く。


馬鹿にされているのに照れてしまっているこの少女はもう救いようが無いのかもしれない…


だが、男が笑った事に対して照れているのなら間違いはないのかもしれない。


そんな男が少女へと近づき、少しずつ月明かりに照らされた。


そして少女は、はっきりと男が見えて、男の異変に気がついた


「ちょっ…!!腕から血が…!?」


男の押えていた左腕からは、着ているパーカーに染み込む位の血が流れていた


心配そうに見てくる少女に男は言う


「これなら大丈夫だ。そして、君には関係のないことだ。」


冷静に、淡々と、まるで感情が無い人間のように喋る男。


だが少女は、


「関係なくない!!私たちがこうやって出会った事にはきっと意味がある!!それに…怪我している人をほおっておけるほど私は冷たい人間になったつもりは無い!!」


さっきまでアホ面でブランコを漕いでいた少女の面影はなく、そこにいたのは、純粋なまでに正義感の強い一人の少女がいた。


そして少女は


「私は…あんな人達みたいになりたくない…。」


俯き、小さな声で発せられた言葉には、声には、悲しみと、途方もないくらいの憎しみが込められている、そんな気持ちを感じさせた。


だが、その言葉は男には聞こえていなかったみたいで


「なんだ?今、何か言ったか?」


疑問符をつけた言葉で返してはいるが、やはりこの男は冷静に、淡々と、感情がこもっていない声をはっする


普通なら、誰しもが敬遠したくなるような男の喋り方、だが少女はそんな事にはならなかった


「なんでもないです。ほら、手当てしますからうちに来てください。」


手当てをしたいと言う少女に、男は冷たく言い放つ


「さっきも言ったが、その必要はない。確かに君の言う、出会った事に意味があるとういうのは少し分かる気がする。だが意味があっても、関係はない。」


さっきよりも声音が低くなり、さらに感情が感じられないその声。


恐怖すら感じでしまうくらいの低い声音の男ひゃ少女を睨み付けていた。だが少女はそんな男の視線に


「はいはい。そんなに睨まなくても大丈夫ですよ。痛いの我慢しているんですよね?」


この少女は…。いや、もう言うのはやめよう。


さっきまでのカッコよかった少女はもうどこにもいなかった…。


睨みつけていた男も、少女のその言葉で目を見開き、口をあんぐりと開けながら、何も言わずに呆然としている。


何も言わない男に対して少女がさらに口を開いた


「何か貴方を見ていると、人間に虐められた野良猫が、優しくして来た人間を威嚇している姿に見えて、何だか少し笑える。」


クスクスと笑いながら男をからかう様に話す少女。


そんな少女の無邪気な姿を見た男は、諦めたかのように


「ふっ」


公園の林から出てきた時と同じように、鼻で笑った。


そして、さっきまで人を殺してしまいそうな目つきをしていたのに、そんな雰囲気とは真逆な少しの優しさと、少しの悲しみを帯びたような、そんな瞳を見せていた。


「な、何で笑うんですか…?」


少女が馬鹿にしていた状況が一転して、男が少女を馬鹿にしている図になってしまった。


だが男は目の前にいる、あまりにも無邪気な少女に


「何だか君は不思議な人間だな。わかった。手当ては受けることにするよ。」


諦めたのか、それとも何か心境の変化が起こったのか。


男は素直になり、少女の申し出を受け入れると言い出した。


その言葉に少女は満面の笑みを見せ


「じゃあ、うちに行きましょう!」


ブランコに座っていた少女は立ち上がり、男の手をとって、少し足早に公園を出ようとしていた


「お、おい。そんなに引っ張るなよ。俺はケガ人だぞ?」


「あ、忘れてました…。」


少女と男は、今日出会ったばかりというのに、もう何年も前から知り合いのような雰囲気をだしている。


そんな事はなにも感じでいない二人、少女と男は、少女の家へと向かった。




◆◆◆



少女の家に着いた二人。


玄関に入り少女が男に言う


「ちょっと待ってて。今、救急箱持って来ますから。」


そう言い、少女は静かな家の中へと入って行く。


あまりにも静かな家、男は少し疑問に思ったみたいだった。


少女を待ちながら、玄関のふちに腰を下ろしながら、あたりを見渡していた。


そんな事をしていると、少女は戻ってきて、


「はい、服脱いでください。」


男は座っていたため少女を見上げるかたちになる、男は疑問に思っていた事を何も言わずに服を脱ぎだした。


パーカーを脱ぎ、その下に着ていたシャツを脱いだ男の腕を見た少女は、黙り込んだ


それもそうだろう、男の腕を大きめな刃物で切られたような深い切り傷


こんな深い傷を負っていたのにもかかわらず、男は今まで平然と少女と話しをしていたというのか


これだけの血を流していて、さらにこの寒さだ、左腕の感覚なんてもう無いのかもしれない。


少し戸惑い、動きを止めてしまった少女に男が


「どうした?寒いから早く済ませてくれ。」


その言葉で少女は我に戻ったのか


「あ、うん。ごめんなさい。」


「別に謝る必要は無い。こんな傷を初めて見せられた人間はみんな絶句する。」


男は少女の顔も見ず、淡々と言った。


そんな男の言葉を聞きながら少女は手当てをする。


家庭にあるレベルの薬では、応急程度にしかならないという事を、少女は理解しながら男の腕を手当てする。


悲しい瞳で、自分には何もできないと自覚しながら、少しの絶望感が少女を襲っていただろう。


そんな少女に、手当てを受けている男が


「それにしても静かな家だな。」


いきなりの質問混ざりの言葉にビックリしたのか、一瞬手当ての手を止めた少女


だがすぐさま止めた手を動かし、男の言葉に答える。


「うん。誰も帰って来ないから。」


「誰も帰って来ない事を自分で分かりながら、俺を家に入れたのか!?」


男は少女の言葉を聞き、戸惑いを見せながら少女の方へ向きを変えた


あまりにも予想してなかった事実に男は驚嘆きょうたんした


そんな男に対して、少女は冷静に


「ほら、手当て出来ないから、向き戻してください。」


そんな事を言った。


冷静に言われてしまった男は、少女の言うことを聞き、向きを元に戻した


再び手当てが始まった直後に、少女が口を開いた


「分かってます。自分がしてる事がどれだけ危険な事か。はい、終わりましたよ。」


手当てをするのに使った物を救急箱にしまいながら、少女は自分の愚かさを告げた


男は少女の言葉を聞いて黙り込み、静かに服を着始めた


少女は仕舞しまい終わった救急箱を両手で持ち、立ち上がって部屋の方へと向かう


向かう少女は振り向かず、男に背中を見せながら言う


「だから、この後、貴方に犯されようが、殺されようが、私は何も言えない。」


足が止まり、今度は男の方へと振り向いて、


「その覚悟の上で私は貴方の傷を手当てした。」


真顔の少女は気品があり、凛々しく、真っ直ぐな瞳で男を見た。


もうさっきまでの、頭の悪い少女はどこにもいなかった。


そんな少女をただ黙って見つめ返す事しか出来ない男


少女はそんな男に微笑を見せ


「ほら、寒いから上がってください。」


「だけど」


「何だか、貴方の事放っておけないの。寒いからシャワーでも浴びてきて下さい。暖かいスープでも作って待ってますから。」


今の少女はきっと男には聖女に見えるだろう。


こんなにも他人に対して優しく出来る人間はそうはいないだろう。


だが、男はそんな少女に反発する。


「どうして…、どうして出会ったばかりの俺に優しくする!?困っている俺に優しくして、自己満足して…俺を馬鹿にしているのか?」


苛立ちを隠し切れない男。


「違う。」


少女は手に持っていた救急箱を置き、男に近づき、男の頬に手で触れて


「確かに自己満足なのかもしれない。でも何でだろう…。誰かが言うの、この人を放っておいちゃ駄目って…。私にも分からない…。でも私はあの人達みたいになりたくないから…。」


誰を指しているか分からない、『あの人達』。


少女の手が男の頬から離れ、少女は俯いた。


唇をかみ締め、今にも泣き出してしまいそうな少女に男が


「分かった。シャワー借りるぞ。」


冷たい印象はいまだに残るが、男の少しの優しさが垣間見れた。


そんな男の優しさで救われた気持ちになる少女。


男はそのままシャワー室へと向かった。



◆◆◆



いったい、あの女は何を考えているんだ…?


俺にはこんな場所にいる時間なんて無いのに…


いや、何でだろうな


あの女の泣きそうな顔、俺の頬に触れた手の冷たさ、何かを感じた


あの女から…?


何を感じた…?


いや、やめよう


今はそんな事を考えている時間なんて無い、戦いに備えなきゃいけない時期なんだ。


俺はなんとしても『神への謁見えっけん』を果たさなきゃいけない。


だけど…


何でこんなにもあの女が頭の中に出てくる…?


俺は何がしたい…?


シャワーの流れる音がイライラさせる。


俺は何にイラついてる…?


優しさに触れたからか…?


確かに、誰かに優しくされるのは何年ぶりだろう


もう、優しくされる事なんて無いと思っていたのに…


何で今になって…


あの女は何であんなにも…


強いんだ…


駄目だ。


戦いが始まる。


何人も俺はこの手で殺す。


殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して…


俺はこの世界に必ず復讐する。


どんな想いを抱えて、どんな気持ちでこの戦いに参加したかなんて関係ない。


俺は全てを殺し、全てを焼き尽くす。


「俺が必ず…。」



◆◆◆



何であんな事言ったんだろう…?


私、変だよね…


でも、私にも何か出来るはず。


誰かを笑顔にさせる事が出来るはずなんだ


私はあの人達みたいにならない。


人を騙して、裏切って、自分たちが利益を得るためなら、人を平気で殺す人達なんかには絶対にならない。


みんなが笑顔になれる世界…


見てみたいな…


我侭わがままなのかな…?


何で今日はこんなに考えちゃうんだろう


あの人に会ったから…?


なんか不思議な感じがした


あの男の人は大丈夫って、誰かが言ってきたみたいに、感覚で私は私を言い聞かせてた


不思議…


何もされない保障なんて何にも無いのに…


「関係ない…か。確かに関係ないのかもしれないね…。」


何で私、自傷気味に笑ってるんだろう…?


意味わかんない…


好きとか、守りたいとかじゃない


何だが、触れなきゃいけない、そんな気がした


でもなんで…?


分からないよ…


私はただ寂しかっただけ…?


違う…


何か、もっと大きな何かが、私とあの人を繋げているような、そんな気がする


なんか胸がざわつく


何なんだろう…


全然分からないや…



◆◆◆



「シャワー、ありがとう。」


シャワーから上がった男が、少女のいるリビングに入ってきた


その男の声に気がついた少女は、リビングの真ん中にあるテーブルにスープの入った器を置く、そして


「はい。冷めないうちにどうぞ。」


少女は笑みを浮かべながら、男に接している。


男は少女の優しさに対して、先ほどまでの冷たい反応は見せずに


「あぁ、ありがとう。」


男はそう言うと、少女が作ったスープを食べ始めた。


一口食べて男は


「うん。うまい。久しぶりに温かい物を食べた。」


少し微笑を浮かべて言う男、そんな事を言う男に少女は


「だと思いましたよ。」


少女もテーブルに座り、頬杖を付きながら、男の事を見ている。


男は少女の作ったスープを食べながら


「というか、この服はどうしたんだ?」


男が今着ている服。


確かにさっき来ていた男の服とは違う感じがした


だが着ているのはパーカーで同じ、少しさっきと色の感じが違うし、生地の雰囲気も何だか違う


「それ、お父さんの。」


「俺が着てて大丈夫なのか?」


男の何気ない疑問に、少女は少し哀愁を帯びた表情になり


「大丈夫。もう二年も帰って来てないから。」


少女の言葉で沈黙に包まれる部屋


チクタク、チクタクと時計の秒針の音が響き渡っている


そんな沈黙を少女が破る


「私のお父さんとお母さんって、科学者なの。私が小さいときは日本で仕事をしてたんだけど、私が高校の受験が終わった後に海外に行っちゃった。」


語りだす少女。


男は少女の話を静かに聞いている


「それから会ってないし、声も聞いてない。来るのは、毎月知らない男の人がお金と手紙を持ってくるだけ。そんなあの人達が、私は大嫌い…。」


眉間にしわを寄せ、何かを思い出しているかのような苦しい表情になる少女


また、数分の沈黙に包まれた


「ごめんね。変な話ししちゃって…。コーヒーでも飲む?」


そう言いながら椅子から立ち上がる少女。


そんな少女に男が


「神への謁見。」


「えっ!?」


急に口を開いた男の声にビックリしたのか、少女は男の方へと振り向いた


そして


「俺が求めているモノだ。君に話すつもりはなかった。でも何でだろうな…。君には話さなきゃいけない気がしたんだ。」


俯いていた男は、顔を上げ、立っている少女の瞳を強く見つめた。


強い、強い男の瞳。


悲しみと希望、寂しさと期待が入り混ざった、そんな強い瞳


そんな瞳で見つめられた少女は


「神への謁見…?それはいったいなに…?」


少女の質問に、今度は男が語りだした


「神への謁見。あまり史実が残ってはいないが、俺が調べた事が真実なら、神への謁見を賭けた戦いの事だ。」


男の言葉は単語が多すぎたせいか、少女はいまいち理解していない様子だった


そんな少女の雰囲気を察したのか、男はさらに話しを進めた


「簡単に言えば、神に会う権利を賭けた戦いだな。参加者数は不明、どういう戦いなのかも不明、ただ、頭の中に言葉が流れ、開催される国が日本だということは分かった。後は鐘の音が鳴るのを待つだけなんだ。それを待っている間に、何もかの攻撃を受け、俺は負傷していた、そして今に至る、そんなかんじかな。」


話し終わったのか、男は一息つき少女へと顔を向ける


少女は男の話しを少し理解したのか、冷静に


「なんだか私には縁の無い話しすぎて、小説の話しを聞いてるみたい。ちょっと待ってて、コーヒー入れてくる。」


少女は男に一言残し、キッチンへとコーヒーを淹れに行く。


男は、少女は戻って来るまでの間、何かを考えているかのような表情をみせた。表情からは何を考えているか察することが出来ない。だが深く、そう深く、何かを思い悩んでいる表情を見せた。


「お待たせしました。」


少女は両手にコーヒーの入ったカップを持ち、男のいるリビングに戻ってきた。


そして、男の前に湯気の立つ温かいコーヒーの入ったカップを置く。


少女はカップを置きさっきまで座っていた、男の向かい側の椅子へと腰を下ろした


そして


「それで、さっきの続きなんだけど、神へと謁見をすれば何が起こるんですか?」


些細な質問、誰もが思う質問を少女は男に投げかけた


「詳しい事は俺にもわからない。ただ神に会う資格が与えられるとしか…。あまりにも資料が少ないんだ。本当に神への謁見を賭けた戦いが起こるのかさえ疑問に思ってしまうほど、手がかりが無さ過ぎるんだ…。」


言い終わった男は、少し俯いた。渡されたコーヒーの入ったカップを両手で包みこみながら、眉間に皺を寄せ、分からないという恐怖を抑え込みながら


男が口を閉じてから数分が過ぎた。二人は何も言わない。ただただ、時計の秒針の音が部屋中に響き渡っている。


そんな沈黙を破ったのは――――


「すまなかった…。」


――――男だった。


「何で謝るんですか?」


謝ってきた男に少女は投げかけた


「いや…。君を巻き込むつもりは―――」


真姫まき。私の名前は真姫です。真実の真にお姫様の姫って書いて、真姫です。」


少女は男の言葉を遮り、自分の名前を言い出した。


少女の突然の自己紹介に戸惑う男。そんな男に少女は慌てながら


「あ、え、名前を言った事には何の意味も無いから、心配しないで。だた、いつまでも君って呼ばれてると何か変な感じがしたから…。本当に深い意味は無いから大丈夫」


戸惑っていた男は、真姫の『大丈夫』という言葉を聞いて安心したのか、顔を少し緩ませた。そして


「ゼロだ。」


ゼロ?いったい何を意味した言葉なのか、真姫の頭の上には疑問符が浮かび上がっている。


その真姫の表情は、真剣に話していた時と違い、男と出会った公園でのアホな子の顔をしていた


そんな真姫のアホ面を見た男は、真姫が理解していないと認識し


「名前だ。」


男は少し嘆息気味に言った。だが真姫は


「名前?」


まだ何も理解していない様子だ…。


男は更に嘆息し、


「だから、俺の名前がゼロなんだ。真姫が名乗ったのに、俺が名乗らないのはおかしいだろ?それに手当てをしてくれて、温かいスープにコーヒーまで出してくれた。そこまでしてくれた真姫が名を言うのなら、俺も言う。ただ、それだけだ。」


感謝の気持ちなのか、自分のプライドなのか、ゼロは真姫に言う。そんなゼロに真姫が


「ゼロ…。うん、いい名前だね。」


優しい瞳で、どんな者も分け隔てなく包み込んでくれるような微笑みで、真姫はゼロの名を口ずさむ


何故、こんなにも優しい微笑みを浮かべる事が出来るのか


ゼロはやはり真姫がわからないといった表情になる。だが今日会ったばかりの二人が分かり合える事なんて無いに等しい。無表情のまま、ゼロは頭の中で自問自答をし、浮かんだ疑問を解決させた。


そんな事をゼロが考えているなんて分かっていない真姫が


「それで…。ゼロさんは何で神への謁見をしたいの…?」


「何で…か。俺はこの世界が憎い。」


ゼロは言葉の通り、憎しみが込められたように、目を細くし唇をかみ締めながら言った。


「俺が神への謁見を果たした時には、この世界の破壊を神へ要求するつもりだ。」


淡々と、冷たく、ただただ憎悪を込めながら、ゼロは真姫に言い放った。


そんなゼロに真姫は


「破壊か…。ゼロさんが何でそんなに世界を憎んでいるか分からないし、分かったとしても、それはきっと全部じゃない…。」


ゼロとは全く違う、悲しみを纏った表情。


そんな真姫の表情を見たゼロは居た堪れなくなったのか


「そんなところだ。よし、俺はそろそろ行くとするか。」


そう言い椅子から立ち上がるゼロ。そして玄関の方へと歩き出した。


ゼロを追うように、真姫も椅子から立ち上がり、


「待って。今日一晩くらいうちに泊まっていってください。」


ゼロの背中越しに真姫が言う。だがゼロはその言葉に


「そこまでは出来ない。でもその気持ちだけはもらっておく。ありがとう。」


ゼロは真姫へ振り向き、優しい瞳で、優しい微笑で、真姫を見つめ言う。


「こんなにも親切に、優しくされたのは久しぶりだった。スープ本当にうまかった。もう会うこともないだろう。」


そう言い、家の扉を開け、外へ出ようとしているゼロに、真姫が


「ゼロさん…。幸せになってください…。」


ゼロの事を心配そうな表情で見つめ、今にも泣き出してしまうかもしれない感情を押し込めて、真姫はゼロに言った。そしてゼロは


「あぁ、ありがとう。」


最後に微笑みだけを残し、ゼロは真姫の家から去って行った。



◆◆◆



ゼロがいなくなった玄関で真姫は立ち尽くしていた。誰もいない、ただただ寒い、冷え切った玄関で。


独りという現実を、さっきまで居たゼロという存在のおかげで忘れることが出来ていたのに。今はまた独り。


それがどれほど真姫を苦しめるか、真姫の表情は少しずつ無へなっていく。


感情を表面上から消した真姫は、玄関の縁に座った。


何かを考える真姫。そして


「何でまた独りぼっちなんだろう…」


膝を抱え、顔を足に埋め、泣きそうな声で呟く。だが今の真姫は感情を押し殺している。泣きそうな声でも、涙はでない。


どんなに悲しくても、どんなに寂しくても、どんなに辛くても、真姫は涙を流すことは無いのかもしれない。


自分の事ではきっと…


少しの間、玄関で蹲っていた真姫は思い出したかのように


「寒いな…。シャワー、浴びよう…。」


真姫は重くなった腰を起こし、シャワーを浴びに歩きだした。


脱衣所に着いた真姫は、感情の無い表情のまま、服を脱ぎ、籠の中へ脱いだ服をいれ、風呂場の扉を開く。


ピチャッ、ピチャッ


風呂場に入った真姫の足に冷たい水が纏わりつく、


「そっか…。さっきゼロさんが入ったから…。」


ゼロが入った後だからか、風呂場には乾ききっていない水。その水の冷たさも感じないかのように、真姫は平然とシャワーのノズルをひねった。


ザー、ザー、ザー


流れ出すシャワーの音。頭からシャワーをかぶり、真姫の細い体の線を通り、全身へと温かい湯が流れていく。


真姫は俯き、壁に手を置いて


「何で…、何でゼロさんはこの世界が憎いの…?私だって憎んだ時があった…。でも、笑っていられるのが幸せってまた思えたから…。駄目だよゼロさん…。」


シャワーで真姫の体は温まっていく、だが、真姫の心が温まることは無かった。


自分には何も関係が無いという現実が、ゼロの壊れかけた想いを救う事が出来ない現実が、真姫の心を悲しくさせた。


「私だって…、私だって…」


『神への謁見を求めよ』


突然聞こえてきた声。


なにか聞こえた…?いや、気のせいだよね…


『神への謁見を求めよ さすれば願い 叶うだろう』


まただ。声が聞こえる。


周りをキョロキョロと見渡す真姫。だが当たり前のように誰もいない。


だが、その声が止む事は無かった


『神へのしるべの始まりを告げる鐘の音は、もう間もなく鳴り響くだろう。』


神への導…?


鐘の音…?


ゼロさんがさっき言ってた事…?


でも神への導なんて一言も言ってなかった、でもさっき


「神への謁見って聞こえた…。じゃあ私も参加者なの…?でも、なんで…。」


疑問が疑問を呼び、螺旋を描くように真姫の頭の中でグルグルと回っている。


「私に願いなんて、何もなっ…!?」


真姫は目を見開き何かを思い出したかのような表情を見せる。そして狂ったかのように


「違う…。違う、違う、違う、違う。違う!!!」


風呂場でペタリと座り込み、真姫は頭を抱え、首を振りながら叫んだ。近所の住民にも聞こえてしまうかもしれない程の大きな声で叫んだ。


そして、動きがピタリと止まり、シャワーに体を打たれながら真姫は


「私の…願いは――――。」



◆◆◆



寒い、とても寒い、痛みがはしり少しずつ手の感覚がなくなっていくのが分かる。


さっきまで温かい場所に居たのが夢だったみたいに寒い。


体を温めるのは衣服だけ。それだけが今の拠り所。温かな気持ちに触れたせいか、数時間前よりも寒く感じる。


空を見上げれば、綺麗な星がきらめいている。


腕の傷は癒えてはいないが、痛みはもう無い。


純粋で、全ての者を心から受け入れられ、優しさを万人に与えられる、そんな少女に手当てを受けたから。


そういえば


「この服、真姫の父親のだったな。」


ゼロは歩みを止め、服の胸あたりを掴み、俯いた。


悲しみを帯びた表情で俯いた。


何で今更こんな感情が芽生える…


こんな感情はとうの昔に捨てたはずだ…


でも、いつ捨てたんだ…?


何で俺は、こんなにも傷ついて、こんなにも全てを憎んでいるんだ…?


「俺は…」


『神への謁見を求めよ』


この声は…!?


『神への謁見を求めよ さすれば願い 叶うだろう』


前に聞いた声。そして前に聞いた言葉。


頭の中に流れてくる。


何で今、この声が聞こえる…?


まさか…!


『神へのしるべの始まりを告げる鐘の音は、もう間もなく鳴り響くだろう。』


鐘の音…!?


「ついに…。ついに始まる…!!ふふふふ。」


さっきまで悲しみを帯びた表情を浮かべていたゼロはもうここには居ず、そこには不気味に微笑む冷徹なゼロが居た。


「ははは…。はははははは…!!」


ゼロの笑い声が響き渡る、美しい星の煌く夜だった。



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