第四章
――――「篠原咲季、同じく上等兵よ」
颯爽とした佇まいの長髪の女の子は、よく知っている名前を出してきた。
「――……えっと、これはアレだな、世の中にはそっくりさんが3人いるっていう……」
愕然とした問いに彼女はニヤッと笑って答える。
「あれぇ、いいのかな~、世界史の教科書見せてあげたり、テスト前にノートをコピーさせてあげたり、クラスの下ネタ1発ギャグ大会で――――」
「あーーあーー!聞こえない聞こえない!」
大声をあげる。抹消されるべき記憶が一瞬蘇ったような……
「咲季、お前って学校でもそんなハイテンションなのか?」
と、悠真が横からツッコむ。
「うっさいわね、これでも学校ではおしとやかキャラだわよ!」
真っ赤な顔で咲季が反論する。悠真がスッと寄ってきて耳打ちしてくる。
「気をつけろ、コイツは銃を持つとツンデレになるからな……ってガハァッ!?」
咲季の突きが悠真の鳩尾に深々と刺さっていた。
「もう一度徒手格闘訓練やってあげましょうか?」
「い、いえ、結構です……」
――――こ、怖えぇ……
「時に下僕?」
「だ、誰がお前の下僕なんかに……グホッ!?」
さっきと全く同じ場所に突き刺さる。
「もう一度聞くわ、時に下僕?」
「はい、何でしょう、お嬢様……」
「今日は金曜日だわ、特別メニューは何だったかしら?」
「チーズケーキでございます、お嬢様……」
「あら、そう。なら先に行ってるわね」
咲季はスタスタと行ってしまう。
「? どこ行くんだ?」
「決まってるだろ、食堂!オレらも行かねーと」
早くも回復したらしい悠真が小走りに駆けていく。
「お、おい、待てよ!」
くたくたの足をどうにか動かして追いかける。
食堂はかなり混雑していた。言われるままに券売機で『特別メニュー』を押して、ブレスレット型の非接触式ICチップをかざす。カシャンと食券が落ち、それを白く細い指がつまみ取る。
「ね、簡単でしょ?」
「なるほど、電子マネーか……」
同じようにして食券を買う。
「おーい、早くしろよ!」
カウンターの列の最後尾で悠真が呼ぶ。
「見よ! 我が最終奥義、皿回し、スピニング・プレート
!」
「悠真、危ないからトレイを回すのはやめろっ!」
「おっと」ガツンと鈍い音がしてプラスチックのトレイが落ちる。
「…………その奥義は封印しとこうな」
「――……」
幸い、一瞬シラけた程度でおさまったからよかったものの――
「はい、お待ちどうさま」と、目の前のトレイにチーズケーキが置かれる。それにしても食堂のおばちゃん、手つきが素早いな。どんどんと前に進んでいく。
「おぉ!美味しそう……じゅるっ」
「って咲季、よだれ!」
「――へ? あ、あぁ」
円卓を3人で囲む。早くも約1名食べ始めているが。
「うぅ~ん、おいしい~!」「って、マジで嬉しそうな顔だな……」
「いやぁでも、本当に美味しいなぁこれ――――お前ら、いつもこんなに旨いモン食ってるのか?」
「むしろこれはいい方よ、いつもは普通の食堂。」
周りを見ると、大人から学生ぐらいの人まで、いろいろな人が和気藹々と話しながら食べている。
「いやぁ、でも、『断食週間』はツラいんだよな……」
「だ、断食?!」
「軍用糧食レーションと水だけで1週間生活するのが義務付けられてるのよ……断食週間が終わった次の日の食堂は阿鼻叫喚よ」
「あ、あびきょうかん……」
どんなバトルが繰り広げられるんだろう……
§
2人に振り回されて、自分の部屋に入ったのは20時過ぎだった。
「あー、疲れたー……」
支給されたスマートフォンに目を通すと、新着のメールがあった。送信者は『如月厚志』とある。
『今日はお疲れ。早速明日はフライトシュミレータでテストだ。まぁ、そんなに気負いしなくていいが、心づもりだけはな。んじゃあ、明日の8:30に小視聴覚室で待ってるぞ』
見ると、圧縮ファイルで館内図が添付されていた。訓練棟の10階か……
円筒状の寮棟、それに隣接した学習棟、そしてコンピュータ室や風洞室などが入っている研究棟、シュミレータやアリーナの訓練棟があり、中心には格納庫とカタパルト、それに司令棟。意外と広いようだ。
クローゼットの中には航空迷彩のジャケット……だけでなく、普通の制服のようなものもある。見た所、デスクトップパソコンや冷蔵庫も置いてあって、まるで普通の寮だ。7:30にアラームをセットして、ベッドに入る。――――初日から寝坊なんて御免だからな……
§
――――というフラグは回収されることはなく。
「SHIZINと呼ばれるこのバトルスーツは、戦闘機型と人型に変形が可能である。これにより大型火器が装備可能となり、速射砲クラスの戦力を超音速で展開できるようになったのである。近距離戦闘に特化した『朱雀』、遠距離射撃向きの『白虎』、マルチレンジの『青竜』、そして尉官クラスの『玄武』があり、複数人の小隊を造っている」
スライドを送りながら父さん、もとい如月中佐が解説する。
「――――2013年12月の沖ノ鳥島襲撃未遂事件では、50以上の国籍不明機と23隻の巡洋艦、強襲揚陸艦に対峙し、戒厳下であったにもかかわらず全ての敵戦力を撃墜、撃破を含んだ撤退に追い込むという快挙を成し遂げ、SHIZINの戦闘能力の高さを防衛省に知らしめたのであった――――」
こんなにしっかりした姿は初めてだ。小さい頃はいつも家でぐうたらしていたのに。
「では、各部の名称及び説明をする。テキストの73ページを開け。」
辞書ほどもあるテキストを取り出す。昨日ざっと目は通したが、規範やら憲章やらが初めの50ページをびっしりと埋めていた。全部覚えるなんて不可能にも程がある!
「えー、ではまずコックピットから――――」
§
食堂の椅子に反り返って伸びをする。暗記がまるでダメな俺にとっての苦痛の3時間半の講義が終わり、『1300時からシュミレータ訓練に入る、遅れずに来るように』と釘を刺されて解放された。
そそくさと中華あんかけご飯をかき込み、ぬるくなったお茶を飲み干す。何しろシュミレータ室は遠いのだ。エレベーターを乗り継ぎ、連絡通路を通ってやっとのことでたどり着いた。動く歩道を作るべきなんじゃないか?これは。
『シュミレータ室』と書かれた扉の前に立つと、シュインッと自動ドアが開いた。大きな筐体がいくつも並んでいる。
「如月博志訓練生、これがお前の耐Gスーツだ。そこの更衣室で着替えてこい。」
渡されたのはサーファーが着ているウェットスーツのような、少しキツめな服だった。
「よし、3番シュミレータだ。入れ。」
そう言われ『3』と書かれた筐体に入ると、中にはいくつもの液晶画面とサイドスティック方式の操縦桿、そして正面と側面には視野いっぱいのディスプレイが広がっていた。
「す、すげぇ……」
『何をボサッとしている、早くスイッチを入れろ』
「は、はい!」
手順どおりにスイッチをパチパチとつけていく。グォン……という音とともに一斉に計器類に光が点る。黒地に緑色の表示が緊張感を漂わせる液晶画面と、眼前の透明なヘッドアップディスプレイが対照的だ。少し硬めの椅子に背中を預け、ベルトを締める。
『只今より、発進シーケンス及び空中姿勢制御の訓練を開始する』
「了解」
エンジンを始動させ、待機位置まで移動させる。フラップ、ラダー、エルロン。ガチャガチャと動作確認をする。
タイヤが固定され、重々しい音とともに上に昇っていく。次第に傾きはじめ、かなり仰角がついたところで止まった。ミサイルサイロのような斜めのトンネルだ。ガチャッと音がしてカタパルトに固定される。
スロットルを開き、アフターバーナーに点火する。
『グッドラック、如月訓練生』
「セ、センキュー」
ガコンと音がして、一気に加速する。体がシートに押し付けられ、一瞬呼吸ができなくなる。出口に近づくにつれ、周りが明るくなっていく。
外に出た瞬間、目を見張った。眼下には狭い平野があり、すぐ近くに海が広がっている。後ろを振り返ると、山の中腹あたりにポッカリとカタパルトが口をあけている。
『如月訓練生、いつまでスロットル全開なんだ?』
「は、はい!すみません!」
慌てて巡航速度に落とす。意外と安定していて、細かい振動が気持ち良い。
『まぁいい、私はこの訓練のオペレーター、大森だ。よろしく。』
「よろしくお願いします」
『今回君には、基本動作と姿勢制御を覚えてもらう。まずは、オートパイロットだ。グリップのボタンにある、ヤバくなったら押すんだ。早速だが、ちょっと動いてみろ』
「はい!」
恐々と操縦桿を引き付けてみる。予想以上に機体の反応が良く、グッと機首が上がる。
「おおっ……!」
しばらくすると慣れてきて、次第に素早い動きもできるようになる。
『ではバトロイド形態への変形を教えよう。ポイントは安定した姿勢制御だ。両手のグリップのボタンを押すとヌンチャクのように引き出せる。ただし変形限界速度は約600km/h以下だ。やってみろ』
エンジンの推力を絞ると、グッと力がかかり、肩にベルトが食い込む。両手のボタンを押し込むとシュルッとグリップが引き出せる。と同時に、バンッとかなりの空気抵抗がかかる。何が起きたのか全くわからないまま、びっくりして思わずスティックを横に倒してしまう。
左にグラリと傾き、加速度がかかる。機体が安定しないため傾きがなかなか修正できない。
「うわっ、おわわわわぁぁぁ!」
右に左に揺れるうちに、加速度で脳に血液が行かなくなり、視界が白くなっていく。
明日は全身筋肉痛だな……と薄くなる意識の中で思うのであった――――