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第二章

 

(――らぎ!……――さらぎ!)

 ――……ん?

「おい!如月!」

「は、はいっ!」

 とっさにいかにも起きていたような顔をする。

「57ページの問2だ」

「はい、えっと……」

 

 いつの間にか外ではうるさく蝉が鳴いている。もう7月だ。あれから、特に変わった事件もない。いたって平和な日常だ。

 授業の終わりのチャイムが鳴り響く。大きく伸びをすると、凝り固まった肩がパキパキと鳴った。

 隣の席の咲季に話しかける。

「いやぁ、流石に30℃越えるとキツいな……」

「そうね……」

 暑い。今年の夏も酷暑らしい。みんなうちわでパタパタしながらぐでーっとしている。休み時間はクーラーが止められてしまうのだ。

「そうだ、どっかに涼みに行かないか?」

「え、それってデー……」

「そうだ、映画行こうぜ!『海袁』!」

「え、映画……」

 今週は成績処理で午前中だけの日課なので、みんな午後はフリーなのだ。

 今年最高の感動作、『海袁 -The Last Massageマッサージ-』は、今話題のシリーズ映画の最終章だ。なんでも、海上保安官がなんだか知らんが急に按摩あんまを志す、という話らしい。

 隣では咲季が真っ赤な顔をしていた。

「ん?どうしたんだよ」

「な、何でもないわよっ」

「んじゃぁ、愛も誘うか」

「え?」

「二人じゃ寂しいだろ。 あ、嫌だったか?」

「べ、別に嫌ではないけど……」

 ブツブツと咲季が呟いていたが、よく聞こえなかった。『海袁』では不満だっただろうか……

 そんなこんなで放課後、急遽映画に行く事になった。

 

 §

 

「おっす~!」

 念のため集合時間の10分前に着いた俺が見つけたのは私服姿の咲季だった。水色を基調としたワンピースがとても爽やかだ。

「早いな、みんなは?」

「まだみたい……あたしも今来たとこ」

「そっか」

 …………――――。

 会話が続かない!というか恥ずかしくて直視できない!

「あ、あのさ、ヒロは中学の時、何部だったの?」

「え、俺? 卓球部。なんかムダに運動神経良くてさ。まぁその分勉強すれば良かったかなぁ……なんて?」

「そ、そっか」

 なんか気まずい雰囲気になっちゃったんですけど!俺変な事喋った?

「……あ、アイス食う?」

「う、うん」

 コンビニに走り、バニラとチョコを買ってくる。

「ごめんね、買ってこさせちゃって」

「いや、いいって。バニラとチョコ、どっちがいい?」

「んじゃあ、バニラをもらおうかな」

「はいよ」

 おお、暑い戸外で食べるアイスは格別だ。

 ふと横を見ると、咲季が俺のチョコアイスをじっと見ている。

「ん?」

 味見だろうか。俺が差し出すと、

「な、なんでもないわよっ……!」

 咲季は顔を真っ赤にしながら首を縦に振ったり横に振ったりしている。どっちやねん。

 

 §

 

 内容は題名のとおり、海上保安庁の救難隊を舞台にした作品だった。

 いやぁ、まさかあそこで主人公が××××××とは……

「いやぁ、俺もいつか、何かのために命を懸けて戦う男になってみたいもんだな」

 横を見ると、咲季はグッズを買って上機嫌だ。こらこら、人通りの多い所でスキップするな、危ないだろ。……あ、目が合った。と、真っ赤な顔をしてそっぽを向かれた。苦笑いしつつ歩く。

「おーいヒロ、おいてくよ?」

「ちょっと待ってくれよ~」

 陽炎のゆらめく街の喧騒は風の無い真夏日の午後の太陽に飲み込まれていった。

 

 §

 

 アメリカ西海岸の空軍基地。

 轟音を立ててF-22ラプターの編隊が次々に着陸していき、絶え間なく滑走路からエプロンに誘導されている。

 

「訓練、ご苦労だった。ハンガーに入り次第休憩してくれ」

 一斉通信のスイッチを切り、

(そろそろ俺も休むか……)そう思ってコンソールを閉じた矢先、

「中佐!」

 航空迷彩のジャケットを着たままパイロットが走て来た。期待の新人空兵だ。

「今日の俺、どうでした?」

「まぁ、いつもよりは良かったんじゃないか?」

 そう答えると、あからさまに嬉しそうな顔をする。

「だが、まだ左ロールからの切り返しがいまいち遅れるな……」

「……はい」

「明後日からは自衛隊と合同訓練だ、ゆっくり休め」

「ありがとうございます」

 走って帰って行く後ろ姿を見て、自分の入隊したての頃を思い出す。猛訓練、他愛もないおしゃべり、それから、殉死していった仲間たち――――…………

 

『ち、中佐!』

 突然の通信に我に帰る。

『緊急事態です、無人機が……!』

「どうした?!」

『一斉にコンピュータが起動したと思ったらいきなりアフターバーナー全開で離陸して……』

「給油中ではなかったのか?!」

『全機完了と同時に…………』

 窓の外を見ると、まるで1匹の巨大な竜が天に昇るかのように戦闘機や爆撃機、空中給油機までもが発進していく。

『それから電子機器関連は完全に使用不能、レーダーや無線も使い物になりません……!あの最新鋭ジャミング早期警戒管制機AWACSも……』

「馬鹿野郎、1機2500ドル以上する戦闘機たちだぞ!? どうにか止められないのか!」

『…………』

 

 完璧な緊急発進で次々に離陸していく。

 上空で綺麗な編隊を組んだ無人機の大編隊は、主翼をきらめかせて飛び去った――――

 

  §

 

 黒い色紙にラメをちりばめたかのようだ。

 煌めくニューヨークの街並みを目指して、漆黒の空をA-10をはじめとする対地攻撃機の編隊が巡行速度で滑るように飛行している。

 その上空には一風変わった外見の航空機が飛んでいた。早期警戒管制機AWACS。しかし、このAWACSはただの管制機ではなかった。電波妨害プログラムが組み込まれた軽量型スーパーコンピュータが搭載された超高性能電子戦機だ。これは高出力のノイズ電波を広範囲にわたって照射する事によって、レーダーなどの無線通信設備を攪乱させ、また、ミサイルなどの誘導兵器の誘導電波などを妨害して無力化する電子戦支援機である。

 アメリカ海軍の電子戦機EA-18Gグラウラーなどが現役機だが、パルス圧縮や周波数変更などによりジャミング対策をとられがちだ。しかし、この爆撃機がベースの電子戦支援機にスーパーコンピュータが搭載された事により、従来に比べ、敵通信周波数のサーチが格段と早くなり、また、ドップラー効果を細かく計算する事で主に地表に向けてより広範囲をジャミングすることが可能になっている。

 

 無人のコックピットで不気味に輝くディスプレイに、大きく表示される『外部コントロール』の文字。

 あらかじめ設定された座標に到達すると、ジャミングを開始した。有効範囲は機体から半径300mの球の内部と伏角30度以上の円錐形。そこに入った電子機器は一切使用不可能である。

 

  §

 

 ――――『迎撃隊、全機出撃!』

 緊急発進の命令が出たのは30分前だ。

 ニューヨーク上空、2000m。

 幾千の星が煌めき、細い三日月が弱々しく輝いている。夜間の空襲は、大戦中は目視のため非常に高い技術を要したが、電子化された今は全天候での攻撃可能機が一般である。しかしそれは迎撃機も全天候に対応できる機体が配備されることを意味している。

 今乗っているF-16ファイティング・ファルコンもその一つだ。兵装はM61A1 20mmバルカン砲、AIM-120中距離空対空ミサイル、AIM-9短距離空対空ミサイルである。

 

『敵爆撃機はかなりの兵装だと予想される。爆撃を開始する前に撃――――』

 ブツッと不意に無線が途絶え、ノイズだけになる。

「!?  おいおい、マジかよ……」

 僚機にも全く繋がらない。とともにヘッドアップディスプレイの表示が全て消えていることに気付く。

「まさか……ジャミング……?」

 あわてて機内を見渡す。正常に稼働しているのはアナログ式の高度計と速度計だけだ。

「クソッ、マジかよ…」

 機体を照らすのは高層雲の隙間に浮かぶ月明かりと星の瞬きのみ。これでは戦闘はおろか、敵機の識別さえできない。眼下の街並みを見て毒づく。

 不意に視界の端に一筋の閃光がはしる。ハッと我に帰って回避行動をとる。

(攻撃されてる……どこからだ?!)

 下に回り込んで上を見上げる。と、おぼろげな月を隠す高層雲に黒く小さなシルエットが映る。

「あいつかッ……!」

 直線翼に近い後退角の小さな主翼が特徴的な戦闘攻撃機、F/A-18Eスーパーホーネット。

 ジャミング状況下では、レーダーやミサイルなどは使えない。頼れるのは自分の目と勘だけだ。

 操縦桿を握る手に力が入る。

 ビビビビッと敵機の機銃弾が主翼の先を掠める。いや、数発着弾したかもしれない。

 ふと気付くと下方にオレンジの火球が広がり、一瞬おいて腹の底に響く重低音が空気を震わす。爆発に照らされた尾翼の破片のマークが自分たちの隊のものだと気付くにはそれほど時間はかからなかった。

「くそっ……!」

 戦闘機のドッグファイトはいかに相手の背後を取るかが勝負だ。

 グッと操縦桿を引き、180度上方にループ、次いで横に180度ロール。インメルマンターンだ。敵機の後方につく。スロットルを上げるとみるみるうちに追い付く。

「もらったァ!」

 新型のPGU-28半徹甲焼夷榴弾を装填したガトリングM61A1が火を吹く。しかし、弾は1発も当たらなかった。目の前の機体は急速に速度を落としてバンクしながらフッと横に滑る。

「フォワードスリップ…?!」

 減速しきれず、敵機にシュートアウトされてしまう。慌てて回避するも絶対的な隙を与えてしまった。数十発の機銃弾と2発のミサイルが迫る。

 考えるより先に体が動いていた。機銃の照準から機体を逸らす。しかし、2発のミサイルは忠実に追ってくる。

「追尾……されてる……?!」

 体にかかるGに耐えるのに精一杯だ。

 左を見ると、ミサイルの1発がアクティブになったようだ。ブースターで一気に迫ってくる。接触直前で避ける。ジャミングでミサイル追尾警告の鳴らない機内にシュゥゥゥーと不気味な音を残して追い抜いていく。

 あとはもう1発だ。一度スピードをつけようと急降下する。しかしそこに機銃の雨が追う。ビスビスビスッと着弾の音がする。

「ヤバいッ……!」

 幸い、そんなに大きな損壊は無かったようだ。

 しかし、ミサイルを見失ってしまった。目視で確認しようと見渡すが、どこにも見当たらない。

 あるとすれば、直接視認できない所、つまりは機体の真後ろ……――――!

 ドォォォンッ!という爆発音と大きく揺れる機体。咄嗟に判断し、緊急脱出装置のレバーを引くと、座席が射出された。

 足の間に爆発する機体が見える。燃料に引火したのだろう。黒煙をあげて墜ちていく機体の残骸を黙って見ていることしかできなかった。

 パラシュートが開いた。スピンしないように姿勢を正す。先程のミサイルを思う、と同時に最近流れていた部隊内の噂を思い出す。同期のパイロットから聞いたものだ。

『アメリカの新バージョンのジャミングAWACSは敵軍の電子機器だけ使用不能にするらしい……――』

(そんなまさか、自軍の戦闘機にやられたってのかよ……!)

 

 眼下を見下ろす。目に映った景色はまさに地獄絵図だった。滑走路が赤々と燃え、今もあちらこちらで火柱があがる。

「た、対空機銃は……? 地対空誘導ミサイル部隊は……――?」

 辺りを見回しても、反撃の砲火は見当たらない。『全滅』という二文字が頭をよぎる。

「そんな……――――」

 続く言葉が無かった。

 相手は、ミサイルのロックオンが可能なら、精密爆撃も可能であろう。どこかの燃料タンクに当たったのか、一際大きな火柱と轟音が鼓膜を震わす。

 これが夢であってほしいと願うしかなかった。自分の非力さを痛いほどに感じて、固く目をつぶった――――

 


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