音楽は「音が苦」
うちの市内の小学校では、年に一度の「音楽会」という行事がある。
学年単位で合唱と合奏を披露するイベントで、学年が上がるごとに難易度、完成度が上がっていくのは見物である。特に6年生のフィナーレは毎年かなり盛り上がる。
さて、末っ子が6年生となった年、週末に最後の音楽会を控えた水曜日の放課後、担任の先生から電話がかかってきた。
音楽界の練習中に問題行動があったらしい。
演奏披露中に皆がリズムに合わせて体を動かすところで、1人動きを停止していたということだった。注意したところ、「動かないほうが楽しいので動きたくない」との返答。クラスで「動く」のと「動かない」のとどちらが楽しいかを話し合った結果、「動く」ことになったが、納得がいかず泣きながら帰って行ったらしい。
マイペースではあるが普段特に問題を起こすこともなく、個人懇談でも話題に困る程だったので、担任の先生も少し困惑した様子だった。
家では前日、音楽会の練習が伸びて他の教科の授業が遅れていることに対する不満を吐き出していた。何かと忙しさで色々と不安定になっているのかもしれない。
先生には、前日聞いた話と、忙しさで余裕がなくなっているのかもしれない、ということを伝えた。
塾から帰宅した本人の話を聞いてみる。
若干不服そうではあるが、「動く」ことには納得できないわけではないとのこと。
本人いわく、「動け!」「楽しめ!」という指示が飛んでくるが、どちらを優先してよいのか分からず、「楽しむ」ことを優先したとのこと。
動くことと楽しむことの両立が難しいため、「楽しむ」ことを選んだ。
彼にとって演奏中の「楽しむ」とは、演奏をなんとかやり遂げることによる達成感を「楽しむ」ことであり、必死すぎて「動く」余裕がない。演奏しながら「動く」と演奏がボロボロになりすぎつ、「楽しむ」ことなどてきない。
うーん、一理ある。
彼は演奏も運動も苦手としている、リズム感が足りないのだ。真面目ではあるが、苦手なことを時間外に自主練をして克服しようとするほどの真面目さではない。
運動会のダンスや音楽会の演奏はいつも少し必死の表情で、披露が終わった後にやっと小さな笑顔が出る。なんとかやりきってホッとした笑顔だ。
大正解は[苦手でなくなるまで一緒に練習すること]だけど、日数もなければ放課後は塾通い、とにかく時間がない。
「演奏の完成度や動きの一体感ではなく動こうとする気持ちの一体感を楽しむこと」という言葉ををなんとかひねり出して、最後の練習日の朝、送り出した。
さて、親が気に病む程は気にしていなかった末っ子、本番は普通に(リズムに合わせれてはいないけれど)なんとか動いていた。小さい笑顔も出た。
動いた、わらった、よかった。
父親は歌も楽器も運動も苦手で、音楽は「音が苦」だー!というので、タイトルにもらいました。




