夜間専用艦隊
ガダルカナル島への上陸が完了した、その夜だった。
第三戦隊に下った命令は簡潔で、そして異例だった。
「夜間直掩任務」
参謀たちは一瞬、顔を見合わせた。
直掩――それは通常、昼間の航空脅威を想定した言葉だ。ましてや夜間に、艦隊が積極的に直掩を行うなど、これまでほとんど前例がない。
だが命令書には、余分な説明はなかった。
第三戦隊は静かに所定海域へ進出した。筑波型高速戦艦二隻を中核に、軽巡、駆逐艦がゆるやかな円陣を描く。そのさらに後方、闇に溶けるように瑞雲型軽空母が位置を占める。
速力は抑えられていた。
二十数ノット。
全力の半分にも満たない。
それでも艦隊は、止まっているようには見えなかった。
闇の中で、確かな意思を持って“居る”。
瑞雲型の飛行甲板では、灯火が最小限に絞られ、夜間偵察機が一機ずつ発艦していった。派手な爆音もなく、ただプロペラの低い唸りが、夜気に吸い込まれていく。
「第一索敵線、展開完了」
報告は淡々としていた。
誰も声を荒げない。焦りもない。
筑波型の艦橋では、電探員が静かに画面を見つめている。そこには何も映らない。だが“何もいない”という確認こそが、今夜の成果だった。
「接触なし」
その言葉が、何度か繰り返される。
駆逐艦の見張り員は、双眼鏡越しに闇を睨み続けていた。だが、探照灯が点くことはない。主砲が旋回することもない。雷撃準備の号令も、ついに出なかった。
夜は、ただ静かに流れていく。
午前二時を回った頃、瑞雲型から短い報告が入る。
「敵性反応、確認されず。索敵継続中」
それだけだった。
第三戦隊司令は、艦橋の端で海を見下ろしながら、ゆっくりと息を吐いた。
「……来ないな」
副官が応じる。
「来られない、のだと思います」
敵は知らない。
この海域が、すでに“覆われている”ことを。
目に見えない索敵線と、夜に慣れた艦隊によって。
夜明け前、索敵機はすべて無事に帰投した。事故もなく、追跡もなく、ただ訓練の延長のように。
上陸部隊から、短い信号が届く。
「夜間、異常なし」
それは戦果報告ではなかった。
だが、この夜においては、何よりも重い言葉だった。
第三戦隊は、静かに持ち場を離脱する。
誰にも気づかれず、何も起こさず、しかし確実に役目を果たして。
後年、この夜は戦史の片隅に小さく記されることになる。
「敵襲なし」
だが、この夜から、ガダルカナルの夜は変わった。
闇は、もはや無秩序ではなかった。
日本艦隊にとって、夜は“管理できる時間”になり始めていた。
戦いは、まだ始まっていない。
だが――
夜の主導権だけは、この時すでに握られていた。




