第8話 新たな事件
語句おさらい
東エリア ラクト達が活動する地域。
他にも 北エリア 中央エリア 西エリア など地域が分かれている。
中央-東ルート 中央エリアと東エリアを結ぶ道路。
「──如月、聞いてるか?」
低く落ち着いた声が、資料室の静寂を裂いた。
顔を上げると、黒髪短髪の男がこちらを見ていた。
東エリアARMの現場責任者、上司──名前はまだ知られていない。
ラクトにとっては直属の上司だ。
「中央本部との合同任務が決まった。お前、星川、シン──三人で向かう。」
机に置かれた資料を、リナが慌てて覗き込む。
「……中央本部って、あの中央ARMですか?」
「ああ。」
上司の表情は硬い。
「場所は中央-東ルートの旧居住区付近だ。
一般人立入禁止区域のさらに奥。
そこから未登録のAR区画反応が出ている。」
(未登録区画……)
ラクトは資料に視線を落とす。
この国では、エリア外でのAR創造は法律で厳しく制限されている。
特に無許可のAR発生は、国家レベルの重大案件だ。
「なぜ東だけじゃなく、中央まで出張ってくるんですか?」
リナが素直な疑問を口にする。
「それがわからん。
だから中央主導だ。」
上司は低く言い切り、
部屋の隅に立つ黒い影に視線を投げた。
樋口シン。
180後半の高身長、短髪、黒スーツ、黒い四角サングラス。
東エリアARMの特殊医療班リーダーだ。
普段は精神影響の初期対応専門、現場任務は稀。
無口で、指の動きや頷きで意思を伝える。
(……特医班まで出動か。
ただの調査じゃ済まないな。)
心臓の奥が、ふと疼く。
──銀髪の少女。
あの青い瞳と声が、胸の奥に蘇る。
「自分の心だけで、解決はできないよ。」
「君なら……君の目の前に、“ある世界”に問うてみる資格があると思う。」
ラクトはそっと息を吸い込んだ。
「了解しました。」
⸻
翌日、専用車両が東ARM本部を出発した。
ドライバーはラクト、助手席にリナ、後部座席にはシンが無言で座る。
中央-東ルートを進むにつれ、景色は変わっていく。
両側には、かつての住宅街。
今は窓が割れ、雑草が茂り、無人の廃墟と化した家々が並ぶ。
「ほんと、誰も住んでないんですね……。」
リナがポツリと呟く。
「昔は、普通に家族が暮らしてたんだ。」
ラクトは低く答え、ハンドルを握り直す。
(……没入率。
AR適応度、精神同期率。
高ければ高いほど、現実とARの境界は薄くなる。)
後部座席のシンは、指先を小さく動かしていた。
脈拍か、反応計か、何かを無言で確認している。
「ここの奥って、普段誰も通らないルートじゃないですか?
なんでそんなとこからAR区画が……。」
「それを調べるのが、俺たちの仕事だろ。」
ラクトは短く返す。
やがて、進入禁止区域のゲートが見えてきた。
「ここから先が本番だ。」