第7話 目の前にある世界に問うてみる?
──東ARM本部、資料室。
淡い光が差し込む窓際の席に、如月ラクトは一人座っていた。
手元には、事件報告書。
件のARセレモニーで発生した、謎の死亡事件のまとめ。
【被害者:一般市民。目撃者なし。
状況:AR演出中の誤作動と推測。
判定:事故扱い。捜査終了。】
(……ふざけるな。)
ページをめくる指先が、かすかに震える。
(どう見ても、偶然なんかじゃない。
誰かが──あれを、意図的に殺した。)
胸の奥が軋む。
喉奥に、冷たい苦味が広がる。
──過去の記憶が、不意に蘇る。
(──あの時と、同じだ。)
かつて、仕事中の事故で人を死なせた。
誰も咎めなかった。
周囲は「仕方のないこと」だと口を揃え、
自分自身も、そう思い込もうとしてきた。
だが。
(……許されていたはずなのに。
なぜ、まだ……苦しい。)
視線を落とした先、書類の角が微かに揺れて見えた。
その瞬間──
空間が歪んだ。
音が消える。
光が鈍る。
心音すら遠のいていく。
(……?)
顔を上げる。
視界の端で、空気が波打つ。
時間が、伸びたかのようだった。
背後に、かすかな気配。
ゆっくりと振り返ると、
そこに、銀髪の少女が立っていた。
華奢な体、澄んだ青の瞳。
どこか幼さを残しつつも、深い眼差し。
視線が交わった瞬間、
ラクトの胸の奥が、わずかに痛んだ。
(……なんだ、この感覚は。)
少女が、微かに微笑む。
「自分の心だけで、解決はできないよ。」
声ではなく、胸の奥に直接落ちてくる言葉。
「君なら……
君の目の前に、“ある世界”に問うてみる資格があると思う。」
(資格──俺に?)
そっと伸びかけた彼女の手。
その瞬間、世界が一気に動き出す。
音、光、熱、怒涛のように押し寄せる。
「──如月、聞いてるか?」
上司の声が現実を引き戻す。
「中央本部との合同任務だ。お前にも出てもらう。」
ラクトは、ゆっくりと息を整えた。
(……いまのは、なんだった?
誰だ、あれは──
……なんで、あんな目を、俺に。)