第5話 世界の秩序とは?
語句整理〜
A.R.M (ARM) アーム。 AR専門の問題解決屋。主人公である如月ラクトも所属している組織。
______ARM本部に戻る。
「最近のARトラブル、現実の負傷者が増えてます」
リナの声が会議室に響いた。
壁沿いの端末が淡い光を放ち、無機質な冷気が肌を刺す。
椅子に深く座り込んだ彼女の拳が、膝の上でかすかに握り締められていた。
「この間のAR格闘イベント、参加者が精神ショックで搬送されたそうです。
擬似死亡体験──なんて言葉までニュースに出て。
次、何が起きてもおかしくない、そう思いませんか」
一瞬、空気が張り詰める。
「次とは何だ? 死者か?」
上司の低い声が、リナの言葉を断ち切った。
冷たい視線が、彼女を射抜く。
「現実の死者が出たなら、それは警察の仕事だ。
我々ARMは、AR世界の秩序を守る組織だと、忘れるな」
「……そんな、割り切れる話じゃないでしょう」
リナが小さな声で言った。
だがその声は震え、最後の言葉はほとんど自分の中に消えていった。
彼女は若い。
純粋で、正義感が強く、だがその分、何かを抱えるにはまだ頼りない。
ラクトは彼女を黙って見つめる。
その横顔に、自分のかつての姿が重なる気がした。
「──君たち若手は、すぐ感情に引きずられる」
上司はゆっくりと背もたれに体を預け、目を閉じた。
「私も昔はそうだった。
だが、人はそれで何を救える。何を変えられる。
理性だよ、如月。人を救うのは感情ではない」
ラクトは目を伏せる。
(──感情は、役に立たない。だが、理性は何を守る?)
頭の奥がじんわりと熱を帯びる。
喉元が渇き、指先に冷たい汗がにじむ。
彼は深く息を吐き、立ち上がった。
椅子が軋む音が、重たく響く。
「……俺は外に出る」
「ラクト先輩……」
リナの声が背中に届く。
振り返らない。振り返れば、何かが崩れてしまいそうだった。
会議室の扉が閉まる、その刹那。
上司の声が、独り言のように届いた。
「世界は、元には戻らない。君が一番、知っているはずだろう」
(……知ってるさ)
冷たい廊下を歩き出す足が、どこか震えていることに気づきながら、ラクトは胸の奥で答えた。
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