第一話 突然の通知、後から気付く強制
次元歴十五年、六月某日。
街はいつも通りの喧騒に包まれていた――はずだった。
だが、その日の正午を境に、AR社会は大きな節目を迎える。
政府広報が宣言したのは――「生命力システムの正式導入」。
これまで演出の一部に過ぎなかった“体力”の概念は、誰もが冗談のように扱っていた。
しかし、これからは違う。
すべての市民に一律で「生命力10」が割り振られる。
AR判定による攻撃アクションを受ければ、その数値は確実に一ずつ減少していく。
そして――0になった瞬間、AR世界から強制切断。現実世界で“ノックダウン症”と呼ばれる症状に陥る。
ノックダウン症。脳の一部が機能停止し、短時間で意識を失う。最悪の場合は死に至る。
国は「安全に配慮した新たな体験」だと説明した。
だが、市民の間に広がったのは、不安と恐怖だった。
衝撃を与えたのは――AR区画で0になった者は、自らのシンギュラが“棺”に変化するという仕様。
光の粒子が形を変え、倒れた者を包み込む黒い棺。
それは“死”の疑似体験を、誰の目にも強制的に突きつけるものだった。
街の広場で行われたデモンストレーション。最初の棺が現れた瞬間、ざわめきは恐怖の叫びに変わった。
「ゲームみたいな数値で人が倒れるなんて――」
「いや、死ぬわけじゃないって説明だったろ?」
「でも、あれを見ろよ……」
棺が現れるたび、空気は冷え込み、AR世界の幻想は不気味さを増していく。
ラクトはただ、黙ってその光景を見つめていた。
――人を倒すことが、こんなにも簡単に可視化される社会になったのか。
胸の奥に、言い知れぬ嫌悪と不安が渦を巻いた。
さらに同時刻、日本全土のAR区画化も稼働した。
人口減少に伴って都道府県制度が廃止され、生活圏ごとの指定区域での暮らしが義務化された。
それは管理を効率化するための施策だと説明されていたが、裏では「諸外国からの圧力による政策だ」と囁かれていた。
拡張世界に慣れすぎた人々は、突然AR区画が広がっても違和感を抱かない。
だが――それも時間の問題だ。
「この道もAR区画されてるなんて、珍しいな」
「部屋に戻ってもシンギュラ解除ができない……」
やがて誰もが気づくだろう。
人間の意志で構築されたはずの拡張世界が、今は強制的に生きるための檻へと変わりつつあることに。




