第15話 光のような幻想的に
淡い光が空間に滲んでいた。
ラクトは立ち尽くし、その眩さの中心にいる少女を見つめていた。
──銀髪の少女。
彼女は、静かに目を瞑り、目の前に立つベーストーテミルに手をかざしている。
ただそれだけの仕草なのに、明らかに装置が反応していた。
ラクトが触れた時には沈黙していたそのトーテミルが、今、まるで命を宿したかのように脈動し、脈々と光を放っている。
その姿に目を奪われながら、ラクトの口からふと問いがこぼれた。
「……なぁ、君の名前は?」
問いかけに、少女は目を閉じたままふわりと微笑み、囁くように応えた。
「ん? 私の名前はゼーレ。白銀 ゼーレ。あなたは?」
「俺は、如月ラクト」
「ラクトかぁ。うん、いい名前だね」
「……そんなふうに言われたの、初めてだよ」
思わず漏らしたラクトの返答に、ゼーレはくすっと笑った。
光を纏う白の衣、その縁を縫う青い透光布が、装置の輝きに照らされてほのかに揺れる。
その横顔には、無垢でありながらも、何かを見透かすような静けさがあった。
──不思議な存在だった。
なぜここにいるのかも、何者なのかも、ラクトにはまったく分からない。
だが、この空間において、彼女が“特別”であることだけは、明白だった。
「もう、間もなくだよ」
ゼーレが瞳を閉じたまま、小さな声で呟いた。
それは彼女自身に語りかけるようでもあり、ラクトに知らせるようでもあった。
ベーストーテミルの発光は、徐々にその強度を増していく。
辺りの空気が微かに震え、光の粒が宙を舞い始めた。
──解除が、始まっている。
ラクトはただその光景を見守ることしかできなかった。
自分には反応しなかった装置が、彼女の存在ひとつで動いていることに、畏れすら感じる。
その時、不意に微細な電子音が鳴った。
ゼーレの衣の胸元あたり、どこかに仕込まれた小型の端末のようなものが震えている。
彼女はそれに軽く目を落とし、少し寂しそうに笑った。
「今日は一旦、さよならしなきゃ。……私、もう時間なんだ」
「……え?」
「御礼は、また次に会えた時でいいよ? えへへっ」
突然の別れの予告に、ラクトの言葉は詰まる。
その軽い口調に、返す言葉が見つからず、ただ「お、おう」と返すのが精一杯だった。
ゼーレはふと顔を上げ、ラクトに向き直る。
「でも、また会えるのか?」
思わず漏れた問い。
それはきっと、目の前の少女の存在に惹かれたからではない。
ただ――彼女を、この場所で見送ってしまうことに、心のどこかがざわついたのだ。
ゼーレは、優しく、確かに微笑んだ。
「もちろんだよ。……だって、あなたのこと、まだ全然知らないもん」
その瞬間、ベーストーテミルが限界まで発光する。
視界が一面の白に染まり、彼女の笑顔は光に呑まれ、そしてラクトは思わず目を閉じた。
――
光が静かに引いていく頃、そこにはもう、彼女の姿はなかった。




