第14話 東堂キンキと謎の敵
一方、中央ARM。
「ったく、こっちはこっちで手一杯だってのに……!」
廃墟となった倉庫の奥、乱雑に積まれたコンテナの影に身を潜めながら、東堂キンキは片手の銃をくるりと回した。
黒のロングコート。なびく茶髪。戦場の最中であってもその外見を一切崩さず、キンキはいつも通り――いや、いつも通りの自分であることを、むしろ崩さない。
「ふーっ……さてさて、AR区画とはいえ、これはちょっとお出迎えが豪華すぎやしませんかね〜?」
嘲るような軽口を吐きながらも、周囲の動きは見逃さない。目を細め、気配を探る。
さっきから襲いかかってくる敵勢は明らかに訓練を受けている。民間の遊びではこうはならない。
「……やっぱ、こりゃ本気の“迎撃戦”だな」
刹那、物陰から影が飛び出した。黒衣のシンギュラ。先ほどの隊員を襲ったのと同じ奴ら。
キンキは即座に銃を向け、**弾丸ではなく”痛覚フィードバック弾”**を発射した。
それはA.R.M専用銃――AR世界の創造物に対して強制的な“痛み”を与え、精神的ダウンを誘発する特殊武装。
「現実じゃ死なねえけど、悶えたくなきゃ動くなよっと」
敵は呻き声をあげて崩れ落ちた。直撃ではないが、数秒間は動けまい。
「――ったく、ラクト。無事でいてくれよ」
通信機のノイズがひどく、ラクトの声は断片的にしか届かない。
それでも、あいつは何かを掴みかけてるはずだ――そう信じる根拠は、あの真っ直ぐで、脆くて、でも底が知れない目。
「ま、信じるしかないよな……」
そう呟いた刹那、背後から新たな殺気。
「おっ、また来た。飽きっぽくなくて助かるねぇ」
軽くウィンクを飛ばすような仕草で、キンキはロングコートを翻し、次の敵の方へと躍り出た。
だが――その“敵”は、明らかにこれまでとは違う。
黒衣に身を包んだ長身の男。顔は見えない。だがその雰囲気は、あまりに異質だった。
「やれやれ、君が“あの”キンキくんかぁ。黄金世代ってやつ?」
「……誰かと思えば、噂好きのオッサンか?」
キンキは冗談めかして言ったが、指はしっかりと引き金にかけていた。
この男、只者じゃない。何より――ラクトとは**別の意味での“深さ”**を感じる。
「本堂の一族も、もう拳を振り下ろしたんだよ。……知らないんだろうけど」
その言葉に、キンキの動きが一瞬止まった。
(――本堂だと!?)
だが次の瞬間には、いつもの軽口を取り戻していた。
「へぇ、うちの親戚がなんかやらかしたってこと? あんま家庭事情詳しくないんでね」
銃を構え直し、笑みを崩さぬまま距離を詰める――が、男はそれ以上攻めてこなかった。
「残念だなぁ。目標未達成。撤収だってさ」
男が静かに呟いた次の瞬間、周囲の敵が次々と霧のように消えていく。
同時に、世界の色が変わる。AR世界の色彩が剥がれ落ち、現実の朽ちた廃墟が再び姿を現す。
キンキは、己のシンギュラが戻ったことで、AR区画の解除――つまり、ラクトがやったと即座に理解した。
「……あいつ、やりやがったな」
誰に聞かせるでもなく呟き、
ふっと笑って、今は亡き気配の中に銃を下ろした。




