第12話 あの時の少女
耳元の通信機からは、断続的なノイズが返るばかりだった。
キンキへ送った「解除不能」の連絡は、どうやら届いていないらしい。
原因は明らかだった。AR区画内に張られた何らかの妨害──
通信機能の干渉か、それともこのトーテミル自体が遮断機能を持っているのか。
ラクトは視線を天井へ向けて息を吐くと、そっと腰のセラフィルを確認した。
ここで動かなければ、状況は動かない。だが、無茶をするにも限度はある。
「……星川」
近くで状況を警戒していたリナが、すぐに反応を示した。
「はい、先輩。通信……駄目でしたか?」
「ああ。どうやら妨害を受けている。……この状態じゃ、救援要請も難しいだろう」
「となると……こちらで何とかするしかない、ですね」
言葉は冷静だったが、わずかに揺れた瞳の奥に、不安の色が混ざっていた。
ラクトはそんな彼女の様子を見つつも、声をやや柔らかくして言う。
「俺は、このAR区画に何か解除の手がかりがないか、調べてくる。
お前はここで待機していてくれ。何かあった時に、即座にセラフィルを起動できるよう準備しておいてほしい」
その言葉に、星川はほんの一瞬だけためらいを見せた。
だが、すぐに顔を引き締め、しっかりと頷いた。
「……わかりました。すぐ動かせるようにしておきます。
でも、戻ってくるまで……あまり、無茶はしないでください」
普段なら口にしなかったであろう一言。
それは後輩としての、仲間としての、そして一人の女性としての──素直な気持ちだった。
ラクトはそんな星川に小さくうなずき、踵を返した。
⸻
廃墟の奥へと足を踏み入れると、周囲の雰囲気が変化していくのがはっきりとわかった。
視界に入るものは、どれも現実と変わらない。だが──違う。何かが「作られて」いる。
ラクトは歩を止めた。
「……ここか」
かつての施設の中心だったと思われる空間。そこに、再びそれはあった。
無骨な立方体の構造。ベーストーテミル。しかも、さっき見たものと同一形状。
ARの偽装か、あるいは別の個体か。それとも、同じ物を何度も“出現”させているのか。
詳細は不明だが、ひとつ言えるのは──この場所もまた、現実ではない。
「……また、会ったね」
ふいに、背後から声がした。
静かで澄んだ、少女の声だった。
ラクトが振り返ると、そこには──
薄光を纏うような、儚げな少女が立っていた。
銀色の髪が、廃墟の光を受けて青白く揺らいでいる。
透き通るような瞳と、淡い装飾の白い衣装。まるで幻のような──それでも確かに「そこにいる」と感じさせる少女。
彼女は、まるで再会を喜ぶかのように、微笑んでいた。




