第11話 廃墟に立つ現実
静寂が支配する廃墟の一角で、ラクトは朽ちかけた建物の影にひっそりと佇む機械装置を見つけた。
それは、見慣れたはずのトーテミルとは異なる、不気味な曲線と無機質な無彩色を纏った装置だった。
少なくとも民間企業が提供するものではない。それは確かだ。
(……これは、ベーストーテミルだ。規格は明らかに異質。だが、企業製とは限らない。開発元が不明瞭である以上、ここで断定はできない)
思考を巡らせながら装置に近づく。だが、触れた瞬間、ラクトの指先に微かな電気的反応と共に、まるで世界が脈打つような錯覚が走った。
息を呑む。
そして、ふと、記憶の底に沈めていた過去が浮かび上がる。
──もうかなり昔のようにも感じる。ARMにスカウトされ、訳も分からず参加した研修のとある夜だ。
非認可AR区画で行われた秘密裏の実地訓練。
新型AR武装、幻実鎌。
漆黒の刃を持つ幻実鎌は、ラクトの選択によって形状も色彩も現実世界に存在するかのような質量を得ていた。
「ラクト、お前の没入率なら、この武器の限界まで引き出せるはずだ」
そう言われて与えられたのは誇らしさでなく、得体の知れない圧力だった。
そして——事故は起きた。
侵入していた非認可国民。
彼は、トーテミルの影響下にあるとはいえ、正式なシンギュラを持たぬ存在だった。
その身にAR演出が届くはずはなかった。……はずだった。
しかし現実は違った。
AR世界に没入したラクトの一閃——その刃は、幻であるはずのものが彼の心に「現実」として届いた。
結果、彼は錯乱し、呼吸を止めた。
(あの時の感触……切り裂いたのは空気のはずだった。それでも、俺は、人を“殺した”)
全身を貫く寒気。
目の前のベーストーテミルが、そのときの鎌と重なるように見えた。
変わらぬ形。変わらぬ構図。変わらぬ——罪の匂い。
そして思い出す。あの事故のあと、上層部の声。
「元々あいつは“非認可”だ。記録には残らん。だから気にするな、ラクト」
それがこの世界の答えだった。
人の命は、正規でなければ、ただのノイズと化す。
だが——
「気にするな、だと?」
ラクトは声を漏らした。
自嘲気味な笑みが、唇の端に浮かぶ。
「気にしないことが、できるわけがないだろ」
そのつぶやきを聞いたのか、すぐ後ろから声が届く。
「……ラクトさん、大丈夫っすか?」
星川リナだった。
ふだんは軽口まじりの彼女が、珍しく真剣な声音で尋ねてくる。
表情も、どこか心配そうだ。
「……ああ、悪い。ちょっと、昔を思い出しただけだ」
ラクトは言葉を選びながら、微かに笑って見せた。
それに対してリナは深くは聞かず、「そっすか」とだけ呟き、小さく頷くと少し後ろに下がった。
彼女のさりげない距離感に、ラクトは少しだけ救われた気がした。
手を伸ばす。
ベーストーテミルの構造を確かめるために、何とか解除を試みようとする——が、起動シーケンスに干渉しようとしたその時、赤い警告光が機体表面に浮かび上がった。
『権限不一致。アクセス拒否』
「……俺一人じゃ解除できない、か」
深く息を吐く。
体の奥底に残る後悔と恐怖が、今まさに再び試されているようだった。
だが、その時だった。
風の音とも、ノイズともつかぬ音が耳を撫でた。
そして——幻のような、あの声が再び響いた気がした。
「君なら……君の目の前に“ある世界”に問うてみる資格があると思うよ」
白銀の少女。
あの“存在しないヒロイン”の声が、またもやラクトの心を貫いた。
彼は一度だけ、目を閉じた。
そして、静かに目を開く。
「……そうだな。俺は、問い続けるしかない。現実に、幻想に、そしてこのARu世界に」
ラクトは、通信を開いた。
「こちら如月。ベーストーテミルを発見した。……ただし、解除不能。別手段の確保が必要だ」




