第10話 黒い影と黒い棒
廃墟の街は、静まり返っていた。
東エリアと中央エリアのARM隊員たちが、瓦礫の間を慎重に進んでいく。
リナが、自分の手を見つめながら小声で言った。
「……やっぱり、もうAR区画なんですねぇ。
見た目が現実と変わらないから、なんか変な感じ。」
ラクトは短く答える。
「ああ。気を抜くな。」
シンも無言で頷く。
──その瞬間だった。
「ぐっ、あ……!」
前方から短い声が上がる。
振り向くと、中央ARMの隊員の一人が背中を押さえ、よろめいていた。
「っ……何だ、今の……?」
服の背中側、赤い線が光って滲んでいく。
「おい、大丈夫か?」
仲間の隊員が駆け寄る。
「わからん、何か当たった……でも、痛みはない。」
そのとき、再び影が走った。
「っ──!」
彼の身体がびくんと震え、膝から崩れ落ちる。
黒フードの人影、黒い棒状の武器を手にした集団。
シンが無言で駆け寄り、倒れた隊員の手首に指を当て、耳元に手をかざす。
脈、呼吸を確認し、顔を上げ、ラクトとキンキに視線を投げる。
右手の親指を立て──呼吸・脈あり。
次に手のひらを上に向け、小さく振る──意識なし。
「……生きてるけど、意識は落ちてるな。」
キンキが肩をすくめ、口元に笑みを浮かべた。
「一発目はマーキング、二発目で落とすってとこか。」
「……なあラクト、ちょっと頼みがある。」
キンキがこちらを向く。
「あの黒い棒……現実の物か、それともARか。
お前の目で、見てきてくれない?」
ラクトは集中した。
視覚、音、動き、空気の流れ。
彼の特有の感覚が、現実と拡張世界のわずかな“歪み”を捉える。
数瞬後。
「──創造物だ。現実には通ってない。」
「了解。」
キンキはふっと息を吐き、腰のホルスターからARM専用銃を引き抜いた。
「よし、じゃあ作戦分担だ。」
「ラクト、お前はこの区画のトーテミルを探して停止させてこい。
演出を断てば、あいつらの武装は消えるはずだ。」
「え、私たちで……っ?!」
リナが驚き、ラクトを見上げる。
シンが短く手を挙げ、救護用の小型端末を構える。
倒れた隊員の回収と応急処置に移るつもりだ。
ラクトは短く息を整え、リナを振り返る。
「……行くぞ。」
「えっ、ま、待ってください先輩ーっ!」
背後からキンキの軽い声が飛んできた。
「頼んだぜ、ラクト。お前、意外と頼りにされてるからな?」




