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救世と破滅の円舞曲(ダンス・マカブル)  作者: epsilon
第一章 終焉に咲く,黒き契約(オブリヴィオン・ブロッサム)
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第一話 破滅ノ晩餐(バンケット・オブ・デス)

空が朱に染まり、冬の夕暮れが静かに村を包んでいた。アルヴェイン家の屋敷には、煮込みの匂いと暖炉の薪がはぜる音が心地よく満ちている。外の冷気を忘れさせるような温もりの中、家族四人が食卓を囲んでいた。


 


「なあ、父さん。またあの話、してくれよ。昔、悪魔を狩った“滅魔師”のやつ」


とろとろと煮込まれた鹿肉のスープを口に運びながら、ユリウスが興味津々に目を輝かせた。


「ふふ、何度聞いても飽きないのね、あの話」

姉のアナスタシアが笑って頬杖をつく。栗色の髪がふわりと揺れ、その眼差しはどこか懐かしさを帯びていた。


「懐かしいな。あの頃は、ユリウスも剣を振っては転んで泣いていたっけ」


母・アリスが笑い、鍋から湯気の立つスープをジンの皿に取り分ける。


ジンは片手にワインを持ち、椅子に深く腰掛けたまま目を細めた。 


「……滅魔師か。あれはな、もう過去の影に過ぎん」


「でも、本当にいたんでしょ? 悪魔を斬って、人を守ってた英雄が」

ユリウスの言葉に、ジンはしばらく黙っていた。 


そして――静かに杯を置くと、どこか遠い目をして語りだす。


「……この大陸にはかつて、〈神意片〉と呼ばれる欠片が存在していた。人智を超えた力を宿し、世界の理を超える存在。滅魔師とは、それを〈神器〉として扱う者たちだった」


「神器って……」

ユリウスの視線が揺れる。幼い頃に夢見た力。だが、どこか現実味のない伝説のような響き。 


「ただし、その代償は大きい。力を手に入れる代わりに、命か、心か、大切な何かを失う。それが神器の原則だ」


「代償か……」

ユリウスが呟くように繰り返す。アナスタシアがそっと視線を落とした。


「人の願いは重いのよ。だから、その力には“選ばれる器”が必要なの」


「選ばれる……」

ユリウスの胸に、わずかに痛むような感覚が走る。 


(なんだ……この感覚……)


まるで誰かに見られているような、ぞくりとする寒気が背を這う。だがそれもすぐに、暖炉の熱に紛れて消えていった。


「ま、今は昔の話だ。俺たちは今を生きてる。それでいい」


ジンがそう締めくくると、再び和やかな笑い声が戻る。スープの匂いと、パンの香ばしい香り。何気ない食卓に、幸福が満ちていた。


だが――その“何気なさ”は、ほんの刹那の幻に過ぎなかった。


 


――ゴゥ、と。

 

何かが空を裂いたような音。次いで、屋敷全体が低く震える。


「……今の、音……?」

アリスが立ち上がる。揺れるカップ、煌めくシャンデリア。外から、不自然な風が吹き込む。


「風じゃない……これは――腐食の瘴気だ」

ジンが険しい目つきで窓に歩み寄る。 


彼の視線の先、村の空が、黒く染まりはじめていた。まるで、何かが空そのものを喰らっているかのように。


「ユリウス、アナスタシア、母さんの側から離れるな」


その声には、いつもの柔らかさがなかった。


剣士としての、本能的な警戒が宿っていた。


「……“貪欲”の気配……ッ、まさか……!」

ジンの呟きと共に、空気が裂けるような音が屋敷の上空から響き渡った。

 

そして――屋敷の外の空間に、黒い穴のような〈歪み〉が生まれる。


その中から、異形の影が、ゆっくりとこちらを覗き込んだ。


その存在が、まだ何であるかを知らぬまま。


アルヴェイン家の、長い夜が始まろうとしていた――。


 空が、落ちた。


 まるで塗り潰されたかのような黒。腐食した風が吹き荒れ、家の外の草木が一瞬で萎れていく。異変に気づいたジンは、すでに立ち上がっていた。


「アナスタシア、ユリウスを守れ。アリス、結界を張ってくれ!」


 怒号と共に、父の背が動く。その右手には、いつの間にか現れた黒銀の柄が握られていた。


「《雷刃イクサ・レグルス》……顕現!」


 瞬間、雷が空間を裂く。白銀の刃が蒼雷を纏い、ジンの手に収まる。神器――それは、人智を超えた異能の力。神意片を核とし、強い意志と代償を引き換えに発現する、選ばれし者の力。


「この気配、間違いない……〈貪欲〉の眷属か!」


 ジンの声が鋭く空気を裂くと、屋敷の外壁が一部崩れた。黒い瘴気と共に現れたのは、仮面のような顔を持つ異形。無数の手足、膨張した胴体、そして瞳のない顔。世界の理から逸脱した“それ”は、異なる法則の領域からやってきた――悪魔の眷属だった。


「人間……食事の匂い……血の温度……」


 声ではない。脳の奥に直接響く“声”が、家族の思考を乱す。


「クソッ……この家にまで辿り着くとは!」


 ジンは吼え、雷撃と共に突撃した。神器イクサ・レグルスの刃が空気を裂き、悪魔の腕を斬り落とす。だが、眷属は痛みも見せずに動き続ける。


「母さん!」


 ユリウスが叫ぶと、アリスが振り向きざまに両手を合わせた。


「《封詠の白鍵オルフェリア》……真名解放――結界展開!」


 淡い光が彼女を包み、地面に魔術式が浮かび上がる。すぐに家全体が光の壁に覆われ、侵入者を押し留めるように輝いた。


「ユリウス、アナスタシア! 今は外へ出ちゃだめ! 結界の内側が安全よ!」


「そんなの……どうして……!」


 ユリウスは震えていた。体が、動かない。呼吸が浅くなる。初めて見る“死”の気配に、言葉も失われていく。


 アナスタシアが弟の肩を抱きしめた。


「大丈夫よ、ユリウス。私たちはまだ、生きてる。母さんと父さんが、戦ってる!」


 それでも、眷属は止まらない。ジンの斬撃を避け、結界を砕こうと無数の触手を放つ。


 アリスの額から汗が滴る。


「この数……結界、保たないわ……!」


「アリス、後ろだ!」


 ジンの警告が響いた。次の瞬間、別の窓が破られ、さらに二体の悪魔が屋敷内に侵入した。


「数が……多すぎる……」


 アリスの言葉に、ジンは頷いた。


「俺が前を抑える。お前は子供たちを守ってくれ」


「駄目よ、あなたが一人じゃ……!」


「聞け、アリス。俺たちの役目は、この子たちを“運命”から遠ざけることだ」


 その言葉に、アリスは苦悶の表情を浮かべたが、頷いた。そして、小さく呟く。


「《オルフェリア》……収束、展開」


 次の瞬間、彼女の足元から蒼白い結界が花のように広がり、ユリウスたちの周囲を保護する。


 だがその瞬間、ジンの体が吹き飛ばされた。


「父さん!」


 雷刃が砕け、床に転がる。ジンの口元から血が溢れた。


「ぐ……は、な、せ……まだ……!」


 眷属の腕が彼の胴を貫いていた。


「だめ……やだ……父さん……!」


 ユリウスの叫びが届くより早く、アリスの声が重なる。


「ジン……!」


 彼女も駆け寄ろうとするが、第三の悪魔が彼女の前に立ちはだかった。


「あなたたちには、絶対に……触れさせない!」


 アリスの指先が輝き、最後の詠唱が始まる。


「オルフェリア……最終封詠。対魔式、双重結界――展開!」


 まばゆい光が空間を包んだ。眷属が叫ぶようにのたうち、天井が崩れる。アナスタシアはユリウスを抱え、後退する。


 崩壊の中、母がこちらを振り向く。


「ユリウス……生きなさい……」


 それが、彼女の最後の言葉だった。


 光が弾け、床が崩れ――ユリウスたちは瓦礫の中で目を見開く。父も母も、もう見えない。


「……いやだ……こんなの、嘘だ……!」


 涙も出ない。ただ震えるユリウスを、アナスタシアは強く抱きしめる。


「……逃げるよ、ユリウス。生き残るの。父さんと母さんが命を懸けて守った命……絶対に無駄にしない」


 そして、アナスタシアは顔を上げた。


 瞳の奥に、覚悟が宿っていた。


アナスタシアとユリウスは、悪魔の襲撃から必死に逃げていた。家を飛び出してからずっと、二人はただ一心不乱に走り続けている。振り返る暇もなく、悪魔たちの猛追が迫っていた。アナスタシアは何度も兄を振り返り、その度に彼の目を見て安心させようとするが、ユリウスの足はどうしても遅れてしまう。


「ユリウス、しっかりして! 一緒に生き延びるんだ、絶対に!」

アナスタシアの声は必死だった。ユリウスは足を速め、彼女に追いつこうとするが、すでに悪魔たちが迫り来ているのがわかる。


「姉さん、どうしてこんなことに…!」

ユリウスは心の中で問いかけるが、言葉にはならなかった。ただ、姉と一緒に逃げることだけを考えていた。しかし、次第に二人の背後から迫る恐怖に、ユリウスは何もできないことに無力感を感じ始める。


「──ここで止まるわけにはいかない!」

アナスタシアは振り返りながら、ユリウスを見つめた。その目には不安と同時に、強い決意が宿っていた。


「ユリウス、まだだ。まだ間に合う!」

そして、アナスタシアは再び全力で走り出した。しかし、振り返ったその瞬間、悪魔の手がアナスタシアの肩を捉えた。瞬間、アナスタシアは悲鳴を上げ、兄を突き放して悪魔に引き寄せられる。


「姉さん!」

ユリウスは目を見開き、叫ぶ。しかし、アナスタシアは振り返り、ユリウスに目を向けた。その表情には、どこか穏やかな微笑みが浮かんでいた。


「ユリウス…私が守るから、逃げなさい。」

アナスタシアは無言でその目を細め、再び自分を犠牲にしようとする。その瞬間、ユリウスの胸に何かがこみ上げてきた。姉を守れなかったことへの怒りと、無力感。だが、彼女はそれでも立ち向かおうとしていた。


「アナスタシア…!」

ユリウスは思わず駆け出すが、アナスタシアはその腕を突き放すように、振り払った。


「お願い、ユリウス…行って。」

そして、アナスタシアは両手をかざし、深く息を吸い込んだ。


「──これで終わりじゃない。」

彼女は心の中で何度も自分に言い聞かせる。そして、その瞳に決意が宿った。次の瞬間、アナスタシアの目の前に、激しく光が点滅し、空間が歪み始める。


「──転移術式!」

その声と共に、アナスタシアは兄を守るため、最後の力を振り絞って転移術式を発動した。しかし、転移術式の発動が完了する前に、悪魔たちの手が彼女に襲いかかる。アナスタシアは目を閉じ、力尽きて地面に倒れ込んだ。


「アナスタシア!」

ユリウスは叫び、駆け寄ろうとする。しかし、すでに彼女の命は尽きていた。悪魔の触手に引き裂かれ、無情にも彼女はその場で命を落としていた。


その瞬間、ユリウスは地面に倒れこみ、胸が締め付けられるような痛みを感じた。


だが、突然、彼の体は強い引力に引っ張られ、目の前がぐるぐると回転する。転移術式が完成したのだ。ユリウスはそのまま地下室へと転送された。

今話より一章スタートです!


読んでいただき、誠にありがとうございます!

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