身体強化
馬車を降り、前回の討伐訓練よりも深い森を歩き始める。
先頭を護衛騎士2人が枝や背丈の高い草を切り、歩きやすい様に道を作ってくれている。
その後ろをセシル、上総と続いて歩く。
少し遅れてシスターララがゆっくり歩き、最後尾に護衛騎士が3名周囲を警戒している。
シスターララは足首まであるスカプラリオを着たまま訓練に参加させられている。
森の中を歩くのは不慣れな上に歩きにくい服装で進行速度はかなりゆっくりとしたものだった。
護衛騎士達にストレスが溜まってきているような空気が漂っていた。
そんな中、先頭の騎士が立ち止まり、こちらを振り返る。
セシルもこちらを向いて頷く。
どうやらゴブリンを見つけたらしい。
「今回は7体います。前回よりも数が多いので組織だった動きを見せるかもしれません。気をつけてください。」
セシルが小声で忠告し、シスターと護衛騎士を連れて退がる。
数十秒その場で潜伏していると、草木を揺らして近づいてくる気配を感じる。
今度は油断せんと奪えるものだけ奪って殺す。
ギリギリまで引きつけて奇襲してなるべく数を減らさんとな。
ギャー!!ギャー!!
今度は10m程離れているのにゴブリンに発見され、奇襲は失敗した。
!?またバレた!なんでや!潜伏スキルとかないとあかんのか?
上総は戸惑いを隠せないまま剣を構えた。
それに対して7体のゴブリンは陣形を組む様な動きをみせた。
3体はナイフを片手に後方に控えている。
残り4体もナイフを構えて上総を中心に扇状に広がり、ジリジリと距離を詰めてくる。
どいつから来る?いや、組織的に動くかもしれんのやったら陣形の完成を待つのはマズいな。
こっちから斬り込む!
右端のゴブリンに踏み込み、一閃。
ゴブリンはボロボロのナイフで防ごうとするが、ナイフ諸共真っ二つに切り裂かれた。
陣形を乱され、パニックになったのか前衛のゴブリン3体が突っ込んできた。
仲間殺されてブチ切れてるんか?
落ち着いて一体ずつ切り伏せる!
剣を正眼に構え、1番初めに到達したゴブリンを袈裟斬りにした。続く2体目を燕返しで両断した。
3体目に突きを放t...!!
背筋に冷たい感覚が走った
その瞬間上総は突きのモーションをキャンセルして後ろに飛び退った。
すると先ほどまで上総の頭と胴体があった空間を2本のナイフが横切った。
あっぶね!ナイフ投げてきやがった!?
遠距離攻撃持ちを先に叩いた方がいいな!
切り捨てたゴブリンのナイフを拾い上げ、前衛の一体は無視して後衛の3体に向かって走る。
幸い後衛のゴブリンもナイフは1本しかなかったらしく足元の石を拾い上げて投げてくる
1本しかないんやったら初手で投げんな!
いや、1本しかないからこそ効果的な奇襲に使ったんか?そうやとしたら意外と賢い?...そんなわけないか。
ゴブリンの投石をナイフで叩き落としながら一気に距離を詰める。
走り込んだ勢いのまま1体の首を刎ねる。
名前:
種族:ゴブリン
クラス:
Lv.3
HP:10
MP:0
ATK:7
DEF:10
RES:20
スキル:ナイフ術Lv.1 投擲Lv.1
思った通り、コントロール良すぎたから何かあると思ったわ。
ギギッ!ギャーー!!
前衛のゴブリンが追いついて来るタイミングで投石していたゴブリンが石を手に殴りかかってくる。
ゴブリンの息のあった挟撃、対応を間違えればダメージは避けられない。
しかし、上総は反撃も回避もしない、冷静に左手に持ったナイフを投げた。
ガギン!ゴン!
...ドサッ
甲高い金属音と鈍い打撃音が同時に響き、命を失った小さな身体が力無く横たわる。
上総が投げたナイフは一手遅れてナイフを投げようとしているゴブリンの脳天に深々と突き刺さっている。
お前がナイフを最後まで温存してたのは把握してたからな。
流石は聖銀の鎧、ゴブリンのナイフや石くらいじゃノーダメやな。
スキルのないゴブリンにナイフは扱えず、一撃ごとに鎧に弾かれて落としている。
それでも現実を受け入れられないのか、はたまた戦況を理解できないのか上総に意味のない攻撃を続けている。
上総は振り返りナイフを拾い上げようとしているゴブリンを斬った。
石で一心不乱に叩き続けていたゴブリンは、ようやく現実を受け入れたのか。石を捨て逃走を図る。
上総は切り捨てたゴブリンが握るナイフを奪い取り、思い切り振りかぶってアンダースローでナイフを投げた。
ナイフはまるで吸い寄せられるかの様にゴブリンの後頭部に刺さった。
「お見事です。カズサ様!さぁ、この調子で討伐訓練を続けましょう」
いくつかのゴブリンの集団を討伐した。
その際にゴブリンのナイフが頬を掠めて怪我をしてしまった。
後方でシスターを護衛していた女騎士が動揺して声を上げた。
「勇者様!血が!シスターララ!!早く回復魔法を!」
大袈裟だと宥めたが護衛騎士は真剣な表情でシスターララに再度促す。
「回復はあなたの役目でしょ。早く!」
騎士に促され、シスターララが上総に歩み寄る。
「お顔の傷を治癒させて頂きます」
無感情に告げ、上総の頬にそっと触れて回復魔法を発動する。
ガタガタのナイフで傷つけられた皮膚は千切り裂かれたように自然治癒では確実に跡が残る様な傷であったが、シスターララの回復魔法で綺麗さっぱり治ってしまった。
名前:ララ・フロレンシオ 73.2
年齢16
クラス:聖職者
Lv.15
HP:30
MP:3568
ATK:15
DEF:30
RES:30
スキル:礼儀作法Lv.8 聖属性魔法Lv.5 精神攻撃耐性Lv.3 治癒魔法Lv.3 重力耐性Lv.2 生活魔法Lv.1
治癒魔法は回復魔法の上位互換なんやろうか?
回復魔法のレベルカンストしたら進化するんか?
「傷は癒えました。他にどこか痛みますか?」
思考に集中していると目の前に美しい顔が覗き込んできた。
頬に触れると傷はなく、綺麗に治っていた。
「ありがとうございます。もう大丈夫です」
その言葉を聞くと、すっと立ち上がり後方に下がって行った。
先ほどの女騎士はシスターララを一瞬睨みつけた様にみえた。
歩くの遅くてイライラするのは分かるけど、いきなり訓練に連れてこられたんやからしゃーないやん。
「お待たせしました。引き続き訓練をよろしくお願いします。」
一行は再び、ゆっくりとキャンプ予定地に向けて進行する。
ゴブリンの群れを幾つか討伐したけど、投擲持ちはおらんかったなぁ。
レアやったんかもなぁ。
そんなことを考えているうちに開けた場所に出た。
先頭で道を切り開いていた騎士がこちらに振り返った。
「シロカネ様、キャンプ予定地に到着しました。我々でキャンプの設営を行いますのでしばし休憩なさってください。」
「あなた達の方が疲れているでしょう。僕が代わりますから少し休んでください。」
「そうはいきません!これも護衛騎士の仕事ですので!」
「魔王討伐の旅に出たら僕もキャンプ設営したりしないといけないので勉強させてください」
「え?」
「...え?」
え?ってなに?なんか変なこと言ったか?
「シロカネ様、まさか魔王討伐にお一人で向かわれるおつもりですか?」
護衛騎士が恐る恐る聞いてきた。
「仲間を集めて4、5人で討伐に向かうのではないのですか?」
セシルがやれやれと言った顔で口を挟む
「いいえ。カズサ様には王国騎士団、王国軍の全てを率いていただくことになっております」
...まじか。そんな大名行列みたいな魔王討伐嫌やわ。
いや、そもそも魔王討伐自体嫌やのに。せめてRPGのような旅をさせてくれ。
「そんな戦力を出してしまっては国防が危ぶまれるのでは?」
「問題ありません。王都は聖地なので魔物も魔族も攻めてきません。」
その過信はよくないのでは...?
まぁ、ここで何を言っても変わらんやろう。とりあえずレベリングに集中するか。
「では、お言葉に甘えて設営はお願いします。」
「お任せください!」
ホッとした様子の護衛騎士に頷き、シスターララのもとに向かう。
「シスターララ、設営が終わるまでここで休んでいてください。僕はセシル先生と討伐に向かうので帰ってきたら回復をお願いします。」
「!? お待ちください!百歩譲って討伐に行かれるのはいいとして回復役も連れて行くべきです!危険ですよ!」
先程の女騎士が慌てて駆け寄ってくる。
やれやれ、なにかと目の敵にしてるなぁ。
正直効率が悪いから連れて行きたくないんよなぁ。
「セシルが付いていて、ゴブリン相手にそこまで危険があると?」
「あ、いえ...そういう意図では...」
まぁ、そこで上司の名前出されたらなんも言われへんよな。
「セシル先生、お願いできますか?」
「もちろんです。それと、意思疎通の効率化のために先程のように呼び捨てにしましょう」
こいつ...。
「...セシル。行きましょう」
キャンプ地を中心に3時間程周囲のゴブリンを殺戮し、剣術スキルLv.4 ナイフ術Lv.6‐24/32になり、投擲もLv.4になった。
レベルも順当に上がっている。この調子でレベリングしていこう。
「カズサ様、日も落ちてきたのでキャンプ地に戻りましょう」
大きな負傷はないが、疲れたな。
セシルに促され、設営されたキャンプに戻ると更に疲れそうなイベントが発生していた。
「あなたも設営に携わるべきだったのでは?」
「おい、やめとけって」
「あなた達は何も思わないの!?」
「いや、俺たちは...なぁ?」
また女騎士がシスターララに突っかかっている。他の護衛騎士も宥めようとしているが火に油を注ぐ結果になっている。
「騒がしいな。何事だ」
「セシル様。実は...」
どうやら、シスターララは俺に休むように指示を受けたと言ってキャンプの設営に一切関わらなかった。それを不満に思った女騎士が突っかかったらしい。
やれやれ。
「彼女に待機をお願いしたのは僕です。ご不満があるのであれば僕にお願いします」
「シロカネ様に不満があるわけでは、、、」
怒りのままにシスターララを責め立てていた女騎士は風向きが変わり、顔色を悪くした。
「あなたが不満に思っていることはなんとなく察しがつきます。ですが、あなたは訓練された騎士で彼女は聖職者です。修行をされているとはいえ体力が劣ってしまうのは仕方ないじゃないですか。」
「それは、理解できます。」
「討伐訓練の安全性を上げるために回復役に常に万全の状態で待機していてもらいたいと判断しました。そのことで皆さんに不快な思いをさせたのであれば謝罪します。」
そう言って頭を下げると騎士達がどよめいた。
「頭をお上げください!」
シスターララが上総に歩み寄る
「お疲れですね。回復致します」
相変わらず無表情のまま体力を回復した。打撲や擦り傷が消え、疲労感がとれていく感覚がとても心地よかった。
「ありがとうございます。とても楽になりました」
「いえ、仕事ですので」
そう言って小さく会釈するともとの椅子に戻り、静かに座った。
そういう愛想のない態度が敵を作ってるんじゃないのかい?
まぁ、俺としてはちゃんと回復してくれれば別に構わんけど。
その後、順番に食事を摂って夜の警戒に備える。
度々ゴブリンの群れが襲撃してくるがより探索範囲の広い騎士が警戒しているため奇襲にはならない。
上総も積極的に参加して返り討ちにしていった。
「セシル様!」
探知をしていた騎士が緊張した面持ちで声を上げる
それを聞き、セシルがテントから出てきた。
「やけに襲撃が多いと思ったが、こいつらの仕業か。」
「すでに囲まれてます。包囲を縮める様に接近してきます」
全員が剣を抜きテントを囲む様に警戒する。
「何が来るんですか?」
「フォレストウルフです。このゴブリン達はそいつらに追い立てられて我々を襲撃させられたのでしょう」
なるほど。だから昼間のゴブリンと違って逃げ出す奴がおらんかったんか。
「数は何体ですか?」
「わかりません。奴らは仲間と魔力を同調させて連携するので、探知で感じる1つの反応に2.3体紛れていることがあります。なので正確に数を把握できないのです。」
へー。おるのは分かるけど。それが実際何体おるかはわからんってことか。
キャンプの外周をぐるりと囲む影が見えた。
ジリジリと距離を詰めてきており、森の中で保護色になりそうな暗い緑色の毛並みにビッグスクーターくらいの狼型の魔物が現れた。
でっか。ゴブリンも初見は大概ビビったけど、迫力が圧倒的に違うな。
でも、今回の訓練で発見した秘技を披露したるわ!
「ふぅーーーっ!!」
魔力操作を使い、身体中に魔力を高速で循環させていく。
それはまるでアドレナリンで血圧を上げて身体中に酸素を行き渡らせるのと同じ様に。
体温の上昇と魔力回路の負荷による全身をチクチクとした痛みと引き換えに身体能力にバフがかかり、眼筋と視神経が強化され、脳の情報処理能力が上昇し意図的にゾーンに入ったような体感を得る。
-ゾクリ-
急に集中した殺気を感じ、ボロボロと崩れ始めているゴブリンの亡き骸からナイフを拾い上げた。
前方の6体のフォレストウルフが上総に狙いを定め、臨戦態勢に入っている。
次の瞬間、慎重に縮めていた包囲を崩して6体のフォレストウルフが突撃してくる。
30m弱の距離を、引き延ばした感覚でも速いと感じるほどの瞬発力で詰められる。
はやっ!!
咄嗟に魔力循環が加速して更に感覚が引き延ばされる。
ゴブリンのナイフなんかとは比べ物にならないほど鋭く切れ味の良さそうな剣歯が的確に首元に迫るを目の当たりにする。
圧倒的な死の恐怖が迫っていた。
上総は何とか身を捩り、無様に地面を転がって躱す。
バクン!. . .バクン!! . . .バクン!!!
ハァ . . . ハァ . . . ハァ . . .
加速された思考に鼓動と呼吸が追いつかず、どれだけ吸っても息を吸いきれず、血流も足りず酸欠になりそうな感覚に襲われる。
苦しい。体中痛い。ヤバい。
次が来る!
次に飛びかかってきた狼の横をすり抜けながら
首、胸、腹を順にナイフで突き刺していく
空中で体勢を崩したフォレストウルフは攻撃を躱された一体目に突っ込んだ。
3体目が体勢を低くして走り込んでくる
左手に持ったナイフを投げ、フォレストウルフの胸に深々と突き刺さり心臓に達したのか足の力が一気に抜けて崩れ落ちた。
4体目が3体目を飛び越えて突撃しようとしたところを剣で掬い上げて首を刎ね飛ばす...
つもりが首に食い込み、体勢を崩したフォレストウルフが宙返りして上総の後ろにドサリと音を立てて落ちた。
骨硬すぎやろ。でも致命傷なはず。
残るフォレストウルフは前方に2体、後方には躱した1体目と首から大量の血を流しながらよろよろと立ち上がる4体目の計4体
「ーーーー!!!」
セシルが何か叫んでいるが感覚を極限まで引き延ばしている上総には届かない。