油断
フルスイングを躱され、体勢を崩した状態では何も出来ず
刃こぼれだらけナイフが無防備な脇腹に突き立てられる。
ガギン!
脇腹に衝撃を感じたが痛みはない。
聖銀の鎧には傷一つなかった。
むしろナイフの方がダメージを受けたようで先が欠けていた。
ゴブリンは少し困惑したが、すぐに鎧を貫けなかったことに怒りの表情を浮かべて再度飛びかかってきた。
落ち着け!落ち着け!落ち着け!
この鎧はナイフを通さん!大丈夫!
再び剣を構える。
今度は鋒をゴブリンに向けて弓を引くように引き絞る。
大振りはせんと最小限の動きで、突く!!
胸部を狙った突きを放つ
ゴブリンは回避行動をとったが躱しきれず右肩を貫かれた。
「ぐぎゃあああ!!」
痛みにもがきながら掴みかかろうとするがゴブリンの短い腕では届かない。
心臓はバクバクと脈打っているが、冷静にゴブリンのステータスに干渉する。
名前:
種族:ゴブリン
クラス:
Lv.1
HP:0
MP:0
ATK:5
DEF:10
RES:20
スキル:ナイフ術Lv.1
奪えるのはスキルだけか?
スキルを奪った時にはすでにゴブリンは事切れていた。
ゴブリンの手から落ちたナイフを手に取り、剣とナイフの特殊な二刀流スタイルになった。
1人殺されたことにゴブリンたちが怒り、一斉に襲いかかってきた。
ふと拾っただけの汚いナイフが手にめっちゃ馴染む
スキルの影響か?
激昂したゴブリンが次々と襲いかかってくる。
突出した1体のナイフ術スキルをさらに奪い、首を切りつける。
ナイフがどんどん感覚的に使えるようになる!
飛びかかるゴブリンのナイフをナイフで弾き、剣で切りつける。
しかし、剣が上手く振り切れず、刃がゴブリンの身体に食い込んで止まってしまった。
やばっ!
【レベルアップ】
!!
この感覚!剣術ゲットしたんか!
あんなに抜けなかった死体に食い込んだ剣がいとも簡単に抜けた。
後ろから飛びかかるゴブリンをそのまま剣で斬り伏せる。
なんとか倒した。
まじで死ぬかと思った。
「お見事です!カズサ様!」
こいつ!スパルタ過ぎんか!?
「レベルが上ってスキルも獲得できたのではありませんか?」
「レベルアップはしたと思います」
ステータスオープン
名前:白銀 上総 76.4
年齢18
クラス:勇者
Lv.6
HP:25
MP:12
ATK:55
DEF:55
RES:20
スキル:ナイフ術Lv.3-1/3 回復魔法Lv.2 剣術Lv.1 礼儀作法Lv.1 精神攻撃耐性Lv.1
ギフト:生物のステータスに干渉し、奪い与えることが出来る
ナイフ術Lv.3-1/3?これはどういうことや?スキルレベルの上がるのに同一のスキルが一定数必要ってことか。
「初めての討伐ですし、今回はこれまでにしておきましょう」
これで終わり?早くレベルを上げて帰る方法を探さんとあかんのに。
かといって無理に残っても不審がられるか?
「分かりました。日も暮れてきたので帰りましょう」
つい先ほど通った道を再び馬車に揺られて帰る。
討伐の行き帰りで2時間か。無駄すぎる。
1人で馬に乗れれば早いか?いや、市街地を馬で爆走するのは危ないし現実的じゃない。
さっさとレベル上げをして実力をつけないとお守りからは解放されへんやろう。
「セシル先生、講義の枠を増やしてもらいたいのですが。可能性ですか?」
「もちろんです!ソシャに予定を組み直させます!」
やる気に燃え、目を輝かせるセシル
これならなんとかしてくれるやろうな
「慣れない馬車移動は疲れますね。」
「シロカネ様お疲れのところ申し訳ございませんがお客様がいらしてます。」
ナタリアに案内されてきたのはにイケメン鑑定士バロン・レーンだった。
「シロカネ様、討伐訓練でレベルアップしたと報告を受けましたので改めて鑑定をさせていただきたいのですがよろしいでしょうか」
「分かりました。」
バロンと向かい合う形でソファに座り、鑑定を受ける。
「それでは鑑定させていただきます。⋯たしか討伐したのはゴブリン4体と聞いていますが間違いはありませんか?」
「ええ、間違い無いです。」
まさかレベル上がるごとに鑑定しに来るとか無いよな?
「・・・レベル1つとは思えないほどのステータスとスキルレベルの上昇ですね。これは経験値増加のギフトという申請と相違ないと思われます。しかし、シロカネ様は剣をお使いのはずなのにナイフ術のスキルが伸びていますね。」
「戦闘時にゴブリンからナイフを奪って使ったんです。ナイフの方が適性があるんですかね?」
「そういうことだったのですね。確かに適性の有無で成長率が変わるものでし、納得です」
咄嗟にギフトの内容を獲得経験値の上昇って言ったのはファインプレーやったな。
「鑑定スキルで何の適性があるかは見てもらえませんか?」
「鑑定スキルでは適性など潜在的なものは見えないのです。シロカネ様はご存知ないかもしれませんが、鑑定スキルは対象のレベル、クラスを見るのが一般的です。王城に勤めている鑑定士である私達でもスキルとギフトの有無がやっとなのです」
「王城の鑑定士って何人いらっしゃるのですか?」
「王城の鑑定士は2人です。といっても鑑定士を生業としているのは私達だけなんですけどね。」
バロンは自虐的な笑みを浮かべて答える。
マイナー職なのはありがたいな。
「鑑定のスキルは発現が稀なのですが、魔物相手の戦闘ではあまり役に立たないので発現してもスキルレベルを上げない人が多いのです。」
ということは対人戦闘を生業にしてる奴らは逆に鑑定スキルを重宝してるんやろうな。
「バロンさんも少数精鋭でお忙しいでしょう。これからは討伐帰りに伺うようにしましょうか?」
「いえいえ、それには及びません。今回はあくまでギフトの内容を確認するためのものなので。今後は時々鑑定させていただく程度になります。」
毎回じゃ無いのはありがたいけど、当然監視は続くか。
「わかりました。その時はよろしくお願いします。」
「こちらこそ、それでは失礼いたします」
バロンはソファを立ち、上品にお辞儀をして部屋を出た。
上総もソファを立ち、フラフラとベッドに向かい。ため息と共に倒れ込んだ。
ゴブリンに切り付けられた脇腹は傷もアザもないが鈍い痛みを感じる。
中学バスケ部や大学の柔道部の試合中に感じた時よりも圧倒的に引き伸ばされた感覚。
現代日本で過ごしてきた上総の人生で間違いなく最も死に近づいた一瞬だった。
殺したゴブリン達の死に様が自分に置き換わって脳裏に浮かぶ。
一歩間違っていたらこうなっていたのかもしれなとでもいうように。
上総はベッドに顔を埋めて、静かに震える。
こんなんでもとの世界に帰れるんか...?
無理やり召喚されて、家族に何も伝えられへんまま死ぬとか絶対ありえへん。
安全マージンは確保しつつ、早く帰還の方法を探す。
そのためにゴブリンくらい圧倒できるようにならなあかんな。
恐怖を乗り越え、進むべき道を見据えた上総の震えはいつしかおさまっていた。
「シロカネ様?どちらへ行かれるのですか?」
「ナタリアさん、演習場に案内してもらえますか?」
「え!?今からですか?討伐訓練から戻られたばかりですし、今日はもう休まれてはいかがですか?」
すでに22時を回っており、ナタリアの反応も当然だ。
「大丈夫です。寝付けそうにないので少し体を動かしたいだけなので。ナタリアさんは先に休んでくださって構いません。案内だけお願いします」
「・・・分かりました。帰りの案内役には代わりの者をおつけします。こちらへ」
ナタリアの案内で地下に降りて行った。
石造りの無骨で広い通路を進む。
次第に夜遅いというのにガヤガヤと騒がしい部屋の前に着いた。
「こちらが王国軍の演習場となります。王国軍は騎士団と違って粗暴な方が多いので...!」
ナタリアが開こうとした演習場の扉をバタンと閉じた。
「やはり今日はやめませんか?」
怯えた様子でふるふると首を振っている。
「何があったんですか?」
「今演習場にいるのは王国軍の中でも問題児ばかり集められている4番隊なんです!」
ナタリアは縋り付きながら鬼気迫る表情で訴える
「日中は騎士団の演習場が使えますから!今はやめておきましょう!」
ガチャ
「あぁ?なんだてめぇら。今は4番隊の集団戦闘訓練の時間だぞ」
で、デカい。俺も180cmは超えてるが、それでもやや見上げるほど背が高い。
腕も太く、まさに筋骨隆々といった男が演習場から出てきた。
ただでさえ威圧感のある風貌なのに体中の傷痕がさらに相手を威圧する。
ナタリアは青ざめて俺の後ろに隠れている。
「王国軍4番隊の方ですか?よければ訓練に参加させていただきたいのですが」
「シロカネ様!?」
ナタリアが驚愕して掴みかかってくる
「ナタリアさんは先に戻って休んでください。帰りは自分で大丈夫なので代わりの人も必要ありません。案内ありがとう。」
「はっ!あんたとんだ命知らずだな!いいぜ、お頭に会わせてやる」
傷痕だらけのマッチョに案内を引き継がれ、ナタリアは1人へたり込んだまま通路に置いてけぼりにされてしまった。
演習場の中はとても広く、2.30人が怒号を上げて集団戦闘訓練とは名ばかりの乱闘をしていた。
壁際には気絶している隊員らしき人と罵声を浴びせられながら筋トレしている隊員が何人もいた。
それらの前を通り演習場の奥の扉の前に案内される。
「お頭!失礼します!」
扉を開け、信じられないほど礼儀正しく入室していった。
中に入るとむさ苦しい演習場の隣とは思えないほど清潔で整った部屋だった。
そこには銀髪に眼鏡をかけた青年がデスクで本を読んでいた。
「こんなところに何用ですか?勇者様」
「え!?勇者?こいつがですかい!?ぐぁ!!」
傷痕だらけのマッチョの鼻に読んでいた分厚い本がクリーンヒットさせて立ち上がる
「部下が大変失礼いたしました。私は王国軍4番隊隊長のウォルターです」
「白銀上総です。今日はスキルレベルと戦闘経験を積みたくて実戦訓練をお願いしに来ました。」
ウォルター隊長は顎に手を当て、一瞬沈黙した
「分かりました。うちの者でよければ今後もご自由にお使いください。」
「ありがとうございます」
「グラブ、今からお前がカズサ様の世話係だ。最初はカーツと1on1だ」
「はい!勇者殿はどういう扱いで?」
「見習いだ。このまま正式入隊してもらう」
正式入隊ときたか。まぁ勇者扱いでお守りが付いてちゃいつまでたってもレベル上がらんし
この方が都合がいいかもな
「この方が勇者であることは口外するな。よろしいですねカズサ君?」
「構いません。お頭」
「分かりやした。最初に言っておくが態度を使い分けるような器用なことは出来ねぇからな。早速訓練といくぞ!カズサ!」
見た目は厳ついけど、竹割ったみたいな性格は気ぃ楽やな
「それで構わないよ。グラブ」
「見習いが呼び捨てにしたんじゃねぇ!」
演習場に戻り、グラブが招集をかける
「今日からウチに入隊することになった見習いのカズサだ。こいつは初日から戦闘訓練がお望みらしい」
グラブはこちらを見ながらニヤニヤしている。
他の隊員もニヤついている者が多い。
「カーツ!まずはお前が相手をしてやれ」
呼ばれて出てきたカーツは小柄でスキンヘッドの男だった。
目つきも姿勢も悪くゴブリンを彷彿とさせる。
「へへへ。殺しちまうかもしれませんぜ?」
下衆な表情で笑う姿はゴブリンそのものだった。
「2人とも訓練用の剣を使って1on1だ」
綺麗に立てかけられている刃を潰された訓練用の剣を手に取る
重っ!?聖銀の剣の3倍は重い。
「重いだろ?」
カーツが訓練用の剣を手に取って真剣な顔をして上総を見る
「この剣の重さは俺たちが守る国民の命の重さなんだ。その重さを背負って戦えるようにならなきゃならねーんだ」
へー。見た目と違ってちゃんとしたことも言えんねんな。
「おいおい!それはお頭の言葉だろ?」
「お前がこの前言われたことこのまんまじゃねーか!」
周囲から野次が飛び、カーツが固まる。
・・・。
「ではお願いします」
上総はカーツに一礼し、剣を正眼に構える。
「おいおい!なんだその構えは剣術レベル1なのか?」
上総の構えを見てヘラヘラと野次を飛ばした。
カーツは小柄な身体を屈めて、重心を低くする。
「剣術スキルのレベルを上げるとそんなゴブリンみたいな構えになるんですか?」
「ハハハハハハ!いいぞ!見習い!」
「俺もゴブリンみたいって思ってたんだよな」
「...ウケる」
隊員達が大爆笑する。
カーツが怒りで見る見る赤くなっていく
「殺す!」
血走った目で切り込んできた。
ガードして干渉!
名前:カーツ・アズマ 37.8
年齢16
クラス:喧嘩屋
Lv.10
HP:21
MP:2
ATK:12
DEF:6
RES:1
スキル:体術 Lv.5 精神攻撃耐性Lv.4 剣術 Lv.3 痛覚耐性Lv.2
こいつ煽ってきたくせに剣術レベル3かよ! っぐ!!
まさかのスキルレベルに驚愕している隙に鳩尾に前蹴りを入れられてしまった。
痛ったぁ。人体の急所はクリティカルになるってことか?
うずくまった上総を満足げに見下ろすカーツ
「言っただろ?俺たちは国民の命を背負った王国軍人だ。どんな卑怯な手を使っても勝つんだ」
・・・は?
「それも、お頭の言葉ですか?」
鳩尾の痛みを堪えながら立ち上がり、そんなわけはないと思いながら尋ねてみた。
「俺の言葉だ!」
カーツが渾身のドヤ顔をきめて言い放つ
あれだけ盛り上がっていた隊員達が嘘みたいに静まり返っている
「だと思いました。言葉が軽いんですよ、あんたの蹴りみたいにね」
精一杯効いてないアピールと共にドヤ顔を仕返してやった。
「「「おぉー!!!」」」
カーツが瞬間冷凍した空気が突沸する。
それと同時にカーツの頭も煙を吐きそうなほど沸騰している。
「うらぁ!!クソ野郎がぁ!!」
激昂したカーツが襲いかかってくる。
剣術レベルに差があってもここまで冷静さを失えば受け流すことは可能だった。
いくらか受け流しを成功させると剣術レベルが上がったのを感じる。
差は縮まって受け流しは安定してきたけど、まだ反撃は厳しいな。
こいつがレベル上がった瞬間に1レベルだけ奪うことは可能なんか?
戦闘中に油断してしまったことが仇となる。
受け流しを失敗し、剣を叩き落とされてしまった。
ヤバい!
「おらぁ!歯ぁくいしばれぇ!!!」
カーツも剣を捨て、殴りかかってきた。
剣術勝負ならまだしも、喧嘩屋のクラスで体術Lv.5を持つカーツと殴り合いでは全く歯が立たない。
「...レッド」
「うん。そこまで!」
グラブの隣に控えていた少女が呟くとグラブがレフェリーストップをかける。
カーツもグラブの制止は素直に受け入れて馬乗りの状態から立ち上がる。
「へへっ命拾いしたな。いつでも可愛がってやるよ、見習い」
カーツは満足げに隊員達の元へ戻っていった。
「散々なやられようだな」
グラブが見下ろしながらニヤリと笑う
「はぁ。。はぁ。。次は勝ちますよ。」
「はっ!意外と負けず嫌いなんだな!」
快活に笑うグラブに引き起こされる
「舌戦はお前の圧勝だったがな」
「終盤に油断しました。」
「それが分かってるなら上出来だ。3日に1回この時間に訓練するからお前も来い」
ボコボコにされ、傷だらけになった体を引きずりながら部屋に戻った。
ステータスに痛覚耐性がついてる。これのおかげで動けてんのかなぁ。
カーツの痛覚耐性が高かったんは散々ボコられてたからなんやろうな。
翌朝、ナタリアの悲鳴で起こされることになった。