崩壊
二人の英雄が相まみえる旅の終着点
漆黒の肌を持つ異形の騎士が整列し、その邂逅を静観する。
「お前が魔王か。僕はシヴィル王国からきた勇者 白銀上総だ」
腰に差した聖銀の剣を抜き正眼に構える。
玉座に腰掛けた魔王は静かに目を開き、
その鋭い眼差しで自らを討ち取らんとする勇者の顔を見る。
暗くてはっきりとは分からないが、魔王の目がほんの一瞬だけ見開かれたように見えた。
「この目で見るまでにわかに信じられなかったが...」
大聖堂のようなひらけた空間の最奥に鎮座する魔王と呼ばれた男が立ち上がる。
「今度は私の番なのだな。随分と待ちわびたぞ!」
魔王はコホン!と咳払いをすると
「よくぞここまで来た勇者よ、私が魔国を治める魔王である!」
魔王と呼ぶにふさわしい威圧感と迫力が感じられる。
二人の殺気がぶつかり空間が歪む
魔王は余裕の表情を浮かべているが、勇者は張り詰めた糸のように緊張感が高まっていく
ピピピッ ピピピッ ピピピッ ピピピッ...
顔を上げるといつもの休憩室だ。
スマートウォッチの画面には休憩時間終了と表示されている。
震え続けるスマートウォッチをなだめて休憩室を後にする。
(なんか、変な夢やったなぁ...)
仕事用のPCに向かい、患者の状態を入力しながら夢について考えてみるが
なかなか厨二病な夢をみてしまった。
独身の頃は異世界に憧れて妄想していたが
妻子を持つ立派なアラサーが異世界の夢って...
漫画やラノベの読み過ぎってことかな
自虐的なことを考えながら午後の勤務をこなしていく
「山田さんどうされましたか?...病室に伺いますね」
「トイレに行きたいです」
「では、車椅子を用意しますね」
少し恥ずかしい夢の記憶は忙しい業務によって急激に薄れていった。
夜勤者に申し送りを済ませ、バッチリ定時に退勤
今日だけは残業するわけにはいかないのだ!
「お疲れ様です!お先に失礼します」と爽やかに職場を後にする。
外に出ると師走の寒さが肌の露出した顔や手に突き刺さる。
そういえば、山田のじいさんが今日は10年に一度の大寒波が来ていると言っていたなぁ。
しかし、明日は愛娘の2歳の誕生日だ!
飾り付けはどうしようか。
クラッカーは怖がるだろうし...
風船の数は...
道行く人が大寒波に凍える中、
スキップでもしそうな軽やかな足取りで無敵の父は帰路に着く
「ただいま!」
「パパおかーり!」
「おかえり、お疲れ様」
24歳の頃に大手某ハウスメーカーで建てた注文住宅のこだわった玄関扉を開き、妻と娘に迎えられる
俺の穏やかで温かい日常だ。
妻の作ってくれた食事をみんなで食べ
娘をお風呂にいれて
妻が娘を寝かしつけている間に
いよいよ練りに練った娘のバースデーパーティの飾り付けをしていく
山のように積み上げたプレゼント!
撮影するために一眼レフ!
たくさんの風船に
スピーカーとバースデーソングのプレイリスト!
「完璧やな」とひとしきり自画自賛して寝室に入る。
娘と共に眠ってしまった妻の頭をそっと撫でて
もう眠ってしまった主役よりも楽しみにしながら眠りに落ちた。
・
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眠っていると急に落下したような感覚を覚え、目を覚ます。
心拍数が上がり、息が乱れながらも自分が横たわっていることを自覚出来た。
びっくりした〜。
落ち着いて呼吸を整え、心拍を落ち着かせる。
そこで異変に気づく。
(体が動かん。これが金縛りか?)
初めて体験する現象に落ち着きかけた心拍数が再び跳ね上がる。
耳には、自分の心臓の音しか聞こえない。
だんだん息苦しさまで感じる。
(やばい。息が・・・!)
体中に鎖が巻き付けられているかのようにびくともしない。
(あかん、死ぬ!うごけぇ!!)
ドクドクと鼓動が大きく早くなり、文字通り必死に力を込めた。
バギッ!!
本当に鎖が千切れたような音がして、体と呼吸が自由になった。
息が乱れ、強い脱力感に襲われながら周囲の状況を確認する。
そこは自宅の寝室ではなく、隣で寝ていたはずの妻子もいなかった。
その代わりに
見慣れない部屋の中
馴染みのないローブをきた見覚えのない人達
全く状況が飲み込めない中で、呼吸と心拍が少し落ち着いてくると
周囲の音が聞こえ始める
「成功だ!」
「これで我々は救われる!」
「流石は召喚士長だ」
「国王様に報告しろ!」
・
・
・
口々に喜びの声を上げる者たちの中に1人疼くまり、呟く声がなぜかはっきり聞こえた
「あり得ない。調伏の呪鎖が破られた!?今すぐっ!かけ直さねばっ!!」
疼くまっていた男が立ち上がり、どこからともなく鎖を取り出した
(さっきの金縛りはこいつの仕業か?だとしたらやばい!)
男は明らかな敵意のこもった眼差し
手には鎖を持って何やら呪文を唱えている
チャラ...
「これは、さっきの鎖か」
手に当たった鎖は先ほどまで自分を縛っていた物だろう
それは禍々しく血管のような模様が浮かび上がっている
しかも不気味に脈動しているように見える
そして怪しげな呪文を唱えている男が握っている鎖が
徐々に同じような模様がう鍵上がってくる。
(今度縛られたらマジで死ぬかもしれん!)
「させるか!」
落ちていた鎖のかけらを男の眉間に投げつけた
「ぐあっ!」
詠唱途中で投げつけられた鎖のかけらは
男が手に持っていた鎖を巻き込み
脈動する1本の鎖になり男を縛り始めた
「召喚士長ー!」
「一体何が!?」
お祭りムードだった周囲の態度が一変
鎖に縛られた男に駆け寄る
「ま、まさか!これはいかん!!解呪が...間に、あ!!」
召喚士長と呼ばれた男は鎖に絞め殺されてしまった。
(なんちゅうもんで縛ろうとしてんねん。)
もしあれで再び縛られていたらと思うとゾッとする
「一体何が!?」
「勇者様がご乱心なされたのか!」
「レベルアップを確認しました。ギフトを開封します。」
「この鎖は一体...?」
騒然となる中、扉を開き従者を従えた男が入ってきた
「勇者召喚が成功したようだな」
「国王陛下。ゆ、勇者召喚は成功したのですが・・・」
「勇者様が乱心なされて、召喚士長が、、」
(は!?乱心!?)
「この者は本当に勇者なのか!?」
「恐ろしい。」
さっきまでお祭り騒ぎしてたくせに、急に罪を被せてきやがった。
国王は血溜まりに沈む生き生きと脈動する鎖を見て全てを悟ったようだ。
「愚か者め。なぜ私の忠告に従わなんだ。」
国王と呼ばれた男はひどく残念そうに呟き、こちらに向き直るとすぐさま頭を下げた。
「召喚に応じて下さった勇者に対してあまりにも無礼な対応をまずは謝罪させていただきたい。」
「陛下!なりません!」国王は従者の制止を無視して続ける
「まずは状況を整理させていただきたい。勇者殿は別室にてお待ちいただけないだろうか」
どうやら、今すぐ冤罪をかけるつもりはないらしい。
とりあえずは従っておくべきか。
そのまま従者に促されるまま部屋へ向かった。
通された部屋はなかなかに豪華で広い。
ベッドには天幕がついているガチの高級なベッドだ。
一般庶民には落ち着かないし寝付かない。
そしてほぼ軟禁状態で数日が過ぎた。
軟禁されている間に状況を整理しよう。
しかし、冷静になればなるほど絶望感にさいなまれる。
百歩譲ってここが異世界だとして、俺は向こうの世界でどういう扱いになってるんや?
娘は?妻は?家のローンだってあるんやぞ!?帰れるんか!?
帰れるとしたらどの時点に?ここで過ごした年月がそのまま経過してるなんてことないやんな?
消えた俺と入れ替わりで帰れるとか?いや、そんな都合のいいことはないやろう。
こういう時は最悪の状況を想定して対策を練ったほうがいいな。
今のところ考えられる最悪の状況は
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帰れない。
その言葉が頭に浮かんだ瞬間
心臓を握りつぶされたかような感覚に襲われた。
「まだや...思考を止めるな。」
メイドに用意されたグラスの水を一気に飲み干す。
最悪なのは利用されるだけされて死ぬことや。
かと言って、今逃げだしてもこの世界の事が全くわからん状態では野垂れ死ぬかもしれん。
ひとまずの方針は、従いつつ力と知識をつける。
帰れないかもしれない件は、この国に帰す方法がないだけかもしれんし、その場合は自分で買いえる方法を探す。
何にせよ落ち着いて対処せんとあかんな。
コンコンコン
「失礼します。勇者カズサシロカネ様、国王陛下から謁見の準備ができたとのことです。」
身なりの整った男性使用人が軟禁の終了を告げに来た。
「ああ、ですが。服が借りてる室内着しかありませんが。これで大丈夫ですか?」
「心配ご無用でございます。シロカネ様のサイズに合わせた衣装の準備が出来ております。」
まじか。そんな1日2日で出来るもんなんか?
「こ、これは...」
真っ白なタキシードにあちこち銀の装飾が施されており、マントまで付いている。
なんというか...勇者か王子っぽいな。
ってかこれいくらすんねん!
「では謁見の間にご案内いたします」
「はい...」
廊下ではメイドや貴族っぽい男たちがひそひそと話す様子がちらほら見える。
正当防衛とはいえ、召喚士長とやらを殺してもうたのはまずかったか?
いや、あれはどうすることもできんかった。
素直に呪鎖とやらを受け入れるという選択肢はないし、考えても仕方ないな。
巨大な扉の前に案内され
「勇者!カズサ シロカネ様入られます!!」
使用人の掛け声とともに巨大な扉が開かれた。
中には廊下にいた貴族っぽい男は比べ物にならないくらい着飾った者たちと
その奥に玉座の前に立つ国王の姿が見えた。
国王の前まで進み、軽く一礼しておく。
この世界での礼儀は知らないし、よく知りもしない国王に跪くつもりもない。
「私はこのシヴィル王国を治めるヴィクトール・クロード・シヴィルだ。この度は勇者召喚に応じてくれたこと感謝している。そして、召喚士長の無礼を改めて謝罪させていただきたい。」
そうして階段を下り、頭を下げた。
周りの貴族がざわついているが止める者はいない。
「謝罪は受け取りました。召喚士長の件は互いに不問ということでよろしいでしょうか」
「寛大な対応重ねて感謝する」
「一つ引っかかることがあります。勇者召喚に“応じた”とはどういうことですか?私はそのようなつもりはなく。突然この世界に連れてこられたと思っています。」
国王が頭を下げた時以上にざわつく貴族たち。
「勇者ではないのか!?」
「私達はどうなってしまうの?」
「まさかハズレなのか?」
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・
この貴族達は自分のことばかりか?ってかハズレは失礼すぎるやろ!
「そうであったか。こちらとしても本人の意思を無視して召喚するつもりはなかったことを理解しておいてほしい。召喚士長の話では、異世界の勇者たる素質を持った者が召喚に応じた場合に術が成功すると聞いていた。」
話を聞く限りでは、召喚士長が国王に嘘をついて召喚の儀式を強行したような感じか。
この国王は貴族達に比べると倫理観を持ち合わせているようだな
「先程も申し上げた通り、私は召喚に応じたつもりもありませんし、意思を問われた記憶もございません。勇者の素質というのはわかりませんが、元の世界に妻も幼い娘もおります。ですので、可能な限り早急に帰していただきたい。」
「なんと身勝手な!」
「とても勇者の言動とは思えない!!」
貴族達が口々に非難してくるがブーメランにしか思えない。
それに、勇者を名乗った覚えはない。
「勝手な発言は慎め!」
国王の一喝で喚いていた貴族達は口を噤んだ。
「臣下の無礼、謝罪させていただく。シロカネ殿の事情は理解した。結論から申すが、貴殿を元の世界に戻す方法はないのだ。召喚が歴史上初めての成功であるため帰還の方法は更なる研究が必要になるのだ。」
部屋でこの展開を予測してなければ激昂してしまっていただろう。
「その研究も、ほぼ確実に長期化すると思われる。」
「...理由を伺っても?」
「今回死亡した召喚士長はあれでも、正真正銘トップの召喚術師だったのだ。勇者召喚の儀式も彼が編み出したものであり理論を理解しているのは彼だけだった。」
マジか。アイツそんな優秀やったんか。
「そのため、シロカネ殿の代わりに他の勇者を召喚することも出来ない状態なのだ。」
あー。嫌な予感やぁ。
「不本意にこの世界に連れてこられたシロカネ殿に頼むのは筋違いであるのは理解しているが、どうか勇者としてこの世界を救って欲しい。我々も帰還方法の研究は最優先で行わせることを約束する。」
この場の全ての人間が頭を下げた。
「...そちらの事情はわかりました。しかし、こちらの世界のことを何も知らない状態で勇者を引き受けるわけにはいきません。ですので、知識や技術の講師をつけていただけますか?」
「承知した。明日にも担当講師からカリキュラムを提出させよう。その前に、シロカネ殿のステータスを鑑定させてもらっても良いだろうか」
「ステータスの鑑定...ですか?」
いよいよ転生物語っぽくなってきたなぁ
「そうだ。詳しい説明は鑑定士から説明させよう」
貴族の中から紺のローブを着たモノクルをかけた爽やかイケメンが出てきた。
「鑑定士のバロン・レーンと申します。鑑定ではシロカネ殿の、クラスとレベル、スキルとギフトの有無が分かります。ギフトの内容は本人にしか分からないため自己申告となりますが、事実確認はさせていただきますので嘘はつかないようにお願いいたします。」
この世界にはプライバシーはないようだ。
「分かりました。自分で確認するにはどうすればいいのですか?」
「ステータスオープンと念じるだけで頭に浮かびます」
言わなくていいのか。ステータスオープン
名前:白銀 上総 76.4
年齢18
クラス:勇者
Lv.5
HP:20
MP:10
ATK:50
DEF:50
RES:10
スキル:回復魔法Lv.2
ギフト:生物のステータスに干渉し、奪い与えることが出来る
これが俺のステータスかぁ。
名前の横の数字はなんや?EXP(経験値)か?
やっぱ勇者なんか。
なんか物理に尖ったステータスやなぁ。
元の世界では筋トレしてたし、あんまり違和感はないな。
RESはレジストかな?魔法防御的なステータスやと思うけど低すぎるやろ!
回復魔法は元の世界の職業の影響かな
ギフト...これはチートっぽいなぁ。
これは申請したら厄介なことになりそうやなぁ。
「それでは鑑定させていただきます。大丈夫だとは思いますが、レジストしないようにお願いしますね」
イケメン鑑定士がにこやかに手をかざして鑑定を始めた。
「やはり勇者で間違いありませんね。スキルは回復魔法のレベル2をお待ちですね。...ギフトもお持ちのようです。」
「おぉ!勇者!!これで一安心ですな」
「貴重な癒しの魔法が使えるのか!」
「勇者のギフト!強力なものに違いない!」
いちいち貴族が反応する。ってかそんな声に出して公表する必要なくないか?
「ギフトの内容についてお教えいただけますか?」
「私のギフトは、ステータスの成長補正です。スキルや能力値が伸びやすいようです」
「思っていたより随分地味だな。」
「ギフトはハズレのようですな。」
「しかし、努力して伸ばすのは勇者らしいではありませんか」
貴族共うるせーわ!あとハズレって言ってる奴!顔覚えたからなぁ。!
「ありがとうございます。ギフトの内容については適宜鑑定を行いながら事実確認を行いますのでお付き合い願います。」
「承知しました。国王様、講師の件をよろしくお願いします」
こうして、この世界での生活が始まった。