20 試行錯誤と私
本日2回目更新です
何本も壁や天井を這うパイプ管からシューシューと細い蒸気が漏れている。
今朝の演習場は、鼻が痛くなるほど冷え込んでいたけど、石川さんの実験室はほどよく湿度もあってあたたかい。
カチカチとかキリキリとか、たくさんの機械から出る雑多な作動音が一周回って眠気を誘う。午前中の交礼会でお腹いっぱいにしたせいもある。
「んっふっふ……」
魔水石研磨の練習する時に借りている作業台には、様々な大きさの石が山と積み上げられている。あの謎の泡から石に変化したものだ。
半透明で柔らかな光沢のある石は、鉱物としては玉髄に近いのだと、かれこれ数時間ほど石を観察し続けている石川さんが教えてくれた。ずっと不気味な笑いを漏らしながら、仕分けてみたり重さを測ったりと作業している。
黙ってればイケメンなのにってのは、やはり市井一族の伝統芸なんだろうか。ハルさんもすましていれば貫禄のある美人だった。ただ石川さんはいつも通りシャツは後ろ前だし、前髪を妙なところで結んで立たせているしで、イケメン度は下がりまくっている。黙ってればっていうのは少し当てはまらないかもしれない。
「集中しろー」
「はっ、はい!」
手にした書類を隣で読んでいたはずの市井さんに眉間をこづかれて、姿勢を正した。
市井さんだってお酒を結構飲んでたと思うのに、ほとんどいつもと変わらない。
ヤスリにこすり続けている石を、握りなおすついでに手触りを確認する。うん。ざらざら。年末から一日に二、三時間ずつ作業しているけど、若干滑らかになった面があるかもしれないくらいの進捗に気が遠くなってくる。手の甲に座り込んだケムをつまんで横に置いた。ケムは最初からそっちに行くつもりだったような風情で、泡の石の山に腰かける。
私の持つ石と泡の石を見比べれば、その輝きの差は明らかだ。魔水石のランクが違うからというだけではない。どちらも半透明なのに、泡の石のほうは濁りなく自ら発光しているかのよう。そのまま宝石としてアクセサリーにもできるくらいだと思う。
「これ、磨いてもいないのに綺麗ですよね」
「そうでしょ! わかるよねえ! 計測したらさ! このままで使えるほど伝導効率高いんだよ! そりゃ魔道具に仕込むのなら整形したほうが、より伝導効率はあがるとは思うんだけど、しなくていいならしないほうがいいわけ! どうしたって整形や研磨でロスは出るからね!」
「近ぇ」
市井さんを挟んでるのにこちらへと身を乗り出すから、鬱陶し気に押し返されているのに石川さんは気にも留めずに語り続ける。
「いいよねぇ! これほんといいよねぇ! あれからあの周辺も探したんだけどやっぱりないんだよね。これ量産できないかなぁ」
「これだけあれば、とりあえずの調査には十分だろうが」
「たーりーなーいー! やっぱり数があったほうが色々試せて楽しいわけー!」
「うっせ。ほんとうっせ」
押し合いしているふたりは微妙に楽しそうにも見える。
量産かぁ。今まさに腕が大層だるい私としては、研磨要らずの魔水石があればという気持ちは非常によくわかる。研磨作業の手を止めずに、ケムが膝を屈伸しながら両手で持っている石を眺めた。
あの時はどうだっただろう。
今目の前にある石の清らかな光が信じられないくらいに、あの泡はよくないものだったと思う。あれだけ臭いんだからいいものなわけがない。
市井の研究施設でもはっきりとはわからなかったらしいが、いろんなものを納めている宝物殿だから何かしらの澱みが溜まった可能性もあるってところで落ち着いたと、さっき教えてもらった。
泡を包んで溶けて色を変えていく大輪の椿を思い描き、ヤスリに石を滑らせ続ける。
あれはどちらかが取り込まれるようなものではなくて、互いに混ざり合って変質していく様だった。魔水石の研磨は内包する魔力を抜き出す工程だと習ったけど……。
「あれ?」
「お?」
「うわああ! 見せて! さつきちゃんそれ見せ「うるせっつの」っ――!! っ――!!」
市井さんは、鷲づかみにしていた石川さんの顔を突き放す。
瞬きの間だったと思う。
かさついた手触りでくすんでいた石が、ゆでたまごの薄皮をするりと剥いだかのように瑞々しくなっていた。内包する輝きなんて泡の石よりも強いかもしれない。
「見せてみな」
「はいっ」
これはかなり上等な魔水石なのでは? 今までの苦労はなんだったの? こんなあっさり? でもきっとこれが期待されていた形態だ。
ゆるみそうな口に力をいれつつ、差し出された市井さんの手に載せようとしたらケムが横からかっさらっていった。
「「「あー!」」」
嘘でしょう!? 今それ!?
いつものお供えと同じように、魔水石はケムの中にぱくりと取り込まれた。
食われてしまったものは仕方がないと、何度か挑戦しているのに今のところ再現はできていない。
「できるのはわかったんだし、のんびりやりゃいいんじゃね」
「彬くん! あれは違うよ! もっとなんかこう、そう! いいものだった!」
「語彙どこやった」
石川さんはずっと私の周りをうろうろしていて、圧がすごい。
触れない程度の距離は保っているけど、隣に座る市井さんよりも近いから鼻息まで感じてしまいそう。ちょっと嫌かも。
「これいいな」
さばき続けていた書類の中から、市井さんが一枚とりだしてひらひらさせる。交礼会の前に私が仕分けした束の中にあったものだ。見覚えのあるヘッダーがちらついた。
緊急度が低いものとして処理されていたはずだけど、内容はどんなものだったか……。似たような童話なかったっけって思った気がする。
「彬くんが興味持つなんてどんな――村民が代わる代わる砂浜で寝てるって、どこがいいのさー。それよりさー僕はもっとちゃんと見たいわけー。ねえ、やっぱり」
訝し気にその一枚を手に取った石川さんは一瞥しただけで、話を戻そうとした。
ああ、そうだ。家で寝ていたはずなのに目が覚めたら砂浜にいたって人が毎晩何人もいるってやつだ。集団で夜中に同じ目的地へ向かっていくって、ハーメルンのなんとかって童話がそんなのではなかったか。ちゃんと読んだこともなくて、なんとなくのあらすじくらいしか知らないのだけど。まあ、今となっては読んで確かめることもできない。
「適材適所ってあると思うわけー。そりゃ彬くんの補助は大切だけど、どうせもう滅多なことじゃ彬くん現場でないでしょー。さつきちゃんちょうだいってば」
「さつき。お前洞窟温泉って知ってる?」
「えっ? えっ、あ、知らないです」
「絶対魔水石の研究するほうがお得でしょー」
「ここな、洞窟の中から海が見える温泉あんだぞ。当然海産物も美味い。今時期だとウツボか」
「ちょ! 彬くんそれはずるい!」
「食べたことないです!」
「だろ」
ウツボって食べられるんだ。市井さんがいうんだからきっとすごく美味しいはず。
なんだかすごく食いしん坊扱いされているけど。
「さつきは俺がいいってよ。なー?」
「ウツボじゃないかー!」
いや、ウツボってわけじゃないし、言い方なんとかなんないのとか思うんだけども。
「う、うぇ、え、あ、はい」
「よーしよしよし」
犬を撫でるみたいなのやめてほしい。もー!
これにて4章完結となります。
そして本日2巻の発売日です!もうお手元にある方もいらっしゃるのではないでしょうか!ありがとうございます!
これからお迎えくださる方もたくさんいるって信じてる!ありがとうございます!
評価もまでしたら入れてくださるとうれしいな!ありがとうございます!
あとコミカライズも公開されてますからね!そちらもよろしくお願いします!
本作、まだ続きます。次章開始はもうちょっとお待ちくださいませ。
どうぞブクマはそのままで!ごきげんよう!







