9 おばさんと私
お風呂は地下にあって、かなり大きなものだった。市井さんのお姉さんとか従妹とかと一緒だけど、それでも余裕の広さ。おそらくこれがヒノキ風呂ってやつ。広さがあるから、湯船に点々と距離をもってそれぞれが浸かっている。広いからのはずだ。避けられているわけでも遠巻きにされているわけでもおそらくはないはず……。
そして脱衣所の引き戸が細く開いていて、やっぱり人形が見てい――パーンっと勢いよくその引き戸が開いて、恰幅のいいおばさんが飛び込んできた。
「ちょっとぉ! あの彬仁が連れてきた子まだいるかい!」
「あ」
人形が後ろ手で閉められた戸に挟まり、一拍おいてから向こうに倒れていった。
「いたいたいた! あらあらあら! かわいいじゃないのー!」
「かっかわっ、えっ、あっ」
すごい勢いでかけ湯をしたおばさんは、湯船につかっていた私の隣に飛び込んできた。早い。目が爛々としていて、人形とどちらを警戒すべきか迷ってしまう。で、でも、かわいいって今言ってくれた気がするし。
「あ、ありが「さつきちゃん! さつきちゃんって言ったよね!」はっはい」
「おばさん、ほらびっくりしてるよ」
「えっ、いえ」
「平木の子なんだって?」
「は、は」
「彬仁は優しくしてくれてるかい」
「おおおおそら、く」
「あれも根は優しいような気がしないでもないんだけどね!」
「おばさんもわかんないんじゃない」
「根っこは見えないからねぇ!」
「そりゃそうだ!」
おばさんを引き金に、わあっと女性陣が泳がんばかりに集まってきた。一気ににぎやかになって笑い声が響き渡る。返事する隙間がない。
「女はあまり討伐に出ないもんだし、あれも気が利かないんじゃないかい」
「そ、そんなこと「おばちゃんたらもう! 私らには言いにくいだろうに!」あ、はい」
「ほらー! ねー!」
「ねー!」
圧倒されつつも出入口に目は配っていたのだけど、もう人形は挟まっていなかった。
もしや無意識の討伐……? さすが市井一族……?
お風呂を上がるタイミングがなかなかつかめなくて、のぼせかけてしまった。
市井さんたちが待つ部屋になんとか約束の時間通りにいくことはできたけど、付き添ってくれたおばさんは一から十まで彼らに説明して風のように去っていく。確かにおばさんたちが総出で世話をしてくれたから、すぐ復活できた。でも素っ裸でひっくり返ったとこまで説明しなくていいのに。
「あー……なー……そうなるわなー」
「なるよねー」
「まあ、うん。おつかれ……」
市井さん、石川さん、伊賀さんにそれぞれ察した顔されたけど、何よりも伊賀さんのねぎらいにびっくりした。そんなにですか。
着物を貸してくれたのだって、おばさんたちのうちのひとりだったのを復活後着付けしてもらいながら知った。そして「似合うからあげるわー」と。
市井さん! 先に教えてほしかった!
内心で叫びつつ、冷や汗をまたかきつつ、遅ればせながらのお礼を言い続けて笑われたのだ。
「えっと、優しくしてもらいました」
ずけずけと詰めてくる距離感に動揺はしたけどイヤじゃなかった。平木の下女たちにだって厳しくされるか、遠ざけられるかどちらかばっかりだったし、新鮮、そう新鮮な体験だったと思う。おばさんたちはみんな勢いよく優しかった。
「世話焼きばばぁばっかりだからな。んで? 階段は平気そうか」
「も、もう大丈夫、です」
「大丈夫じゃなくても連れていくけどな」
「あ、はい」
屋敷まできた時の階段の続きを上る。連なる鳥居と鳥居の間に据えられたかがり火が、階段を照らしていた。
「ひぇっ」
「人形か?」
「はぃぃい……」
「どこっ、ねえねえ、どこ!?」
「あのかがり火全部、それぞれに一体ついてますぅ……」
かがり火の明かりを下から受けた人形の顔がぼんやりと闇に浮いている。どうしてその配置。
階段のこう配はひどく急なものだけど、古道よりは上りやすかった。この先にある神社は市井一族のもので、一般公開はされていない。昼に屋敷から見上げた時にはとても立派な建物がいくつもあったから、それを聞いた時は口が開いた。さすが市井家。
幅の狭い階段をてんでばらばらに上っていく姿に厳かさ的な空気はあまりないけど、全員市井一族だ。
思えば私は神社というものにあまり行ったことがない。境内をケムや異形たちがうろついてるのを見ていれば、何のために?ってなっても仕方ないと思う。
それでも前世で見た初詣の中継番組では、ものすごい混雑だったのくらいは知っている。あれに比べたら、とても静かで和やかなお参りだと感じた。
「んー。人形かー。彬くん心当たりないの」
「わっかんねぇなぁ」
「お焚き上げしてるようなとこならともかく、……神社と人形といえばお焚き上げだろ! 学べよ!」
なんのことかと、つい伊賀さんを振り返ってしまったらすごく嫌そうに教えてくれた。あー、なんか聞き覚えはある気がする。お焚き上げ。
「ここは祓戸大神を祀っている祓戸神社だから、もし一般にも開放してたらってこと、ですか」
「一般で受け付けてないだけで、市井はあちこちからその手のを持ち込むから、お焚き上げ自体はしてるんだけどな。ただ大量の人形をためこんでるってなぁ聞いたことねぇ」
「ご当主に聞いてみるー?」
「なんにせよ儀式全部終わってからだろ」
「だよねー」
彼らはのんびりとそう話しながら階段を上がっていく。
伊賀さんを先頭に、私、市井さん、石川さんと並んでいるせいで、会話は私の頭越しだ。
私は真っすぐ前を向いて階段沿いのかがり火に目を向けないよう神経を使っていた。市井さんたちは実際に奉じられた人形の話をしているけど、こいつらのこと見えてないんだから実体がないってことだし、それは関係ないんじゃないかなとか口出すこともできない。
階段を上っても上っても等間隔で設置されたかがり火の後ろには漏れなく人形がいる。
そして私たちが前を通るたびに首から上だけを左右にかくかくと揺らすのだ。
激しく揺れるおかっぱ。
どんなに前だけを向こうとしても視界の隅に入り込む揺れるおかっぱ。
やだもー。こわいー。







