6 スケキヨと私
この辺り一帯は里山と言われるものらしく、古道を登りきると細道沿いに茶屋や土産物屋も並ぶ集落になっていた。
集落手前には駐車場もあって、荷台を引く牛車が何台か停まっている。田舎の方へ行くと馬車よりも牛車のほうがよく使われているのだそうだ。
「市井の関係者は自力で登るのがしきたりなんだよなー」
「あ、はい」
そんなに牛車を恨めしそうに見てしまっていただろうか。車で上がれたんだってちょっとびっくりしただけなのに……。
「荷物預けた時点でわかるだろうよ」
「確かに……?」
でもびっくりさせるために教えてくれてなかったはずだ。 絶対そう! すっごいにやにやしてるし!
「た、体力的には問題ないです。着物だから登りにくかっただけです」
「うんうん。あともうちょっとだからな。がんばれー」
あれだと市井さんが指さしたお屋敷は、私たちの今いる集落全体を悠然と見下ろす位置に建っていた。わー。まだ石階段続いてるー。
石階段を覆うように連なるたくさんの鳥居には、それぞれに異形が座ったりぶら下がったりしていた。ケムはそいつらにいちいちウニモドキを投げて当てている。
市井さんに見えないようだから、きっと弱い部類の異形なのだろう。
石階段は山頂まで続いていて、みっつめの踊り場脇にお屋敷へ続く外門があった。山の斜面に建てられた入母屋造りのお屋敷は、正面からは二階建てに見える。でも山頂側からは一階建てに見えるそうだ。
これまで上ってきた階段や集落の細道を思い出しつつ、瓦屋根を見上げる。
「口開けてんじゃねぇぞ」
「開いてません! このお屋敷建てるのに資材とかどうやって運び上げたんでしょう」
「そりゃあお前、一生懸命運んだんだろ」
「あ、はい」
屋根の縁から足をぶらぶらさせて座っている双頭のカラスと目が合った。四つの目が全部こっちを見ていたから、素知らぬふりで視線を逸らす。市井さんが少し前かがみになって声をひそめた。
「……もしかして結構な数いるか?」
「本部より多いです」
「ほっほぉ……わかってんな? 面子とか色々あっから黙っとけよ」
「了解です」
多分、ケムの行動を見て異形がそれなりにいるらしいと察したのだろう。予想はしていたはずなのに、なんとも言い難いような顔をして念を押された。
ケムのことは本部同様に事前に通達を出しているそうだ。視える人ばかりが集まるわけだし。
だけど一応妖討伐を生業にしている市井一族が拠点としている場所へ、弱いとはいえ異形が自由に闊歩してるというのはよろしくないというか、ばれたらめんどくさいって言ってた。見えても見えなくても害がないのは同じなんだから、ほっといたらいいのにって私も思う。だから黙っておくことに異論はない。
平木の家にいた時は、大晦日なんていつも以上に忙しい日でしかなかった。
今日は当然そんなことしなくてもいいのはわかるけど、何をしたらいいのかがわからない。夕方から大祓式とか色々行事はあるらしいのだけど、それは血族だけで行うそうだ。
あてがわれた部屋は市井さんの部屋の隣だ。隣っていうか、ふすまで区切られているだけなんだけど。この手のお屋敷はまあそういう造りだから。
「んじゃあ、昼飯ん時、兄貴と顔合わせすっからそれまで休んどけや」
そう言ってどこかに行く市井さんを見送って、足を伸ばして座布団に座って。あれ?って気づいた。兄貴って市井家のご当主様のことでは? 待って。お作法とか不安なんだけど!?
今着ている着物は、市井さんがどこかから借りてきてくれたものだ。華やかな訪問着は絶対とてもお高い。あらたまった場に行くからなのかなと言われるがままに着てきたけど、もしやこのためだった……? それでも私の想定は会場の隅っこにいればいい程度だったのに。
長襦袢はいつもの服屋さんで相談してレースがかわいいものを合わせたけど、本当に場に合ってる? 今どきは大丈夫よって店員さんの言葉を信じたけど、本当に?
似たようなふすまが続く廊下に一度出たら戻ってくることは多分できない。おそらく石川さんもどこかにいるはずだから、色々と相談できればと思うけど探しに行けない。落ち着かなくて休むどころでもなく、部屋の中をうろうろしているうちにお昼ご飯だと呼ばれてしまった。
案内された広間には向かい合わせに座布団が並んで、一番奥の上座はまだ空いていた。一族が何人いるのか知らないけど、座布団の数からして勢ぞろいといった感じではない。だって座布団は十枚ほどだけだ。床の間に飾られた壺からはケムの両足だけが飛び出している。
上座から数えて多分三席目にいる市井さんが手招きしてくれた。……その席の隣に私が座るの? もうちょっと隅っこ行きたい……あ、でも市井さんが隣にいてくれないとそれはそれで困る。
背すじを伸ばして堂々と、だけど敷居や畳の縁は踏まないように。自分史上最高にお行儀よくしなくては。
そう、たとえ壺から出ているケムの足に、市井さんが肩を震わせていてもだ。何をツボっているのか。壺だけにですか! もー!
「待たせたなぁ!」
席に着いたとたん、地鳴りするような声で現れたのは大きな山伏みたいな男性だった。
年のころは四十前後とかだろうか。どすどすと足を踏み鳴らして上座に座ったその人は、とてもいかつい。市井さんもいい体格だけど、見比べると幅が倍くらいあるように見える。
もしかしなくてもこちらが市井のご当主。
「彬仁ぉ! それが例の平木んとこの娘さんか」
「相変わらずですね。兄さん」
「気取ってるんじゃねぇって」
「気取ってねぇわ」
挨拶もそこそこに話題にのせられて肩に力が入ってしまう。市井さんのきれいめモードは一瞬だったから、それはちょっとほっとしたけど。
ご当主の後を慌てて追ってきた様子の人たちが次々と席に着いていく。
「まあとりあえず食うかー」
席が埋まって間髪入れずにご当主の音頭でいただきますがされた。ねえ、挨拶は? 挨拶はいつ? お邪魔してますとか自己紹介とかしなくていいの? ほんとにもう食べはじめちゃっていいの? ほんと?







