2 石磨きと私
結局伊賀さんにも石川さんと同じにお歳暮を贈った。缶入りの堅焼きせんべいだ。
「さつきちゃんってなかなか渋いとこ狙ってくるよね」
「……狙ったのは軽さだと思う」
石川さんはすでに三枚目に手をつけてばりばりいわせている。伊賀さんはそそくさと肩掛けカバンにしまいこんだけど、ちょっとだけ嬉しそうに見えた気がしないでもない。軽さを狙ったのはその通りなのでスルーした。だって店から出る時だって大変だったんだもの。あんな押し合いへし合いしてる中を、重たいもの持って脱出なんてできない。
今日は魔水石の研磨を習うために、魔道具開発班の実験室を借りている。石川さん専用の部屋だから他の班員はいない。腕がいいからだと自賛する石川さんは、市井さんの親族感がしっかりあった。
実験室と聞けば前世で通った学校のそれを思い浮かべるけれど、ここは雰囲気が全く違う。
壁際に並ぶ重々しい機器はそれぞれが何本もの金属パイプでつながっていて、つなぎ目からは時折蒸気のような魔力の残滓が噴き出している。大小さまざまなメーターはカチコチと時計音を刻むものもあれば、歯車様の魔法陣が外枠をぐるぐる回っているものもあった。
天井にもパイプが張り巡らされていて、動いてる機械には近づかないでねって言われた。言われたけど、全部動いているように見える……。
立ち位置をどこに定めたらいいのかわからないから、市井さんのすぐ横に陣取った。市井さんから習うことになってるし。
部屋の中央に据えられた作業台には、大きなシンクもついている。その真横にセットされているのは水の入った小鉢と魔法陣が描かれたマットだ。金属トレイにはサイズ違いのヤスリや砥石、それから魔水石がいくつか並べられていた。
魔水石は球状だったりたまご型だったりしている。整形が終わり、ここから仕上げの研磨に入る段階のものだ。表面も粉っぽく薄曇っていている。 本当は球体はすごく難しいから初心者には不向きなのだけど、加工途中のものを横からもらってきているからこの形らしい。
「手順は予習した通りだ。ここまでは高い技術がなくてもできる」
手始めに握りやすいものをと促されて、私の手におさまるサイズの石をとった。作業台を挟んで向かいでは石川さんが肘をついて乗り出すように凝視してるし、伊賀さんはその隣で腕を組んでいる。百歩譲って実験室の主である石川さんがいるのはよしとしても、伊賀さんはどうして同席しているのかよくわからない。いるとは聞いていたからお歳暮持ってきたけど、こんなめっちゃ見てくるとは思っていなかった。
魔水石の仕上げは、専門の研磨師が行う。今手にしているのは研磨機で整えたもの。昔は全部手磨きだったらしい。
「質としてはさほどいいものじゃねぇ。市場に出回る魔道具用レベルのもんだから、気楽にやりな」
「は、はいっ」
金属トレイにあるヤスリとかは実のところ、この段階ではほとんど使わない。道具は一通り見ておいたほうがいいでしょと石川さんが用意してくれていただけだ。
魔法陣のマットに真っすぐ向き合い、小鉢の水で濡らした魔水石を載せる。
すっと押して滑らせるとそこにケムが体育座りをしていて止められた。
「……」
ケムをつまみあげて作業台の端に落とす。
背後で市井さんが吹き出したのを聞こえないふりしてもう一度石を滑らせたけれど、何の反応もない。
「だよな。魔力通さないと起動しないんだわ」
「魔力いるやつだったんですか!?」
先に言ってくれてもいいのに! ものすごく真剣に石滑らせたじゃないですかー!
「わかっててやってたんじゃないのか……」
「ふっふふふっ」
伊賀さんは呆れてるけど、わかっててやるわけない! 石川さんもなんでうれしそうなの!
「一応確認だ。確認。お前魔力なしっつうけど、何かがありそうだからなー。ほれ、もう一度」
魔水石はそもそも原石の状態でも魔力を内包しているが、そのままでは魔道具の動力としては使えない。
魔力の伝導効率を研磨することで高め、同時に内包されていた魔力を抜いていき、一度空っぽの状態にまで持っていく。マットはその作業を補助する魔道具だ。
それから父や兄がしていたように人間が魔力を充填することになる。元から入っている魔力との違いは、原油と灯油のそれに近い。精製されているかどうか、みたいな。
一般に流通しているような魔道具に使う魔水石は機械で量産できる。けれど市井さんたちが使うような魔道具は、研磨技術と精密な魔力操作技能を持つ職人によって仕上げられた魔水石が必須なのだ。
ど素人かつ魔力なしの私が、いきなりそんな芸当できるわけないのはわかりきっている。そのうえでやれというのだから、マットだって私にも扱えるものが用意されているって思っちゃうじゃないですかー。やだもー。耳が熱いー。
「さつきは素直でかわいいなー。ほれほれ、手伝うから」
「うぇっ、えっ、え!?――ったああい!」
背後から覆いかぶさるようにして、私の右手に市井さんのそれが重ねられる。知ってるこれ! バックハグだ! そんなのうろたえるに決まってる! 動揺する私のつむじにごつんと衝撃があった。
「はい、集中ー」
「ったい、いたいですぅ」
つむじにごりごり当てられてるのはどうやら市井さんの顎だ。動揺はどこかにいったけど痛みで集中なんてできない。ひどい。
「ほら兄さん! こいつヨコシマじゃないか! お前集中しろよ!」
「市井さん! あの人うるさいです!」
「両方うっせぇわ」
「あはっ、あはははは! みんな大人げなさすぎー!」
ひやかしは出て行ってほしいと叫びたいのを喉元で抑え込む。
重ねられた大きな手が、石を持つ私の手ごとマットの上を滑らせた。
マットに描かれたものと同じ形に光る魔法陣が、私たち手を中心にして浮かび上がる。
ほんわりとした淡い光を放ち、ゆっくりと回転しながら二重、三重と増えていく。
「わぁ……」
魔法陣を構成する線一本一本が、きらきら光る細かな砂で出来ていた。
私は自分で魔道具を起動させられないから、これほど近くで見たことがない。
石を前後に滑らせるたび、魔法陣も私たちの手首を中心に回転しながらついてくる。
幻想的に瞬く光は、ため息がでそうなほど。
「今、俺が起動させて魔力操作してるが、何か感じ取れるか」
「なにも!」
うっとりと油断した耳元に声を落とされて、考えるまでもなく叫んだ。道のり遠い。







