19 もんがいふしゅちゅっと私
そのまま温泉に誘導してくれた仲居さんたちの手際がよかったのは、二日前に見た光景と同じだったからだと思う。
ほかほかになって部屋へ戻ろうとしたら、同じく風呂上がりの三人が談話室にいた。
市井さんは宿の浴衣と丹前だけど、二人は自前らしき和装だ。石川さんは若旦那風味がすごいし、伊賀さんの着物の下に丸首シャツを合わせた袴姿はいいところの坊ちゃん感がある。さすが市井一族。
「だからねー。佐吉くんはね」
「わかってるって、ばぁ!?っばばばば」
温泉まんじゅうを片手に石川さんが何か説教をしていたっぽいのだけど、その伊賀さんの足の間にケムが見事なスライディングで滑り込んでいった。石川さん、どれだけ温泉まんじゅう好きなんだろう……。
市井さんの手招きでその隣に腰かければ、私にも温泉まんじゅうをもらえた。うん。美味しい。
「お、おま……野放しにすんなって」
「野放しも何も私の言うことを聞いたことはただの一度もありません」
「そうなの!? 兄さん!」
「らしいな」
「ぇええ」
「お前にも実際の大きさがわかるようになったんだろう? じゃあ後は慣れろ。大体しばらく寄ってくるなっつうのにわざわざ来たのお前だからな?」
「兄さん……頭の上に」
「慣れればこんなもんよ」
「さすが兄さん――っ」
ものすごいドヤ顔した市井さんのつむじでケムがくつろぎだして、それを尊敬のまなざしで見つめてるとか。
こう、ちょっと面白くなってきちゃって温泉まんじゅうに集中した。うん。美味しい。
市井さんが以前にそうだったのと同様に、こちらに戻ってきた今でも伊賀さんたちにもケムが靄ではなくちゃんとケムに見えているらしい。さっき宿に戻る途中で石川さんがテンション高く叫んでた。
私が温泉まんじゅうを食べきったところで、市井さんの部屋へと集合したのだけど、そこでもまた石川さんは温泉まんじゅうに手を伸ばす。この人、どっちかと言えばやせ型だと思うんだけどな……。
「僕ねー。頭使うじゃない? 甘いもの食べてないと辛いんだよね」
「あ、はい」
聞いてないのに答えられた。なるほど? それにしたって限度というものがある気がする。でも別に私の周りに頭脳派の天才型がいたことはなかったのだから、私が知らないだけでそういうこともあるのかもしれないと頷いてみせたのに、「流すよねー」って笑われた。ええ?
「あんま真に受けなくていいぞ」
「ええ?」
「さつきちゃんはかわいいねー」
「おおおお茶をいれます!」
ざわってした! ざわって! 市井さんのと同じ棒読みなかわいいなのに! こわ!
大きな座卓を四人で囲っていたのだけど、その端にある茶卓セットへと飛びついて距離をとった。
「よし。いい判断だ」
「なんでかなー。僕って彬くんに負けず劣らず女性人気高いんだけどー」
「はっ」
「彬くん! そういう笑い方よくないよ!?」
「伊織さんは確かに人気はあるけど、すぐ逃げられるじゃないですか」
「佐吉くん。逃げられてるわけじゃないのー。僕がかまってあげてないだけー」
サイテー度は大差ないと思われる話を聞きながら、お茶を淹れる。
彼らも与太話はしつつ、手帳や地図を卓に広げていった。その邪魔にならないよう湯のみをそれぞれの前に置いていく。
「さて、口裏合わせんぞ」
お茶をひと口含んで息をついた市井さんが、堂々と言うことでもないことを宣言した。
何を言ってるんだこの人ってことを言いだすのは割といつもではあるから、石川さんたちがするりと受け入れるのも慣れからくるものだろう。
「そうだねー。さすがにちょっと考え無しに報告するのはもったいないかなー」
「だろ? どこの家だって奥の手は出し渋るのが当たり前なんだからよ」
「……でも兄さん、服務規程的にはどうなんですか」
「ああん? そのために軍じゃなくて俺預かりにしたんだ。特例内っつうもんよ。まだ納得できねぇか?」
「そんなんじゃなくて! もうわかったってば! 俺は兄さんが大丈夫ならいいの!」
ちょっと出だしからついていけなくなりそうで焦ったけれど、どうもこれは私のことだ。……ケムのことかもしれないけど、私たちはセット扱いだと思うから変わりはないはず。大丈夫。私はわかっている。
「……家にはそれぞれ門外不出の何かしらがある。そういったことに触れるようであれば軍への報告は省略していい特例が取り決められてんだよ」
「もんがいふしゅちゅっ!?」
噛んだー! やだもー! いつも通りからかってくれたらいいのに、生温かい視線だけなのがすごいやだ。
「んで、だな。ここらで祀られていた土地神のミサマは鷺じゃなくて大蛇だった、と。これはいい。それから――」
そうやってひとつひとつ、淡々と報告しておくものを挙げていった。
神隠しは以前から起きていたこと、町ぐるみで把握はされていたと思われること、ただしそれが異常と認識されてはいなかったであろうこと。
そのあたりは閉鎖的な地域ではよくあることらしく、特に疑問視されることもないだろうと三人とも見立てていた。よくあるんだ……。
「……あれ? でもここは観光地だし閉鎖的ってわけでもないような」
「外から来て根付く奴がいないなら閉じてるのと同じだろ。客なんぞ十日もいないんだし。少なくともここはそうだな……んー、外の常識を知っていたら、鼻つまみ者ばかり都合よくいなくなるのが当たり前だと信じ込んでたりしねぇよ」
私がぴんときていないことを察してくれた市井さんは、さらにかみ砕いて教えてくれた。確かにー。
蛇は水神の眷属として有名なんだそうだ。水神そのものとして祀られていることもあったりする。
だけど市井さんに言わせれば大した違いはないらしい。そもそもが神様という存在自体を特別視していない。彼の唱える詠唱は祝詞がベースになっているのに、なんだか不思議に思えるけど、それはそれなのだろう。
あの魔水石が封印していた大蛇モドキは神と呼ばれる類いの妖だった。
封じていた魔水石は確かに封じる力を失いかけていて、祠が崩れたことでトドメが刺されて、湖は淀んだ。
淀んだこと自体が大蛇モドキのせいなのか。元々の清浄さは大蛇モドキがもたらしたものなのではないのか。
清浄さを得るために、わざわざ妖を封じたのではないのか。
厄介者と神への貢物を同時に片づけることができるのだと最初からノリノリではじめたことなのか、祟る神を鎮めるための贄だったものがただの厄介払いになったのか。事の起こりの解明はおそらく不可能だ。それがわかるくらいなら蛇が鷺へと伝わり損ねたりはしない。
いずれにしろ、私にとって怖かったのは贄を喰う大蛇モドキではなくて、元は人間であったであろう蛙モドキのほうだった。
「よくあるよくある」
市井さんはこともなげにぱたぱたと手を振りながらそう受け流すから、そうなんだーって思った。







