14 パリコレと私
お役所も何も、軍だって国の機関だった。違和感があるのは普段の市井さんが自由すぎるからだと思う。
前世では高校のインターンシップは市役所で、所掌って単語はその時何度も聞いた。この仕事はここの所掌、担当とか管理とかなんかそんな雰囲気の言葉だ。でも働いてる人はみんな真面目でおとなしそうだったし、お昼休みの時間じゃないのにご飯食べに外へ行ったりしそうになかった。
まあそんなことはどうでもいいことで。
「えっと、神様? だったらどう違うんですか。私、ちょっとそれは多分見たことないんじゃないかと」
「俺に言わせりゃ変わんねぇけど、ざっくり言えばおとなしい妖が神。祟るのが妖だな。祟り神とも言う」
「彬くん、ざっくりしすぎぃ」
石川さんが笑うけど、なんか私の思ってた神と違う。
「まあ、色々あるんだよ。この辺は歴史とかをもうちょっと深堀りしなきゃなんねぇから、お前がしっかり学ぶのはまだ先だ。神として祀られてる妖を勝手に討伐できねぇのよ。力も強いから返り討ちにあう可能性も高い。元々うちは人的被害が出ている妖しか相手にしないしよ」
「えっと、強くて害のないのは神様……?」
そうしたらケムもそれにあたるんだろうか。私にはわからないけど強いらしいし。ケムはみかんを抱えたままでんぐり返しをした。仰向けになって腹にみかんを載せている。えぇ……? 市井さんもケムを見つめて眉を寄せる。
「信仰を集めてるって条件を忘れんな」
「ああ、そうですよね。びっくりしました」
「あと何度もいうけど、そいつ怖いからな? 祟ってないのが不思議なくらいだからな?」
「あ、はい」
何度も言われてるけど私は怖くないから全然ぴんとこない。私の怖いと市井さんたちのそれは違う感じなのかもとすら思う。
「兄さん……こいつの怖いって本当にあてになるんですか。だってそれのことだって怖くないんでしょ」
伊賀さんがケムを指差しかけてから、慌てて手を引っ込めた。怖いくせに懲りない。
自分に見えないものを信じられないっていうのは別にいい。伊賀さんの反応が普通だ。だけど市井さんは最初から受け入れてくれてたなって、改めて思った。
「あ? 俺の見立てを疑うってか?」
「ちちちち違うよ!」
「さつきは視えるだけじゃなくて、標的の気配もたどれる。報告書にも書い……んー?」
初めて討伐に行った時の話だろう。でもあれは私がたどったわけじゃない。なんなら怖くない方角を選んだりしてたのに、市井さんにばれてしまっただけだ。
確かに報告で色々ごまかすと言っていたし、ごまかしていた。
言いかけて斜め上に視線を泳がせているのは、ごまかしたところを忘れてた……?
「なにそれ兄さん! 書いてなかった! そんなこと!」
「そういやそこらへん飛ばしたわ」
「ほらー。これだから彬くんはー! 報告書をちゃんと書きなって言ってるじゃない」
「うっせ。他の家の奴らには言うなよ」
「だったら僕らには先に説明が欲しいよねー」
「さつき。朝風呂して湖も見てきたんだろ。変わりはないな?」
「もー」
「ないです。ただ距離もあるし蛙が町に行っていたとしても、わかんないですけど」
本気で怒ってる風でもない石川さんのことも、少し口をとがらせている伊賀さんのことも完全にスルーを決め込んでいたから私も倣うことにする。
「それは問題ない。むしろあの蛙が何をしでかすか見たいくらいだ」
ないんだ。そりゃ宿に帰ってきたあたりでわかってたことだけど、すがすがしいまでに言い切られると妙な実感がわいた。
◆◆◆
湖跡地に寄って状態を確認してから町長のとこで再度話を聞いて、方針を決めるのはそれからだそうだ。
「この広さいっぱいに蛙のたまご……?」
「直径一メートルほどありますけどね」
「ふぅん」
伊賀さんは疑わし気に、石川さんの後ろに隠れながら聞いてくる。本当に懲りないというか、ぶれない。
大蛇モドキは相変わらず悠々とたまごの湖を泳いでいた。湖岸や湖底だったところも変わりない、と思ったけど。
「市井さん、あそこ昨日もああでした? 石畳? ですよね」
一部だけ石畳のところがある。湖岸から湖底へと延びる道だ。ヘドロにまみれた砂利を真っすぐ箒で掃き清めたように、そこだけ枯葉ひとつ落ちていない。たまごがあるから私にはその道が途中で途切れて見えるけど、それでもこの状態なら昨日だって気がついたはず。
「いや……昨日はああじゃなかったな。祠も、ああ、お前はたまごが邪魔して見えないのか」
頷きを返すと、市井さんは眉根を寄せて石畳が続く先を睨みつけた。
「元々あったんだろうな。あの道の先は祠だ。引っこ抜いた石があったあたりに残骸がある」
かつては湖面から祠が浮いて見えるかのように澄んだ湖だったという。
祠と湖岸をつなぐこの白い石畳まで透けて見えたんじゃないだろうか。
祠の正面は岸側だから、大小の石のかけらが湖の中心を背にしてコの字をつくっている。……扉はなかったのかな。扉がないタイプの祠だったのかもしれない。石造りだったっていうし。
ケムが石畳の道を気取った足取りで歩きだした。パリコレか。あのまま進んでいったら、またたまごに突っ込んでいってしまう。
連れ戻そうと思っただけで、私は一歩もまだ踏み出してはいなかった。正確には踏み出そうとして出せなかった。
「……おい」
「あ、視えますか」
「おいおいおい……」
「なになになになにこれー!」
「うわっうわっえっ」
石畳が淡く光り出したからだ。ケムは両手をあげてくるくるとバレリーナみたいに回りはじめた。なに。舞台なの? 発表会なの?
市井さんは呆れ声だけど、石川さんはテンションがあがって楽しそうだ。
伊賀さんはうろたえながらも詠唱らしきものをつぶやいて、空に何かを放り上げた。
そうしている間にどんどん光は強く白く輝いていき、まばゆさに耐えられず腕で顔を覆う。
まぶたを貫いてくるような強い光は一拍のちに静まった。
「――やりやがったな」
おそるおそる腕を下ろして最初に目に入ったのが、市井さんの好戦的な笑顔だった。こっわ。
空は夜、子どもの工作みたいな星形のモビールが数えきれないほどぶら下がっている。
きらきらとまたたくそれにつながる糸は空へ伸びていて、その先は夜空に溶け込んで見えない。
町も、もうない。
たまごの湖はそのままに、私たちの立つ地面は石畳がどこまでも広がっている。
「これが! これが狭間の世界だね!?」
石川さんのはしゃいで裏返った声が、何度も何度もこだました。







