11 印籠もどきと私
もうすっかり日は落ちかけている。赤みがさしてきた空気に照らされた大蛇モドキのうろこは、時折七色に輝いていた。
たまごの湖を悠然と大蛇モドキが泳いでいる。ぐるぐると渦を描いているようだ。あまり蛙を見たくなくて、うねる背びれを見つめていた。あの振動では孵化しないんだなぁ……。
あの蛙が人間に戻ることはないのかと一応聞いてはみた。あるわけないだろって一蹴だったけど、まあ、ですよねと思う。
市井さんたちはどっちが町長を詰めに行くかを押しつけあっていて、多分石川さんが優勢だ。だって魔道具班だし。
出張先での最高責任者は市井さんだと言われれば、それはそうだと私でもわかる。
本当なら出すべきだった情報、この場合は神隠しについての伝承だったりそういうものを、提供しないまま依頼をかけたわけだから当然罰則はある。ただ知っていたと決めつける段階でもないということで、つまりはあの町長さんとまた長話になるのがイヤなんだろう。
「くっそー。さつき、どっちにしろ宿に戻るぞ」
「あ、はい」
前回の地蔵は逆立ちするのが明け方前だったから、山には夜入ったけど、基本討伐は明るい時間に行うのが鉄則だ。
魔道具も情報も足りなさそうだし、一度戻って打ち合わせのやり直しとか、町長と話したりとかするらしい。
どのくらいの滞在になるんだろう。やっぱりパンツ買っておいたのは英断だった。
行李を背負って、ケムを左手に持つ。右手でポケットの中にちゃんと石があることを確認した。
あの湖の栓っぽい石を、今は私が預かっている。
私にはたまごが邪魔で見えないけど、市井さんたちなら元の場所に戻せるはずだ。だけど今戻すことが妥当かどうかは、ここの伝承なりを確認してからでないと判断できないって言ってた。だからお前が持っておけって、そこはちょっとわからない。
市井さんたちの後を追う前に、もう一度振り返ってみると、大蛇モドキが鎌首をもたげていた。
目がいっぱいあってどこを見ているのかはわからない。
だけどこっちを向いているようだから、なるべく自然に顔を背ける。あれは大きいけど怖くはない。
「あれ……? そういえば、蛙が町に行かないように見張っておかなくていいんですか」
「だって今たまごなんだろ? んな、孵化するかどうかもわかんねぇのにつきあってられっか。この広さじゃそもそも人手が足りないんだから、ここにいようが宿にいようが同じだ」
どっちかといえば機嫌の悪い市井さんのほうが怖い。
そして翌朝。
朝風呂を堪能してから市井さんを起こすために部屋を訪ねると、支度をすませた市井さんと伊賀さんがいた。
開けた襖を反射的に閉じてしまったけど、我に返ってすぐまた開いた。
「あははっ、さつきちゃんおはよう」
「あ、石川さん。おはようございます」
壁際まで座布団をもっていって寛いでいた石川さんに挨拶を返す。死角にいたせいで気がつかなかった。
いつからいたんだろう。私がお風呂にいる間に来たのだとしても、市井さんは予定より随分早く起きたんじゃないだろうか。
市井さんの部屋は二間続きで布団を敷く部屋は別にある。入ってすぐの部屋の中央には座卓が置かれていて、市井さんは座椅子で胡坐をかいていた。伊賀さんは座布団を横によけて正座している。正座……?
ふたりにも挨拶をしようとしたら、伊賀さんに先を越された。
「兄さんより遅く起きるなんっ――っつうっ」
いつもの小言を言い終わる前に、市井さんがフリスビーみたいに茶托を放った。
かこんっといい音をたててヒットした額を両手で押さえた伊賀さんに、ドスのきいた声がかけられる。
「お前はさっきなんつってたんだった? あ?」
何だか知らないけど怒られてるぅ。胸がすっとしたけど、顔にはでないように口の端に力をいれた。
というか、どうして彼がここに……鐘守のほうの仕事に行ってたはずなのに。
でも一緒に向かったはずの石川さんがこっちに来てるんだから、終わっていてもおかしくはないのか。
「おはようございます。市井さん、朝ごはん行きますか」
「おはようさん。その優先順位のつけ方は、なかなかいいぞ。行くか」
私はじいちゃんから挨拶を大事にしなさいって育てられたから、それを守ってきている。でも挨拶抜きでいきなりいちゃもんつける人にはしなくていいはずだ。
市井さんだって舐められるなって言ってたし、私は遅くきたんじゃなくて頼まれた通りの時間に来たし。
「……兄さんっ」
「筋も通せん奴は知らん。仕事するならする、帰るなら帰れ。ったく無意味に早く起こしやがって」
「あははー。さつきちゃん、食堂行こっか。朝風呂してきたの? いい匂いし――った、もー」
連れだって部屋を出ようとした石川さんも、後頭部をすぱんっと叩かれてた。
へらへらしているけど、目の下にクマができている。昨日の夜ご飯の後は、魔道具の調整するって言ってたから夜更かしだったのかもしれない。
伊賀さんは正座した膝に握りしめたこぶしをついて、うつむいたままだ。
ぐぬぬって感じにこぶしが震えていて、そこにケムがひょいと乗った。
「――っうわあああああ!」
「っひゃ!?」
突然の悲鳴にこっちがびっくりして飛び上がってしまった。悲鳴をあげた本人の伊賀さんは、正座のまま硬直している。
「――!――!っこ、このっ」
なかなか言葉が出ないらしい伊賀さんのこぶしの上で、ケムがぴっと高く片足をあげてから足組みをした。なんだそのポーズ。
「お、おまっ、ちょ、これ」
涙目で何かを私に訴えようとしているっぽい……。えー? やだー。
市井さんは軍服を着こんでるし、リュックも左肩にかけている。朝ご飯の後はそのまま外にでる予定だからだ。私も行李を背負ってる。横に立つ市井さんを見上げると、好きにしろといった感じで肩をすくめられた。イケメン仕草だ……。
好きにといっても、青ざめてすがるように見てくるわりに、名前のひとつも呼べてないわけで。
私にはまだこの間のパンツ事件の不愉快さが残ってもいる。
このまま放っておいても、ケムは勝手についてくるだろうけど――ああ、そうだ。
いそいそとブーツを脱いで座卓に近づいて、膝をついた。
「怖いんです?」
「こ、こわっくな」
怒りなのか一瞬だけ顔が紅潮したけど、すぐにまた青ざめた。これはやっぱりケムが怖いんだよね。不思議ではある。がしっとケムを鷲づかみして持ち上げると、あからさまにほっと脱力したのが見てとれた。
「これ、怖いんです?」
「――!」
鷲づかみしたケムを、ぐっと伊賀さんの顔の前に突き出せば、悲鳴を飲み込みながら後ずさりされる。
「こんなちっちゃいのに?」
「――!――!」
下がった分、またにじり寄ってケムを突き出した。
「私はちっとも怖くなんかないですけど!」
「――ごめんなさい! ごめんなさい! もうしません!」
私だってやろうと思えば仕返しくらいできるんだ! なんか後ろで大人ふたりが爆笑してるけど!







