9 専用魔道具と私
私は運動神経が悪いわけじゃないと思うし、反射神経だって人並みにあるはずだ。
だけどとっさに言葉が出てこないことは多い。会話もそうだけど緊張するほど、とんちんかんなことを言ってしまったりする。
市井さんは訓練でなんとでもなるって言ってくれるし、私もできることを頑張ってきた。左と叫ぶつもりなのになんで右って言っちゃうのとか、十一時の方角を示したいのに一時になるとかを何回も繰り返して、ちょっとずつ反応速度と精度は上がってきている。
そしてそれを補助するために、私専用の魔道具を開発してもらっていた。
『あともう一息だったとこ! ゆうべひらめいたんだよね!』
ご機嫌な石川さんがさっき、そう言って出してくれた魔道具だ。出来立てほやほや。
私の人差し指ほどの長さの勾玉は、ころんと丸い部分にあるスイッチがちょうど親指がくるように握りしめることができる。
動作確認すらしていない。魔力のない私のために魔水石が仕込まれていているんだけど、テスト分の魔力がもったいないし、ちょうど一匹しかいないんだからそれがテストみたいなもんだろって。
起動はできた。
今、私の左手のひらには、チッチッチッと火花を散らす歯車型の魔法陣が浮いている。
ほぼぶっつけ本番だ。蛙は怖いし一発勝負だし、心臓の跳ね具合が尋常じゃない。
同じくらい激しく跳ね続けている蛙は、実はずっとこちらに背を向けたままだ。後頭部に目があるからかもしれない。
「まあ、俺らに見えない程度なんだから一振りだろ。気楽にやれ」
「は、はい。前方真っすぐ! です!」
ぎょろぎょろ左右に動く目玉が怖くてたまらないけど、目をそらさずに左手を水平に振った。
しゅうっ、と吹き出す蒸気のように魔力残滓をまき散らして、魔法陣は回転しながら弧を描き飛んでいく。
「――しりへでにふれるとつかつるぎ」
結界は当然私たちの動きを妨げはしない。
急ブレーキみたいな甲高い音をたてて、魔法陣が蛙の背中に張りつく。
瞬く間に十メートルほどの距離を詰めた市井さんの、真っすぐに振り下ろした刀が魔法陣ごと蛙を両断した。
分かたれたそれは、ゆっくりとその身を重たい泥のように崩していく。
音もなく砂利に広がり沁みこんで消える数秒、息を飲んで見つめていた。
「やったか?」
「そのセリフは言わないでほしかった!」
「何言ってんだお前。手ごたえはあったぞ?」
確かに恐怖は薄らいでいる。
もう、あれが染みこんだ砂利は他の部分と見分けがつかない。
「い、一応、怖いのは消えたと」
「だろうな。他はどうだ」
「他のたまごも、変わらずたまごのまま変化なし、です」
「無駄打ちしないですんだねー」
さっきまで改造してた結界の魔道具をジャグリングしている石川さんは、いざという時に稼働させる役割で待機していた。
妙に球さばきが堂に入ってる……。
「やっぱり雑魚は雑魚みたいだし、一斉に孵化したところで彬くんなら殲滅できるんじゃない? 僕はせっかく改造したコレ試したいけどさー」
「俺に見えないのにさつきが怖がるってのが、ちょっとひっかかるんだよな」
「さつきちゃん。それどうだった」
「聞けよ」
「え、えっと、ちゃんと狙った通りにすぐ動きました」
私の勾玉を指差しながら、満足そうに頷いてから続けるけど。
「ちょうどいいからさー、なんとかたまごを一斉に孵化させて練習したらどうだろう!」
「やめてください!」
「えー、でも実際の連続稼働時間とか魔水石の消費率とかの確認したいんだよねー。範囲攻撃したら反応あるんじゃないかなぁ」
「見えないとなると、打ち洩れがなー」
「ほらそこは僕がすかさず結界をだね!」
「石川さんだって見えないじゃないですか!」
何言ってんのこの人! どれだけの数いると思ってるの! 見えないのに! そうか! 見えてないからわかんないか!
「だってさー、怖いっていったって僕らに見えない程度の雑魚じゃない。できる悪さだってたかが知れてると思うけどぉ? さつきちゃんもさー、視えちゃうから怖いかもしれないけど、そのうち慣れるって!」
ね!って肩を軽く叩くのは、悪気など全然ない純粋な励ましなのかなと思う。
でも視えちゃうから怖いんじゃなくて、それそのものが怖いんだ。
だけど確かに私は怖がるだけで、何が起こるのかとか全然わからないから説得力もない。
視えることを理解してくれているだけずっといい。
構ってほしいだけの虚言だと捨て置かれるよりも、はるかにいい。
だからもっと伝わるように、頑張って話すべき。
「で、でもっ、あれは駄目ですっ、えっと、こう……こう?」
「こう?」
説明が! できない! これだから私は!
適当な言葉が出てこない。ついついろくろを回すように動く手を、石川さんも真似しはじめる。
聞いてくれるつもりがあるのはわかるのに。
「さつきが怖いっつんだから、放置はできねぇやつなんだろうよ」
「彬くんの手ごたえ的にだって雑魚だったんでしょー?」
「俺の眼を信じなくてどうすんだって話だ」
「……なるほどね! じゃあどうしよっかー。他に何か使えそうなのあるかなぁ」
石川さんはますます楽しそうにカバンの中を漁りだす。
市井さん……っ。甘えてばかりじゃ駄目だけど、伝わってることがうれしい。上がりそうな口角をきゅっと引き締めて、ろくろしていた手のひらを腰のあたりで拭いた。
「つまりだな? 二、三個ずつたまごをあの結界のこっち側に持ってきて潰してけばいいってこった。さつき、運んできな。がんばれよ!」
ちょっとくらっとしてのけぞりそうになった。市井さん……っ。







