7 危機管理と私
また祠があったあたりに三人でやってきた。
制服のままだし長靴も持ってきてないけど、市井さんや石川さんもそれは同じだから大丈夫だろう。
背負った行李を足元に下ろして辺り一帯を見渡した。
私にはやっぱり大量の蛙のたまごに見える。時々波打つようなのは、あの大蛇モドキがのたうっているからだと思う。ゆうべ宿から見えたものより小さくなってるようだけど、波間に背びれが覗いていた。
「うん! ここ! この辺りが境目じゃないかな!」
湖畔と町を繋ぐ石階段の中ほどの地点で、タブレットみたいな魔道具を持った石川さんはうれしそうな声をあげる。
「結界とはちょっと反応が違うなぁ。活動写真のスクリーンがここに貼られてるようなものかな? まあ、幻影だね」
澱んでこそいても水は湛えている湖と、すっかり干上がって岩場だけが広がる湖跡。市井さんも石川さんも、その境目で景色が変わって見えることを確認した。
タブレットは、以前に市井さんが使っていた妖の位置を見つけるレーダー的なものとはまた違うらしい。見た目はほぼ同じだけど。
「ふうん。ふうん。さらにさつきちゃんには違う景色に見えるんだね。僕も見たいなぁ……ヒトが見ているものを映し出すってできないものかな。調べるべきなのはどこだろう。脳? 眼?」
誰の……?
タブレットを見つめながらの独り言が不穏だ。ああ、この目つき! これ! こういうの! 時々私に向けられるものと同じ!
ついつい市井さんを間に挟む位置に回ってしまう。隠れたい。石川さんの視界にはいりたくない。
「……要らんことはさせないが、危機管理は大事だぞ。うん」
私を横目で見ながら市井さんは言うけど、なんだろう、安心できる要素が足りない。ケムは湖を背にして行李に腰かけ、足をぶらぶらとさせている。
「伊織。お前もだ。危機感を忘れんな」
「ん? ――う、うん! 勿論だよ!」
夢見心地みたいな顔つきになってきていた石川さんが、市井さんの声掛けで顔を上げると同時にちょっと跳ねた。どうもその時の目線が市井さんでも湖でもなく、ケムに留まっていた気がする。
市井さんはケムのことを強いっていうし、食事時のお供えも欠かさない。もしかして視える人にとっては、ケムって怖いのかなと時々思ったりする。その都度まさかねとも思うんだけど。だって班の人たちだって平気そうにしてるし。
湖水がなくなってしまったのは、栓を抜いたからという可能性は高い。市井さんたちはそう見立ててるし、私もそうかなって思う。なんかあの石、栓になりやすい形だし。
私にだけ見えているたまごがどのあたりまで来ているかを示すために、緩やかな傾斜を下りていく。しっかりと結界を張れるビー玉を右手に握りしめ、左手にはケムを握った。
昨日の水位より低いところにたまごがあるから、大きめの砂利はヘドロっぽいものに覆われていて歩きづらい。
私は両手を広げてバランスとりながらなのに、二人とも平然と横に並んで歩いていた。私の速度に合わせてくれている。おかしいな……同じように支給されたブーツのはずなのに。
近寄るにつれて、たまごの中身がはっきりと見えてきた。
ぴくりとも動かず手足をたたんだ黒っぽい蛙が、半透明なゼラチンみたいなものに包まれている。
それはふるりふるりと、遠くで泳ぐ蛇モドキの背びれの動きに合わせて揺れた。
たまごまであと数歩。
今の今まで怖いものではなかった。
一番近くにあったたまごがぐにゃりと歪み、どぷっと中の蛙が吐き出されるまでは。
「――下がってください!」
市井さんの腰のあたりを両手で掴んで引いたつもりなのに両足が滑って、ぶら下がりかけたところを首根っこ掴まれた。
「怖! ひゃ! 怖い! ひぇ! 逃げて!」
「えっ、えっ!?」
前に滑る足をばたつかせる私を、市井さんが小脇に抱えて傾斜を駆け上がる。
石川さんは私たちとたまごの方角を交互に見てから慌ててついてきた。
べちょりと仰向けで投げ出された蛙が、開いた口を空に向けたまま後ろ足だけで立ち上がる。
「追いかけてきてるか?」
「……いえ、蛙が一匹、立ったまま動かない、です」
さっき石川さんが境目だと言った階段の途中まで戻って振り返ると、直立不動で佇む蛙の背中が見えた。
腰からうなじまでざわざわとする。怖。やだ。たまごの中にいる時はわからなかった。
ということはあれだろうか。あのたまご全部にこれがいるの……?
「い、いい市井さん」
「帰らねぇぞ」
ですよね。そうですよね。それはそう。
立ち上がった蛙は、体長が一メートルほどだろうか。
その足元あたりには、ビー玉がいくつも線を引くように落ちている。
市井さんだと思うけど、いつばらまいたのかはわからない。
「うーん。お前が怖いなら俺らに見えてもおかしくないんだが」
「そういう感じ? 彬くんにも見えないんじゃ僕に見えるはずないよねぇ。ねえ、さつきちゃん。どんなの? どんなの?」
「えっと、二本足で立ってて、口開けて上向いた蛙です。高さ一メートルくらい、でぇええ! やだ! 目開いた! 動いた! 気持ち悪い!」
前世のじいちゃんちは山にあったし、色々と外遊びを教えてもらった。だから蛙だって特に苦手ってことはない。
だけど後頭部あたりにひとつだけぎょろっと開いた目玉とか、左右にゆらゆら揺れてるとかは、蛙うんぬんじゃなく気持ちが悪い。
「ふむ。今までの記録にはないタイプかなぁ」
「さつきが見てるのは大体そうだな……鼻水出すほど怖いか」
「っ」
慌ててすすり上げた。それは寒いからだと思うんだけどっ! そこは指摘して欲しくなかった!
こっちを見てもいないのになんでわかったんだろう……。
過去に確認された妖は、全部記録されている。獣型二号とかなんかざっくりした感じで図鑑になっているそれを、勉強する時は必ずそばにおいていた。だけど、私がいつも見ているそのへんにいるような異形が載っていたことはない。
「数は増えそうか?」
「まだ蛙は一匹ですけど、たまごはいっぱいいるから」
「動く気配は?」
「わかんないです。でもこっち見てます。すごく見てる」
以前なら知らない振りをして、絶対に目を合わせたりなんかしなかった。
だけど今は視る仕事をしてるんだから、そういうわけにもいかな――っ!?
「いやあああああ! 来ます!」
すっごい姿勢良く後ろ向きダッシュしてきた!







