6 行李と私
つむじに手を置いてみたり首根っこ掴んでみたりと、一通り試してから宿に戻った。肌と肌が直接触れないと駄目だってことはわかったんだけど、戦闘中はそうもいかないわけだから、それほどお役立ち情報でもない気がする。
展望台から宿までの間にまた結構冷えてしまった。
市井さんの部屋にあった魔動ポットを覗くとちゃんとお湯が入っている。すぐに出かけるような感じではなさそうだけど、報告・連絡・相談、大事だって聞いたことがあるから、一応確認をしてみた。
「湖の近くには行かないんですか」
「ああ、ここの町長がな、挨拶に来るんだよ。ったく、めんどくせぇったら」
「ちょーちょー⁉」
時間があるならお茶でも入れようかと、用意しはじめていた茶器を慌てて元に戻す。
町長さんかー。そうだよね。偉い人から話があがってこないと本部まで届かないんだから、町長さんが知らないわけないんだ。
ついこないだ舐められないようにとか言ってたの市井さんなのに! モンペでそれはいくらなんでも厳しいじゃないですか!
制服に着替え終えたところで、来客だと女将さんが呼びに来た。
町長が待つという談話室に行くと、ひとり掛けのソファで埋もれている小柄なおじいちゃんがゆったりと立ち上がった。
その隣には、温泉まんじゅうを頬張っているイケメンがいる。おとといはまともに服を着ていたけど、今日はシャツのボタンがひとつ掛け違っていた。なんで町長のおつきの人みたいな位置にいるんだろう……。
「これはこれは、市井様でいらっしゃいますか! わたくしが町長の塩沼! 塩沼でございます!」
石川さんに気を取られた瞬間、どこから出たのかと思うほどの甲高い声に一歩後ずさってしまった。
町長さんは右耳のあたりから髪の毛を左側まで撫でつけている髪型をしていた。前世ならバーコードとか言われてるようなやつ。エネルギッシュに市井さんの手を両手で掴んで上下に揺する、その近さに少しのけぞった市井さんがちょっと面白い。多分石川さんも同じことを思ってるんだろう。ものすごく楽しそうに目を細めていた。
「――実際のところ深刻なのはこの景気の落ち込みでして。若い者が次々町を出て行ってしまっておるのです。このままでは」
「塩沼町長、我々は異常現象の調査と解決が任務だ。町の運営には」
「すべては以前の湖に戻ってさえくれれば――」
これが立て板に水ってやつなんだなってくらいに、挨拶を交わし席についてからずっと町長さんはまくしたて続けている。きれいめモードの市井さんが、それはうちの仕事じゃないって四回ほど口を挟んだけど止まらない。しかも選挙演説ばりに甲高い声を張っているから、なんだか耳がしびれてきた気さえする。
ここに至って石川さんは一言も声をあげず、淡々と温泉まんじゅうからお茶、お煎餅、お茶、温泉まんじゅうとローテーションし続けていた。テーブルの上をケムが横切るタイミングで伸ばした手がピタリと止まるから、やっぱりこの人は結構はっきり見えてるんじゃないかなと思う。
いや、見えてるのはもう知ってるんだけど、あまりに素知らぬ振りが上手で、どの程度見えているのかがずっとよくわからないままなのだ。
今でこそ市井さんもはっきりとケムが見えているらしいけど、当初は大きな靄のかたまりにしか見えなかったと言っていた。でも止まる手とケムの距離から見ても、石川さんにはもうちょっとそれよりサイズ感が伝わっている気がする。
あまりにも見すぎてただろうか。ふと顔をあげた石川さんと目が合った。
へらりと笑んでくれるけど、やっぱり目が怖い。
怖いタイプの妖のそれとは別種のものなんだけど、じゃあなんなのかとか、どうしてなのかとかはわからない。
町長さんの独演会は二時間ほどかかった上に、お昼ごはんも誘われていた。
調査があるからって四回断って、最後には何か急用を思い出したかのような小芝居までしてた市井さんは、なんかこう、やっぱり大人なんだなぁって思う。
それでもケムが町長さんの左耳近くから髪の毛をひと房だけ剥がしてつむじで立たせていた時は、膝の上に置いたこぶしをちょっと震わせていた。
お昼ごはんは近場の食堂でソースカツ丼だった。地元じゃ評判なんだってよって、市井さんは言ってたけど聞き込みの時に知ったんだろうか。そんな話出てたっけ……? やっぱり私はメモをとったほうがいいのかもしれない。
ソースカツ丼は、ざくっと揚がった衣にかかったソースの絶妙な甘さと柔らかい肉が最高に美味しかった。
それからまた市井さんの部屋に戻り、石川さんが次々と魔道具を並べていくのを見ている。
「つか、なんで伊織が来るんだよ」
「だってー、彬くんが本部に連絡いれたのってゆうべの九時過ぎでしょー? 僕が一番近い場所にいたんだからそりゃそうなるじゃない」
「鐘守んとこいた魔道具班はお前だけじゃねぇだろ」
並べられた魔道具を次々に端から手にとっては、戻していく市井さんは多分それで何かを確認してるんだと思う。なんだろう……重さ? 私が目で追ってるのに気がついて、仕掛けに損傷とか動作不良がないかをチェックしてるのだと教えてくれた。いわゆるダブルチェックというものなのだろうか。普段は本部から持ち出す時に確認しているらしい。
本当なら助手の仕事じゃないのかなって、やり方を覚えたらどうだろうって思ったのだけど、目視だけではなくわずかに魔力を流すことで確認してるらしい。私には無理なやつだった。
「僕が! 一番! 腕もいいし! 気が利くでしょうに!」
「さつき。これとこれとこれ、お前の行李に入れとけ」
「はい!」
「もー! あ、さつきちゃん。入れ替えるならこれとこれ」
「は、はい!」
私の行李はこまごまとした魔道具がみっちりと詰められているから、新たに入れるとなると代わりに何かを抜かなきゃいけない。教えられながらパズルのように隙間なく詰め込んでいく。
大型の妖でも足止めしたりできる結界や攻撃用の魔法陣が組まれているものばかりで、おそらく最初持っていたものよりもさらに高価なはず。怖。
ゆうべ私が見た大蛇モドキのサイズから、当初持ってきた魔道具では足りないかもしれないと追加要請を出していたそうだ。通信機は登録されているところにしか繋がらないから、本部へと連絡したにもかかわらず、そのまま石川さんに回ったらしい。本部からの応援を待つ間は、取り損ねた休みの分を満喫しようと思ってたのにと市井さんは不満げだった。
「あの、石川さんだって鐘守の現地調査だったじゃないですか。どうしてこんなに持ってたんですか」
「趣味ー。移動中とかアイデアが沸いた時にすぐ調整したりとかしたいんだよねー」
気軽に持ち歩くような価格帯のものじゃないと思うんだけどな……。それともこれが日常だから慣れていくものなんだろうか。
「妖の町とか谷とかさー。どれだけ現場を見たかったことか! 期待してるからね!」
「き、きたい……」
「ね!」
その爛々とした目つき、やっぱりすっごい怖い……。







