4 再現と私
「そんだけでかくて怖くないやつってのがよくわっかんねぇよな」
「だって市井さんには見えないですもんね?」
「だなー」
窓と座敷の間にある謎の空間は広縁っていうらしい。そこにふたりで並んで立って湖を見下ろした。
「市井さんにはどう見えてるんですか」
「暗いな」
「ですよね」
ふむぅ、と考え込む市井さんの肘が私のつむじに置かれる。ふわりと湯上りの匂い。
「……お前、いい匂いすんな」
「嗅がないでください!」
こだわってるから胸を張っていいところだと思うんだけど、一気に恥ずかしくなった。
慌ててお膳の前に戻って柿をひと切れ頬張る。市井さんは外を見つめたまま考え込み続けていた。ひ、人を慌てさせておいて……っ。
「んー、明日でいいことは明日だな……ほれ」
「重っ」
髪をくしゃくしゃとかき乱しながら戻って来た市井さんが手渡してきたのは、私の両手でやっとおさまるほどの石の塊だった。
薄灰色でざらりとした手触りのそれは六角柱の両端に六角錐がくっついた形だ。
私が見たことのある魔水石と少し印象が違うのは、魔道具用に加工されたものじゃないからだろうか。でもあの鐘守さんとこの地蔵に仕込まれていたのは加工前だったのに、それとも違う感じがする。
「水石ってなぁ、元々石の種類ってわけじゃないだろう?」
「あ、はい。そういう、趣味? ですよね」
「趣味だからこそ人気のある種類ってのがある。その中から魔水石としての性能を強く持つ石が多く出てきたから、魔水石と名付けられた。それが鐘守んとこの石で、今となっては魔水石つったらあれってだけでな。どんな石だろうと、その性能がありゃそれは魔水石だ」
復習はこうしてよく突然はじまる。しっかりと頷いて見せた。覚えてますとも。石の種類ってのは、こう、成分とかその割合とかで色々分類されているそれだ。ダイヤモンドとルビーは違うぞみたいなそういう。
ただ、魔水石になりえる成分っていうのがなんなのかは解明されてないらしい。
「だから鐘守んとこの石と種類は違うが、それも魔水石だ。珍しいけど拝むなよ」
「拝みませんよ。そんな……あ、お地蔵さんみたくなるからですか」
この石は祠の一部だったのだから長年拝まれていたわけだ。地蔵みたいに呪いの糧となってしまう可能性があると。
魔水石を国で管理する理由のうちのひとつだと習ったけれど、こうしてその管理からもれたものってどれだけあるんだろうか。こっわ。思わず石をつまんで手のひらから浮かせてしまった。
「諸刃の剣ってこった。正しく使えば問題ねぇよ。というわけで、ちょっとお前それ浄化してみな」
「じょうか」
「浄化って言い方があってるかどうかわかんねぇが、まっさらな状態に戻すんだから意味合いとしては近いだろ。ほれっほれっ」
「わ、わ、わ」
せっかく手のひらから浮かせた石ごと私の手をぎゅっと握られた。
びしっびしっと上下に振られるけど、そんな急に言われても。
この間だってやろうと思ってやったわけじゃないし、なんなら私がやったのかどうかすら怪しいものだと思ってるのに。
胡坐をかいた市井さんと向かい合わせでつないだ手を振らされ続けること数分。
これはあの地蔵から出た石を浄化? させた時の再現なんだろうか。
だけど、手からはみ出ている部分を見る限りはなんの変化も見られない。手首にしがみついたケムの頭だけが、半纏の袖口から見えている。
「――なあ。なんで俺が振ってんだ?」
「さあ……」
突然我に返ったように顔を上げた市井さんは、舌打ちして手を離した。私悪くないよね⁉
結局ゆうべは魔水石になんの変化も見られなくて、地蔵のあれはたまたまなんじゃないかなって思いはじめている。
私にできることが増えたかもってうれしかったのだけど、そうではないなら、すごく調子に乗る前にわかってよかった。
昨日汚れた制服は、すっかりきれいになって返ってきた。早起きして朝風呂を堪能した後、部屋に戻ったらパリッとした状態で届けられていたのだ。さすが高級宿。感動に震えつつ、これまたきれいになったモンペを重ねて運動着に着替えた。いやだって今日も絶対どろどろになるし。
「何か見えますか」
「水がねぇな」
「なるほど」
「何が見える」
「すごく大きな蛙のたまご?」
昨日と同じく祠があった場所で、市井さんと並んで湖の今の状態を確認しあった。
私と彼の見えているものは違うから、きっちりと報告しあうことにするぞって。
私には、湖水の代わりにゼリー状の球体がひしめきあって見えている。みっちり。
「蛇じゃなかったのかよ」
「ゆうべは蛇だと思ったんですけど」
暗かったからだろうか。だけど、うねり方とかは確かに蛇だと思ったし、今こうして見ているものとは違ったはずだ。
ついさっき朝風呂をした時にはもうこの状態だった。湖を埋め尽くして朝日を照り返す球体は、確かにゆうべ見た形ではない。
「寝てる間に入れ替わったんでしょうか」
「まあ、別に何があってもおかしかないっちゃないからな。んー、ここが本丸とみたんだが……」
市井さんはじっと遠くを睨みながら、ゆうべの魔水石を左手でお手玉している。ケムはウニモドキをヨーヨーしながらその手首に座り込んでいた。
すっかり市井さんも慣れてしまったものだと思う。
「少なくとも干上がったのはこれ抜いたからだろうし、戻すべきかどうか悩ましいな」
いくら汚れすぎて観光客が激減した後とはいえ、湖ですらなくなるっていうのはよろしくないらしい。それは確かにそう。私には干上がって見えてるわけではないけれど。
「戻すにしても、それがあった場所は見えるんですか」
「そりゃ……ああ、蛙のたまごで見えないのか。それもまた不便だな。お前、普段歩くのとか不自由しないのか」
「こんなにみっちみちなことはないですから」
「みっちみち……」
蛙のたまごで埋め尽くされた絵面を想像したのか、市井さんは嫌そうに顔をしかめつつ、私のつむじに右手をのせて軽く叩いた。
これはいわゆる頭ポンポンでは!っと一瞬思ったけど、なんか左手のお手玉と拍子が合っている。これ普通に手遊びしてるだけだ。なんだろう。このすごく損した気分。
「そりゃあ、行方不明者たちは蛙の鳴き声に呼ばれたらしいけどよ……この湖いっぱいかぁ」
「はい。たまごの中の蛙はあんまり動いてはいないですけど、って、なんですか」
すごく残念そうな顔されたんだけど何。
「お前、蛙の子はおたまじゃくしなんだぞ?」
「知ってますよそんなの!」
だって蛙がはいってるんだもん! 蛙モドキだけど!
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