1 湖と私
おひさしぶりです!お元気でした????
連載再開します。本日4話更新です。10時、14時、18時に投下予定。
どうぞおつきあいくださいませ。
透明度の高さで有名な湖だと聞いていた。
落葉樹の森に囲まれたその湖は、春の萌木色に夏の小鴨色、秋は黄朽葉、冬の白群と謳われて、年中観光客が途絶えないと、そう聞いていたのに。
「ひぇっ! ひぇっ! ひぃいい!」
ゴム長靴の靴裏からぐにょりと、重く粘ついた感触が伝わる。
緑と茶色をかき混ぜて黒を足したような色の水は、その見た目の印象通りに重い。
べっとりと黒ずんだ落ち葉がシーツのように湖面を覆い尽くし、一歩踏み出すごとに水底の泥に足をとられかけては、両腕を広げてバランスをとっての繰り返しだ。揺れる落ち葉の上にケムが横たわっている。
おかしいと思ってはいた。
出張先から本部へ戻ることなく、次の出張へと向かったのはまあいい。
その途中で百貨店に寄ってくれたのも、市井さんの気遣いだと信じてた。
いや、確かに気遣いではある。わき目もふらず釣り具屋に直行して迷うことなく買ってくれたこの特大のゴム長靴。
百貨店に釣り具屋が入ってるんだと意外に思っている間に、小花柄のモンペも買われていた。これに制服のスカートをたくし込んで穿いている。
そっか。湖ですもんね。季節が季節だけに、運が良ければぎりぎり凍ってないくらいのものに違いない。軍から制服と一緒に支給された革のブーツの防水加工くらいでは、下手をしたら駄目にしてしまうかも。それは困る。だからきっと前もって買ってくれたんだって。
うん、間違いない。行き先が水場だからと、そう計らってくれた。
でもそれならそうと、景勝地だったのは過去のことで、今はドブ沼と呼ばれていて、そこで探し物をしなきゃいけないってことも一緒に教えておいてほしかったなーなんて。
結果は変わらないけど心の準備っていうか。
「くっそぉ。ねぇな。おい、なんかそれっぽいやつないか」
「わかんないです! わ、わ、わ!」
宿にチェックインすることもなく百貨店から直行して、なんか思ってたのと違う場所だって困惑している間にこうなっていた。なんかそれっぽいのって何。
市井さんもゴム長靴に履き替え、軍手をはめて、どこからか拾ってきた二メートルほどの木の枝で湖底をつつき回している。ケムは真横でたぷたぷ揺れてる落ち葉を一枚、掛け布団みたいに自分にかけた。
この湖が景勝地だった頃は、透明すぎる湖面から浮いているかのように見える古い祠があったらしい。
周囲の森の緑を、照り返す陽光とともに映し込んだ湖に浮かぶ石造りの祠は、その神々しさでも観光客を集めていた。それが一年前のある日突然なくなっていたという。みるみるうちに湖は澱み、さざ波ひとつ立たない今の状態になってしまったと、本部にも報告がきていたそうだ。
帝国軍第五師団異常現象対策部は、知る人ぞ知る部署であるわけだから一般人からの陳情などは届かない。だけど国のお偉い人たちは知っているし、調べても原因がわからないものは、そういったルートを辿ってくる。最終的には伊賀さんのいる調査班が調べて本部で対応するかどうかを決める流れだ。
もっとも一度は対応の必要がないと判断された。その時に人的被害はなかったから。
「多分なー。祠の残骸とか変な石のかけらとか落ちてるんじゃねぇかなー。怖いのとかないか」
「落ち葉でっ、水面も見えないのにっ、それはっなかなかっ」
見えないなりに水底を靴底で探ってみているけど、粘土のような感触しか伝わってこない。重さで息切れがする。寒さで息も白い。
十人は超えているという行方不明者の共通点は、蛙の鳴き声がうるさいといって出て行ったことだ。そしてこの湖に一番近い、温泉街で起きている。
だったら以前から起きている異変との関連を疑うのが当たり前だ。現象からいっても怖いものがいそうだし、そうなると私の出番なんじゃないかって、期待されてるよねって気合をいれたつもりなんだけどさっぱり――あっ。
「なんか! なんかありましたー!」
「お」
「こ、ここっ! このへん!」
「おりゃ!」
ごつごつとしていて結構な大きさがありそうな、ごろりと転がりそうで転がらない何かがある。
そのあたりをつま先でつつきながら指さすと、市井さんがじゃばじゃばと寄ってきて木の棒でぐさっと突いた。落ち葉の上に立って波乗りをするケムのポーズが決まってる。
「あぶっあぶな! 一声かけてくださいってば!」
「気ぃつけろよー」
「今じゃないですぅうう!」
「んー、ん? ん? よっ、と」
私の抗議なんて華麗に聞き流した市井さんは、棒でさんざん湖底をつつきまわして位置を確認すると腕をつっこんだ。
上着を脱いだシャツ一枚で! それだけでも寒いのに! 見てるだけで震えがくる。
市井さんの片手に余るほどの何かが引き上げられると同時に、ごぼり、と大きな気泡があがった。
ごぼごぼごぼっと湧き続ける気泡と、市井さんが手にしている岩の塊をふたりで交互に見つめる。
「それ、栓ですか」
「かな? って、うぉお!」
突如、気泡が噴水となって私たちに降り注いだ。冷た! 寒!
「ひぇえええ! あっやだ! くっさ! 臭いですこれ!」
粘つくほどではない妙な重さのある水がかかった顔を慌てて拭うと、ぬめりがあって何とも言えない匂いがした。この匂いは知っている。
「牛乳拭いたぞうきん……」
「泣くな!」
「泣いてないですぅ!」
でもせっかくの制服がと思うとちょっと泣きたくはなってる。寒いし。芯から震えがくるし。
すぃーっとケムが足元に泳いできたけど、これは古式泳法……?







