24 夜這いと私
不機嫌気味だった市井さんが、盛大にふてくされた市井さんに移行して報告会が始まった。
報告するのは主に伊賀さんだ。市井さんが鐘守の家を出る前に通信機で伝えたことをもとにとった裏付けらしい。
「兄妹か。てっきり色恋沙汰かと思ったが」
「色恋といえば色恋かなぁ。サチコの許嫁にトミエが手を出したのが元凶なんで」
思いつめたサチコさんは、あの山の頂上の崖から飛び降りてしまったのだと、手のひらサイズのメモ紙を何枚も繰りながら伊賀さんが続ける。
「お気に入りの遊びだったみたいです。他人の男にちょっかいを出して別れさせるっていう」
「ひっかかる男も男だろ」
「狭い村というか、一族内では控えてたのかな? 普段はこっちの町でやってたっぽくて」
相手の男性も本気だったり遊びだったり様々だったという。
それでも町では比較的軽いもので……どこからが軽いのか私にはわからないけど男性陣にはわかったのか、その境目は説明されなかった。
許嫁の略奪とかちょっとばかり馴染のあるワードではあるし、妹の美代子もそういう性質があった。でも多分それよりももっと、なんというか、大人なものなのだろうくらいはなんとなく察せられる。
思い返されたのは、あの結界の中で見た光景だ。
攻撃する側とされる側がふとしたきっかけで入れ替わる狭い世界は、前世でもよく見かけたもの。
激しさこそ違えど、小学校から高校までいつだって教室の片隅で行われていた。私はその世界に認識されることすらなかったから、ある意味運がよかったのだろう。
村で一番の権力を持つ家で叶わないことなどなく育てられた暴君は、そんな狭い世界の中でこそ最大の威力を発揮する。
控えてたと伊賀さんは言うけれど、それは回数だけの話であってえげつなさは比べようもないほどだったに違いないと思う。
トミエさんとその取り巻きに囲まれて、跪かされたサチコさん。
映像の中で投げつけられていたあの柘植の櫛は、許嫁から贈られたものだった。それをどうしてトミエさんが持っていたのかまでは、伊賀さんの報告には出てこない。許嫁だった男性は半年前行方知れずになってしまっていたから。
サチコさんが亡くなって、櫛は兄のカンスケさんに渡った。
「それだけの因縁があれば、呪いの引き金には十分だな」
市井さんの感想を最後に、報告は魔水石の横流しに切り替わっていった。
地蔵は魔水石の隠し場所? 貯金箱? 的なものだったところまではわかっているから、引き続き横流しが始まった時期を絞り込むことになると。
というか、市井さんの通信機での報告からまだ半日程度だ。
ここまでの移動時間も考えれば、伊賀さんの情報収集能力はすごいものなんだと私でもわかる。威張り散らかすだけのことはあるんだ。多分。きっと。見直したりはしないし苦手なのも変わらないけど。
許嫁の男性がトミエさんに惹かれたのか、そうじゃないのか、姿を消したのは自発的なものなのか、それともそれもそうじゃないのか。そもそも彼はまだ生きているのか。
そのあたりはこれからの調査項目のうちのひとつではあるけれど、重要度が低くなるからいったん伊賀さんの手からは離れるらしい。だけど、私がその調査結果を知ることは多分ないと思う。市井さんも興味なさそうだし。
以上です! と伊賀さんがしめくくると、ご苦労さんと市井さんがねぎらった。そのまま伊賀さんは私にドヤ顔を見せつけるんだけど、どうしろっていうんだろう……。わからないから握りしめたままのケムに視線を落とした。
「なんにせよ、鐘守は孫娘を甘やかしすぎた代償としては、かなりのもんを払う羽目になったな。ありゃあ呪いがなくたって、結構上位の妖と変わらんかったぞ。よくまあ、あんなのを野放しにしてたもんだ」
そうこぼした市井さんに、石川さんはまんじゅうを飲みくだして、へらりと笑いかけた。ずっと静かだったのはおまんじゅうがよっつめだからだ。
「彬くんも粉かけられてたりしてー」
「そりゃ俺に色目使わないでどこに使うんだよ。いいか、さつき。俺はもてるんだぞ」
「そうだぞ。兄さんはすごいんだ」
「あ、はい」
どうして睨むの! なんて答えれば正解なの!
確かに市井さんは夜這いされてたし! 肯定以外の何があるっていうの!
「だから妙な気起こして兄さんを煩わせるんじゃないぞ。お前なんかの手が届く男じゃないんだ」
「……はあ」
何言ってんだろうこの人と思うけど、こんなこと言い出すのは初めてじゃない。
ちょいちょいこうして警告? けん制? をしてくる伊賀さんに、否定したところでさらに悪態をつかれるのだっていつものことなのだ。
何を言い返しても、黙っていてもすべてが面白くないんだろう。
初めて顔を合わせてから二週間弱、続けられるこのやりとりを終わらせるには、なんとなくふわーっと肯定も否定もしないで受け流すのが多分最適解だ。他人との会話が得意じゃない私にだってわかる。
この手の言いがかりは前世から今世にいたるまでずっと両親兄妹からされていたから。
気に入らないなら放っておいてくれていいのに。
「お前なぁ……いちいちつっかかるのいい加減にしろよ」
「でも」
市井さんの呆れ声に伊賀さんは口をとがらせるけど、私と変わらない年齢でそれはちょっとどうかなと内心思う。
両手の中に収まったままのケムが、自分と同じサイズの石ころを高々と掲げた。え。魔水石じゃないそれ⁉ 今どっから出したの。毛から? サイズ感おかしくない? いやそれよりそれを今出すのよくないんじゃない? 石川さんが身を乗り出した気配がする!
私調べで最高にさりげなく魔水石ごとケムを手の中に閉じ込め直す。
内緒にするのが正解なのかはわからないけど、なんか石川さんが食いついて来たらろくなことにならない予感がびしびしする!
「こいつ、さっきわざわざ下着買ってきて風呂まで入って来たんだよ! 兄さん狙いに決まってるじゃないか!」
え。なんで私の買い物まで知ってるの⁉ 嘘でしょう⁉