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23 おまんじゅうと私

 市井さんは寝起きの機嫌があまりよくない。

 当たり散らしたりなんかはしないけど、もともとがきれいな顔立ちのせいか機嫌が悪いと凄みが増すというか。初めて起こしに行った時は思わず謝ってしまった。頼まれたから起こしただけで私悪くないのに。

 大人なのだから目覚まし時計で起きればいいんじゃないかなって思うんだけど、あの音で起きるのが嫌いなんだそうだ。

 着崩れた浴衣のままでだらしなくソファに身を沈めている市井さんは、まだ目が据わっている。

 お茶をよっつ入れてローテーブルに並べてから、その隣に腰かけた。だってそういう風に隣を手で叩くんだもん。案の定伊賀さんの目がつりあがるけど私悪くない……。


「さつきちゃん、お茶淹れるの上手だよねぇ」


 ふんわりとした口調で褒めてくれたのは石川(いしかわ) 伊織(いおり)さんだ。

 後から来ると聞いていた魔道具開発班の人がこの石川さんだから、打ち合わせとかも見越してこの部屋なんだろうか。

 伊賀さんも含めた四人いても、応接セットまであるこの市井さんの部屋は狭く感じない。私のお部屋も素敵で恐縮ものだったけど、こちらはもっと広い。

 市井さんがドアを開けた時、石川さんはずっとそこにいたような顔をしてそのドアの影から出てきて合流したのだ。いや、威嚇しまくってくる伊賀さんに気をとられて私が気づかなかっただけで、本当はずっと廊下に立ってたのかもしれない。わからない。


「で? 随分早いんじゃねぇか? 現場見てきたんだろ?」


 石川さんはテーブルのど真ん中に居座るケムの横に置かれていたひと口まんじゅうを、おもむろにとったかと思うと堪能し始めた。

 彼にケムが見えてるのかどうなのかは知らない。いつも見えてない割には触らないように避けてる感じがするし、見えてるにしては気にしてなさすぎる。

 今日は外に出てきたからかまともな格好をしているけど、初対面のときはシャツを後ろ前に着ていた。人型の異形なのかとしばらく勘違いしてしまっていたくらい、つかみどころのない人だ。

 いつもこの調子だから、市井さんも急かしたりはしない。それどころかとろんとまぶたが下りてきている。


「伊織さん! 兄さんが待ってるだろ!」


 どこからどう見ても待ってない。

 なのに伊賀さんはぷりぷりしはじめるのもいつものことだ。

 ひと口まんじゅうをゆっくり咀嚼して、さらにお茶を飲んでから、ふぅ、と満足げな息をついてから石川さんが口を開く。


「……なんだっけ」

「だからぁ!」

「ああ、現場ねー。他の班員が向かってるよぉ。僕はこっちに来ちゃったー。あれ? 寝てるー?」


 そこではじめて市井さんが寝落ちしてることに気づいたらしい伊賀さんが、慌てて自分の口に手をあてる。遅ーい、なんて思ってたのが伝わったかのように睨みつけられたから、おまんじゅうに伸ばしかけていた手をひっこめた。その手の甲に乗っかってきたケムを両手でつかみなおしてそのまま膝に置く。

 調査班の伊賀さんは、案件によってあちこちと連携をとることが多いと聞く。

 だから班の違う石川さんと一緒にいても不思議には思わなかった。でも本当なら石川さんはあの山の方に向かうはずだったみたいだ。確かに石の回収を魔道具開発班がするって市井さんは言っていた。


「……こっちに来ちゃったじゃねぇだろ」


 あ、起きてた。面倒くさそうに髪をかき上げながらむくりと上半身を起こして、お茶を一気に飲み干した。


「どうせ石は研究室に来るしぃ。こっちのほうが面白そうだなぁって」


 半目で見据える市井さんを、邪気のないにこにこ顔で真正面から受け止める石川さんすごい……。

 ケムは私の膝からむこうずねを滑り降りては、よじのぼってきてまた滑っていくのを繰り返している。

 ひと口まんじゅう食べたら駄目かな……おなかすいてきた。


「だって、呪いがみっちりつまった魔水石を浄化しちゃったんでしょ?」

「……しちゃったんじゃねぇ。なんかしんねぇけど浄化っぽくされてたんだよ」

「まったまたー。(あき)くんにはできないんだから、残るはさつきちゃんじゃない。ねー?」

「ひぇっ」


 市井さんを彬くんだなんて呼ぶのは、石川さんも市井家の縁者だからだ。とはいえ特殊班だって市井の親族ばかりだけど、市井さんをそう呼ぶ人はいない。そして私に「ねー」なんて声をかけるとき、この人すんごく怖いのだ。

 セミロングの茶髪はぼさぼさと目元を隠しがちだけど、その隙間から覗く顔立ちは整っている。市井さんとはまた違った穏やか系の美青年といっていいと思う。でも「ねー」って笑いかける目が笑ってないというか、爛々としていて頭からぼりぼり食べられそう。比喩とかでなく物理で。

 反射でのけぞってしまった私に、市井さんはひと口まんじゅうをとって渡してくれた。


「俺ら、ゆうべ仮眠とっただけでずっと寝てないわけ」

「みたいだねー」

「これから休みなわけよ」


 あ。打ち合わせのためにこの広い部屋をとったってわけでもなさそう。さすが市井家……。

 待って。よく考えたら今からお休みなら私の部屋代は? おいくらなんだろう。お給料から天引きされたりしないよね……?

 んふ、と、石川さんはとても楽しそうに笑みを深める。


「それ取り消しだってー」

「はあ⁉」

「次の現場に直接向かいなさいってことでー、僕らは今回の報告書を代わりにまとめてあげるために来たの」

「はああ⁉」

「彬くんはすーぐ報告をかいつまんじゃうからだよ。日頃の行いじゃないかなあ」

「はあああああ⁉」


 ……つまり宿代は軍持ちで間違いないってことでいいのかな。

 というか、市井さんやっぱり雑な報告に目をつけられてたんじゃないですか。おかしいなとは思ってた!


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― 新着の感想 ―
表紙の茶髪イケメンは石川さん? はー毎日更新嬉しいです。 発売日が待ち遠しい…
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