21 オムライスと私
町に着いたのは昼を少し過ぎた頃だった。鐘守さんたちもこの町の病院に向かっているはずだけど、おそらく彼らの到着は夕方になるんじゃないだろうか。
「よーし。飯だぞ。飯」
機嫌よさげな市井さんが連れてきてくれたのは、ちょっとレトロな感じの洋食屋さんだった。や、多分これが最先端のおしゃれなんだけど。白地に赤い縁取りのテーブルクロスをかけた丸テーブルが並んでてかわいい。でも市井さんが席に着くとひと回り小さく見えた。
「あ、そういえば本当にヨシオでもサブロウでもなかったですね」
「だろ?」
ベージュに蔦模様の型押しがされたメニューを開くと、アルファベットとカタカナの料理名が並んでいる。
不意打ちで入る鏡文字はいまだにどうしても慣れないけど、アルファベットはひっくり返っていてもすぐわかる。わあ。オムライスがある……っ。
「お前、食い物には詳しいよな……」
「そうですか?」
「名前だけで何の料理かわかってるだろ。鼻息荒いぞ」
前にも似たようなことを言われた気がする。確かにメニューには写真なんて載ってない。またやってしまった。だって前世では普通に食べていたものだから、つい。というか、鼻息って。そんな。
しゅっと息を止めたら小鼻がしまっちゃって、爆笑された。恥ずかしかったからなのに! ひどい!
「まあ、説明要らずで楽だからいいけどよ。好きなもん選びな」
「はい!」
これまでにも何度か外食に連れてきてもらっていて、そのたびに御馳走になっている。最初のお給料もまだ出ていなくて、どうしても気が引けてしまう私に市井さんは「恥かかせんじゃねぇよ」って言うから遠慮なく甘えることにした。何をどうしたってないものはないんだし!
開いたメニューの真ん前に陣取って寝転がるケムを横に寄せてを繰り返しながらオムライスを選んだ。
宿舎の食堂ではまだ出たことがないから、今世で食べるのは初めてだ。ふわとろタイプじゃきっとないと思う。薄い卵で包むタイプのほうが好き。市井さんはミックスフライ定食を頼んでた。
「コロッケがついてる!」
出てきたオムライスのプレートに添えられていた小さいコロッケは、きつね色に揚がった衣はぱちぱちと脂が跳ねている。ナイフをいれれば、さくりとした手ごたえ。ポテトコロッケだ! 熱いのは間違いない。ぱくっといけば高確率で舌をやけどするのはわかりきっているのに、いかずにはいられない。ほこほこしたポテトにいい塩梅で混ぜ込まれたひき肉と塩気が最高……っ。
「美味いかよ」
「……っ! ……っ!」
はふはふで声を出せないから頷いて答えたら、満足げに笑ってくれた。
オムライスはやっぱりケチャップライスを薄焼き卵で包んだスタンダートなタイプだった。ケチャップをちょっと伸ばして玉子がはがれないように、ライスと一緒にそっとスプーンに乗せる。グリーンピースと玉ねぎしか入っていないケチャップライスだけど、うっすらと香ばしい焦げ目があってしっとりほろほろしてる。美味しい……。
市井さんは付け合わせのサラダにあったトマトの一切れを小皿においていて、ケムはその小皿の横に寝転んで小皿のふちを見上げている。はたから見たら嫌いなものを避けているようにしか見えないだろう。
気がつくとオムライスはもう二口ほどしか残っていなくて、ぺろりと申し訳程度に薄焼き卵の切れ端がケチャップライスに載っている。それで何となくあの皮がはがれていくように中の魔水石を見せた地蔵を思い出した。
「市井さんって、もしかして地蔵の中身のこと最初から気づいてました?」
「そりゃあな。あれは結構魔力溜まってたから触るだけでわかった」
ああ、そういえば最初に登った時、よく地蔵の頭を撫でていた。信心深さとかからすごく遠いところにいそうなのにって思ったんだった。それになんとなく撫でたくなる造形だし。
「一般人はよ、そんな魔力多くないだろ。まあそれだとわからんだろうけど、俺くらいになればなー」
「はあ」
市井さんは時々こうやって得意げな顔をつくることがあって、そういう時はちょっと年が近く思える。いやそんなに離れてるわけじゃないけど。五歳だっけ? そんなにじゃないよね。
「多くない魔力でも、ちりも積もればってやつだ。どれも頭のてっぺんだけ光ってたろ。村の奴らのほとんどは知らなかったんだろうが、中に仕込みだしたのは随分前からだったんだと思うぞ。地蔵自体かなり古かったしな。へそくり感覚っつーの?」
「へそくり」
いきなり生活感出してきた。とてもそんな言葉で追いつくような額じゃないと思う。
「願う、祈る、そういう行為は知らず知らずに魔力使うもんだ。特に呪いなんて強い念は溜まりやすい」
あの笑いながら白髪になっていった人、カンスケさんがきっと呪ったんだのだとは思う。トミエさんやサチコさんとどんな関係だったのかも知らないけど、そうでなきゃあんな場で見る間に白髪になっていったりしないだろう。よく見たわけじゃないけど肌だって乾いてしわが増えていってたように思う。
「だから国が管理すんだよ。本来ならできないことでも、ああして成しちまうだけの力がある。成させてしまうっつうかな……おい、覚えとけよ」
低めた声に顔をあげると、すぅっと表情をなくした市井さんと目が合った。
「ああいう力は人間の思い通りになんざなんねぇ。大抵は何かの形で返ってくるか予想もできないことになる。だから恨みはてめぇで晴らせ」
ええ……そこは呪うなとか諭すとこじゃないんだろうか。そもそも私は魔力もないし。
「そういうの、あんまりないです。昔はあったような気がしますけど」
「昔って、そんな年で何言ってやがる。ちっとくれぇなら俺が手を貸してやってもいいぞ? ん?」
少し張り詰めかけた空気をほどいて狡そうに笑うから、つい私も笑ってしまった。
「そんなことにつかう時間、もったいないですよ」
二十歳にもならないままさくっと死んでしまったりするのだから。私のようにね!
「お前ときどきほんと年寄くせぇ」
「ひっど! ……あのカンスケさん? どうなりますか」
「知らね。俺の管轄じゃねぇし、ああいうのは取り締まる法律が表向きはないんだよ」
市井さんは興味なさげに背もたれに寄りかかり、エビフライのしっぽで残りのタルタルソースを拭ってぱくりと食べた。タルタルソースもいいなぁ。そのうち食堂の厨房の隅っこでも貸してもらえないだろうかと、コックさんたちに挨拶してちょっとずつ距離を詰めてみてるんだけど、まだ先は長い感じがする。いつも忙しそうなんだもん。多分挨拶気づかれてない。
「だから専門とこに連れてかれんじゃねーの」
専門。これ聞いたら怖いやつ! 聞かないほうがいいやつ! きっとそう!