19 魔水石と私
魔道具に仕込まれた動力源としての魔水石は、中の魔力が減っていけばまた充填することができる。平木の家はその充填を生業のひとつにしていた。特別な技術が必要なわけではなくて、魔力量の多さにものを言わせた効率の良さゆえに。
繰り返し使える乾電池のようなもの。前世にもあったあれだ。けれどあれだって充填回数に上限があるように、魔水石も永遠に使い続けられるわけじゃない。
魔道具が使えない私はそもそも触らせてもらったこともなくて、だから新品はもちろん空になった魔水石も見たことがない。効率よく魔力が充填できるよう研磨された魔水石は極上の翡翠に似ているらしい。当然翡翠も見たことないからどれほどのものなのか想像は難しい。綺麗だぞと市井さんが言うのだからそうなのだろう。
使われて、充填されて、また使われてを繰り返すうち、石は淀んでそれ以上の魔力を受け入れなくなっていく。
「最初投げ込まれた地蔵の頭の中にあった石みたいな色ですか。緑と紫のまだらで」
「ふうん。そう見えたのか。いや、普通に真っ黒で、光ってもいないし炭みたいなもんだったぞ。廃棄する魔水石と同じ色だな」
市井さんに負ぶわれて山を下りている。
靴がないのは市井さんも同じなんだから大丈夫だと言ったのに、俵かつぎとどっちがいいんだって聞かれておんぶを選んでしまった。
安定感抜群の乗り心地だけど、妙に姿勢良くしてしまうから少し背中が疲れてくる。本当はぴったりとしがみついたほうが市井さんは運びやすいんじゃないかと思いながらも、それはやっぱりさすがに無理。
のんびりと散策するかのような速度で下りながら、私が見たものや市井さんの推測をすり合わせていく。
もうすでに日は高くて、木漏れ日はやけに清涼感がある。道沿いには一定間隔で地蔵のいた跡があった。そこだけ丸く草が生えていない。胴体は一体どこにいったのか。あの崖のある空間に置き去りだろうか。
地蔵の頭だったものは山頂に置き去りだ。たった二人というか、実質戦力が一人なのにどうすることもできないし。
ケムから取り上げたかけらを握っていた手を開く。
当のケムは市井さんの耳に片手をついて斜めになりながら足をクロスさせていた。何そのポーズ。
表面にらせん階段を彫り込まれたような石は、案外と手に馴染む大きさで断面も滑らかだ。外殻近くはすりガラスみたいな半透明で、中心部に行くにつれ薄青く小さな気泡が密集してきらきらしている。
これに魔力を詰め込むと色だとか質感までも変わってくるというのだから不思議だ。
今のこの状態が仕上げの研磨をする直前のものに近いのだと市井さんが教えてくれた。
もうあの怖い気配はみじんもない。
山頂に置いてきた石もみんなこんな感じに変わっていたから、危険はないものとしておいてきたのだ。もっとも石自体の金銭的価値は途方もないらしいから、ふもとについたらすぐに回収班を呼ぶらしい。周辺の空気だって晴れ渡ったこの天気と同じく澄んでいて、ただ、一番大きかったという地蔵の跡地だけは少し空虚に感じた。
「市井さん」
「んー?」
「トミエさんはあちら側に行ったんでしょうか」
「影はあの女を狙っていたんだろ? じゃあ、行ったっつうより引きずり込まれたんだろうな。もしくは食われたか」
食われた……食われちゃうことあるんだ……。
よっ、と弾みをつけて私の位置を調整した市井さんの声音は、講義でわからなかったところを教えてくれる時と同じだ。
「まあ、かなり恨みを買ってたようだからな。自業自得なんじゃね」
「呪いって、その、異形……妖をつかう? 使役でしたっけ。そういうのとは違うんですか」
「違うらしいぞ? 俺の専門じゃねぇから知らんけど」
「はあ」
「その気があんなら、そっち方面の奴に講義を頼んでやる」
「……お願いしま、わっわっわっ」
「よーし。さつきは偉いなぁ!」
今度はもっと勢いをつけて、三度も弾まされた。
屋敷の近くまで来ると門のあたりに人だかりができているのが見えた。
そういえば鐘守さんが倒れたんだった。この村で一番の権力者なわけだし、騒ぎになって当たり前ではある。あの時からすでにあちら側の影響があったのだろうと思い至った。だって誰も駆けつけてなかったし。
ざわめく村の人たちから一歩離れたところでぼんやりと立っている男性が目に留まる。髪は乱れて着物もかなり着崩れているその人にはうっすらと見覚えがあった。
「市井さん、あの人」
「さて、どれだろうなぁ。サブオかヨシタロウか」
「誰ですかそれ。サブロウとかヨシオだったじゃないですか」
「どうせそれ以外にもいるだろうよ」
ゆうべトミエさんにすがりついていた男性に興味なさげな市井さんは、歩調を変えることなく進んでいく。ひとり、ふたりと村の人たちは私たちに気がつくにつれ、ぴたりと口をつぐんで道を譲ってくれた。モーゼ……っ。
靴も履いてないし負ぶわれているし、それでなくとも大勢の人の目に晒された経験がほぼないわけだから少し肩が竦んでしまうのは仕方がないと思う。だけど同じように土まみれの市井さんは当然平常運転で、悠々と泰然と堂々と雑魚は目に入らないとばかりな態度だ。私にはとてもそんな貫禄出せはしないけど、せめてこのくらいはと顎をあげた。舐められちゃいけない……っ。
「ああっ、市井様っ、トミエはっトミエはどこにっ」
両側から二人の下男に支えられた鐘守さんが、人だかりの中心にいた。白衣を着た医者らしき老人がカバンを両手に持ってその後ろでおろおろしている。
生きてた。思ったより元気だった。
「元気なのかよ。めんどくせ」
ぼそっとつぶやかれた声は私にしか聞こえなかったはず……っ。やめて! きれいな市井さんになって!