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18 呪いと私

 外はすっかり明るくて、冬の白い日差しが重なり合う枝葉から零れ落ちていた。

 ん、と差し出された手をつかんで立ち上がる。いつもぴしっとしている軍服の袖口が土埃で白くなっていた。

 訓練の組手ですら市井さんに土がつくことなんてないのに。

 結界と一緒に切り裂かれた触手は、ぱらぱらとほぐれ小さなミミズに戻って地に落ちた。わたわたと草むらに飛び込んでいく。

 膝を抱えたままころころと横に転がっていくケムは元のサイズに戻っていた。


「……ここ」

「おう。山の頂上近くだな」


 オーロラがたなびく谷底にいたのに、見回すと後ろは雑木林で前は草むらだ。その向こうは崖なんだろう。空が広がっている。

 でもそれよりも先に目に留まったのは、地蔵の頭だけを積みあげた山だった。私の身長と同じくらいある。

 周囲の景色はがらっと変わったけれど、その山の位置というか、私との距離的に、多分。

 垂れてきた鼻水をすすると、市井さんが横で気まずそうに唸った。


「いやでも、ちゃんと結界の効果時間内に片づけたじゃねぇか。三分だぞ三分。俺すごいだろ。ちょっとあれだ。中にいた方が安全だったんだよ。だから三分以内にだな」


 ちょっと焦ったように早口になった市井さんをよく見ると、袖口だけじゃなくて肩も胸元も土や砂にまみれてる。でもなんでそんな焦って……あ。


「泣いてません」

「お、おう。そうか」

「あれは」


 積みあがっている地蔵の頭は、特におかしなところのないものだ。地蔵らしい表情をしている。いや首だけの時点でどこか禍々しい感はあるのだけど。

 結界の中から間近で見てわかったのは、怖いのは触手そのものではなかったってことだ。

 現に草むらに飛び込んで散っていったミミズはいつも通り怖くなかった。

 地蔵の山も同じで、所詮石でしかない。けれどまださっきまで触手が纏っていたのと同じものを感じた。影というか、空気が揺らいでいる。蜃気楼? 暑い夏の日の地面に水を打ったような。


「見えますか」

「地蔵の頭だな」


 やっぱり市井さんには見えていないみたいだ。


「一応あれは斬ったんだが、手ごたえがいまいちでなぁ。トドメ刺そうとしたら、地蔵運んでた妖たちが首だけ投げつけてきやがったんだよ。あの女を的にしてたが、こんだけ近くにいればそりゃ巻き込まれて当たり前だろ。四方八方から一斉に飛んでこられちゃさすがにちょっと焦るわな。ひたすら躱しまくってるうちにあんな状態なわけよ。あれ八十七体、いや八十六体分全部あるんじゃねぇか――ん?」


 あー、それで土まみれなんだ。……トミエさんもやっぱりあの下なんだ。

 納得しつつ、でも、その下はどうなっているかの想像を横におきつつ、地蔵の山に歩み寄ろうとする市井さんの袖を引いて止めた。

 ここはあのおかしな空間ではないし、普通にゆうべも登った山だ。でも。


「ま、まだ怖い影がありますから近寄らないほうがいいと思い、ます」

「妖か? 俺に見えない程度ならさほど強くないんじゃねぇの」

「妖とか、異形とか、そ、そういうのとちょっと違ってて」

「へぇ」


 呪いって目に見えるもんなんだろうか。見える人間が限られているけど、妖や異形は一応形のあるものと言っていいと思う。でも呪いって、なんて説明したらいいんだろう。呪いは呪い?


「市井さん、呪いって言ってたじゃないですか。多分それだと」

「お前そんなのも見えるのか」

「今まで見たことはないですけど――えっ」


 後ろ手を組んだケムがアイススケートを滑るみたいに、地蔵の頭に近寄っていった。やだ嘘。

 積まれた山の下層にある頭は割れているものもあり、ちょうどケムが両手で持ち上げられそうなかけらもあって――やめてやめてやめて!


 駆け出した瞬間、足の裏に痛みがあった。ここにきてこれ! 靴ないから!


「待っ」


 後ろから市井さんの驚く声。

 コケかけて、持ち直して、またコケかけて。

 十メートルもない距離なのに、ケムがすごく遠くに思えた。

 また両手で高々と地蔵のかけらを持ち上げるケム。

 どうして! お前はいつもそうやって!

 かけらは元のサイズに戻ったケムの胴体より大きい。

 だけど私が片手でつかめる程度。


 市井さんはトミエさんのことを、傀儡なのか憑かれたのかと訝っていたけれど。

 群れをなすところなど見たことがなかったミミズたちの行動のほうが、傀儡と言っていいものだったように思う。

 意味の分からない動き()()しない。

 それが私の知ってる異形たちなのだ。

 明確な悪意や害意を持つほど、あいつらは人間を見てなんかいない。ケムだってそう。


 だからきっとあの怖気のたつ、かけらから緑と紫のまだらに染まった空気。

 それがきっと元凶で。

 そんなの持ったら。

 持ち上げられたかけらから、ふわりと広がるドライアイスの煙のような。


「ばかぁああ!」


 完全にケムが煙に包まれる寸前、かけらをつかんで取り上げる。


「バカはお前だ!」

「ぐぇっ」


 勢い余って地蔵の山に突っ込みかけたところで、首根っこを市井さんに引っ張られた。


「近寄るなっててめぇが言った先から! 何! やってんだ!」

「ひぇっひぇっひぇっ」


 手首をつかんだまま力強くぶんぶん振られるんだけど、びっくりして手が開かない。


 だって指の間からすごい勢いでまだらの空気が散っていく。

 泥のような重さを感じさせるのに音はしない。


 地蔵の山にぶつかって、はじけて、花火の残滓みたいにきらめいて消える。


「……ぉぉ?」


 市井さんにはどう見えてるんだろう。

 はらはらと地蔵の表面がはがれていく。


「………………」


 力任せに振られていた手が、指揮棒でも振るような動きになった。ほんとにどう見えてるんだろう。


 はらはら。はらはら。

 

 すっかり剥がれ落ちて姿を見せたのは、つるりとした表面の石だった。

 そして集めた落ち葉が風に吹かれたように。

 水面に広がる波紋のように。

 丸かったりとがっていたりと形は様々だけれど。

 奥に細かなきらきらがある石が、ざあっと転がっていく。


 そこにあるはずのトミエさんだったものまでいなくなっていた。


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