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4 不審者と私

 速攻で捕まった。


「ぐぇ」


 掴まれた襟がビッと嫌な音を立て――やだ。嘘。


「やめっ! ちょ! 破れる! やめてえええ」


 橙と茶の市松模様の着物は、妹のおさがりを解いてはサイズを直して着続けてきたからすっかり生地も薄くなっている。

 男のごつい手に片手で爪を立てつつ、もう片手で襟と背の縫い目を慌てて撫でて確かめた。だ、大丈夫? 破れてない?


「――っ、お前そんなことより」

「そんなことじゃない! (あわせ)はこれしか持ってないのに! ああああああ! ここ! ここ破けてないですか! ほつれてるだけ!? ねえ!」

「え、あ、あぁ……す、すまん。破け、た」

「うそぉ……」


 襟と肩のあたり、入っちゃいけないとこに指が入ってくぅ……。

 がっくりと力が抜けて地面に膝をついてしまった。小石が膝に刺さって、痛みで涙がにじむ。

 これから寒くなるのに! 裏地のない単衣じゃ凍えちゃう!


「……元気そうだな」


 気の抜けたつぶやきを見上げると、眉間の皺はそのままだけど目つきから険しさのとれた男が突っ立っていた。元気って何。この冬で凍死を迎えるかどうかの瀬戸際ですけども?

 一呼吸の沈黙のあと、すんっと鼻をすすって破けた穴から指を抜いた。まだ上手く繕えばなんとかなるかもしれないし。

 膝をついてる女に手も貸さない男が何か助けてくれるとも思えないし、そもそも私に手を貸す人間なんてじいちゃん以外にいなかった。


「何故逃げた。やましいことでも……いや、ない、な」


 はあ? と盛大に叫びそうになった口はしっかり閉じたけど、目は思いっきりかっぴらいてしまった。それを見たからなのか男はきまり悪そうに取り消すけれど。


「軍服を見て逃げ出されれば、何か心当たりでもあるのかと思うじゃねぇか」


 言いながら自分でも苦しいと感じてるのか、男はすいっと目をそらす。軍服?

 改めてまじまじと見直すと黒の詰襟と片掛マント(ペリース)は、衛兵が着るそれよりボタンや飾緒がきらびやかに思える。襟元だってこの寒いのに着崩しているけれど、これは確かに軍服……衛兵より多分偉いやつ。


「今気づいたみたいな顔してんなよ。だったらなんで」

「え、顔ですけど」

「は!? 寄ってこられたことはあっても逃げられたことなんてねぇよ!」


 何言ってんのこの人!?

 ついた膝と尻をじりじりと後ずさりさせて距離をとる。

 普段私は人と会話することもないし、大暴投こそしないとはいえ上手く受けることも得意ではない。それを差し引いてもこの人と噛み合わせるのは無理だと早急な撤退を心に決めた。

 立ち上がるついでに小石もさりげなく掴もうとした手元には、毛むくじゃらがしれっと膝を抱えてるのが視界の端にうつる。あんたじゃない。


「――っ動くな」

「ひゃっ」


 肩が外れんばかりの勢いで腕を引かれて、男の肩に鼻をぶつけた。ぱりっと硬く厚みのある生地にこすれて痛い。

 男は私をぐるりとその背に隠し、そのまま流れるように抜刀した。


 ――秋の陽射しをぎらりと白く照り返す刀の先が、毛むくじゃらの頭上ぎりぎりを滑っていく。


 毛むくじゃらはぴくりとも動かないし、どこを見てるのかもわからない。

 手足はあるけど首はないから頭と胴体の区別すらつかないし、もさもさの毛で目だってどこにあるかわからない。


「な、にを」


 この男は見えているのか見えていないのか、二度三度と刀はすれすれの空を切る。舌打ち。私の腰に回っていた腕が緩み、男は一歩踏み出した。




 私は前世でも今世でも、自分から異形に触れたことはない。

 じいちゃんとの約束だったからだ。


『あっちにはあっちのルールがあるからなぁ。お前連れて行かれたくないだろ』


 じいちゃんは()()()()人ではあったけれど、異形の存在をわかってくれていた。

 実の両親に否定され遠ざけられた幼い私の言葉を、そのまま受け入れて信じてくれた。

 だから私はその言いつけをずっと守っていたのだけど。




 緩んだ腕からしゃがんで抜けて、男の両足首を掴み力いっぱい引っ張り上げる。

 いっぱいに水を張った盥で鍛え上げた私の腰は強いんだ!


「ぉお!? ――ぐぇっ」


 足をすくわれた男はそれでも膝と手をついて顔面から落ちはしなかった。


 毛むくじゃらは前世のころからそばにいる。

 なぜなのかは知らないけど、じいちゃんが死んで両親たちの元に返されたあたりから、いつの間にかずっとそばにいた。

 意思の疎通はできないし、意思があるのかどうかもわからないけれど、前世から数えてかれこれ二十年以上ずっとこいつはわたしのそばにいたんだ。


 四つん這いになった男の背中を踏み、膝をかかえたまま前後に揺れてる毛むくじゃらを片手ですくい上げて、最初目指した裏道の奥へと駆け出す。


「おまっ、待て!」

「ひぇええええ」


 どうしようどうしよう! 突然切れて刀振り回す軍人とか! 権力もったなんとかじゃないか!

 ごめんじいちゃん! 私前世よりも早死にするかもしんない!

明日からは1話ずつの投稿になります。

毎日更新ではない、かもしれない。わかりません!がんばります!

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― 新着の感想 ―
急に刀振り回して、周りからは気のふれた軍人に見えてるんですかねえ。
[良い点] うわぁ、面白そう!
[良い点] 新作ありがとうございますヽ(=´▽`=)ノ 楽しみです!
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