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15 主導権と私

 私たちとトミエさんとの距離は、どのくらいだろう。十メートルはないと思う。

 ちょうどその中間地点でケムが高速反復横跳びをはじめた。

 別に立ちふさがる感じではなくて、私から見て横向きだ。だけどトミエさんはこちらを向いて? ……多分こちらを向いて左右にゆれている。だって顔もどこにあるかわからないし。


「ほしい欲しいほほほしい」

「悪いな。俺そんな安かぁねぇのよ」

「あー! あー! あー!」


 ばたばたと地団太を踏むトミエさんは、もうどれが手なのか足なのか。

 市井さんは「へぇ?」と意外そうに首を傾けた。


「まだ言葉が通じるのか」

「え。通じてます?」

「理解はしてんだろ。だから悔しがってる」

「なるほど?」


 そう言われてみればそうだ。反応としては合ってる。合ってる? そう?


「お前も言葉がでてこないときは、ああしたらいいんじゃね?」

「んな!」


 そりゃあ上手く話せないとかしょっちゅうですけど! 何言っていいかわからないのもしょっちゅうですけど!


「しっかりぎっちり当ててやるからよ」


 そんな悪そうな顔で笑われても!

 まんまと足踏みしたくなるのをすんででこらえた。

 トミエさんは延々とじたばたしながら叫び声をあげ続けてる。あれと一緒はたまらない。


「さて」


 しゅん、と刀を斜めに一振り。


「ここまで来れば、向こうに逃げ帰ることはないだろう」


 逃げ帰るってのはきっと私たちのことではない。ということは追われていたわけではなく、おびき出していた?


「覚えときな。ああいうのはこっちが振り返ると、今度は追わせようとしてあらぬ方向へ駆け出すもんだ。主導権を敵に渡すな」

「はい!」


 返す刀で今度は逆向きの斜めに空を切る。

 何度も練習したように、市井さんの手を離して数歩後ろに下がった。


「ケム。こっち」


 同じく何度も練習したようにケムを呼ぶ。勿論ケムが戻ってくることはない。知ってた。


「しりへでにふれるとつかつるぎ」


 真横に刀が振りきられると、トミエさんを囲む光の柱が五本立ち上がった。簡易結界だ。私たちを守るのではなく標的を閉じ込めるもの。


「やー! やー! ひどいひどいひどい」


 柱に触れたくないのか、肩をすくめてる。肩? よくわからないけど多分肩っぽいところが揺れて、ひどいと言う割に声はさっきより甘く高い。……もしやあれはくねらせている?

 市井さんが口の端をひくつかせて、思わずといった風に一歩下がりかけた。


「……しゅどうけんを」

「渡してねぇよ!」


 下がりかけた足をまた一歩踏み出した市井さんは、刀を鞘に納めて正面で杖にする。

 まっすぐな背すじに胸を張った姿勢は、とても軍人らしく強そうだ。


「どんな恨みを買ったらそうなるんだろうなぁ? 何をした?」

「トミエはきれいきれいサブロウはヒスイよりきれいってサブロウもいちいさまも」


 今度はサブロウ。誰。


「一言も言ってねぇよ。どっちがゆうべの男だ。サブロウか。ヨシオか」

「トミエのトミエのサチコばかサチコよりきれいサチコのはトミエの」

「痴情のもつれかよ。サチコはまだ生きてるか」

「あはあはあはあはしらないしらないしらないあははは」


 耳元で風を切る音。

 瞬きの後、結界の根元で土煙が上がる。


「ひゃ……」

「さつき。あれをよく見てろ」

「は、はいっ」


 土煙が収まった場所にあるのは地蔵の頭だ。

 ごろりと転がってこちらを向いた顔は、地蔵らしい穏やかさではなく満面の笑みを形作っていた。

 この地蔵は異形たちが運んでいたものだろう。てっきり昨日山で見た地蔵のどれかだと思っていたけど違ったのか。だってこんな顔の地蔵がいたらさすがに気づく。

 それとも私たちが登っていない山頂そばにいた地蔵なのか。

 地蔵の笑みは見る間に深くなっていき、苦悶の表情にも見えてきた。

 顔のしわがひび割れとなり、ぱらぱらと表面から落ちていく欠片。

 犬の散歩みたいにウニを連れたケムが散らばった欠片を蹴飛ばし回っている。

 

「あはっあはっあはははは」

「きゃーはは! きゃーははは!」


 トミエさんの笑い声に地蔵が続いた。甲高い声は単調で、カワセミが鳴いているみたい。

 かけらがすべて落ち切って中から出てきたのは、石目のない濡れたような輝きの球だった。

 どろりとした緑と紫が交じりあうマーブル模様は、水たまりに浮いた油のように球面をゆっくり流れて渦巻いていく。


「魔水石が管理されてる理由はもうひとつあってな」

「はい」

「込められた魔力が呪いの糧になる」


 キンッ、キンキン、キン。

 鞘尻を覆う鐺金具がリズミカルに地面を打つ。

 そのたびに小さな魔法陣が浮かんでは散り、その都度結界の柱が脈動する。


「その辺の魔道具に仕込まれてるような魔水石じゃ話にならんし、そもそもどうしたって呪う奴の魔力は必要だ。一般人にできるこっちゃない。ところが良質な魔水石、蓄積された魔力の量、条件さえ揃えば不可能じゃなくなる」


 地蔵の顔はすっかりなくなったのに笑い声がまだ聞こえるその球体を、ケムがはいつくばって覗いている。

 つまりこの地蔵の中にあったのが魔水石で、これが呪いの動力源になったということか。

 確かに色味はトミエさんがトミエさんだった時の目の光に似ている。あのミミズの色と同じだ。

 だけど、でも。

 私と球体の間には市井さんがいて、少しばかり距離がある。

 それでも言われたとおりに目を凝らして、その輝きを見ているのだけど。


「これきらーい!」


 柱の間から腕を一本伸ばしたトミエさんが球体を鷲掴み、私の顔面めがけて投げつけ――えっ。


「舐めんな」


 カーンっと鞘で跳ね飛ばされたそれは、崖の階段で立ち止まっていた行列に突っ込んでナマコもどきにヒットした。

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― 新着の感想 ―
ホラーなのに読める!ホラーなのになのに笑える!やったー
いちいさんはしゅどうけんをとりかえした!
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