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12 反復横跳びと私

 市井さんの赤い光は私にしか見えないようだから、おそらくこのトミエさんの光もほかの人には見えていないんだろう。それでも鐘守さんにもその異様さが伝わったらしい。一匹、二匹と眉からミミズが転がり落ちる向こうでまん丸に目が見開かれている。トミエさんは瞳孔が開いてる。こっわ!


「と、トミエ?」

「ね。よろしいでしょう市井様トミエのお願いをきいてくださるでしょう? だってほら私はこんなに綺麗なのですしこんな田舎にはもったいないと思いますでしょう? わかってますのよわたしはあなたにふさわしいっておじいさまだってそうおっしゃっていたではないですか」


 まくしたてるトミエさんの口角は、きゅっと上がった笑みの形をしているけれど、ほとんど動いていない。なのにつかえることも噛むこともなくノンブレスで滑舌がいい。すっごい……。腹話術人形だってもうちょっと表情が動くと思う。

 その顔で自分の前にあるお膳ごと、じりじりとこちらへとにじり寄りはじめた。こわ! こっわい!


「ま、待ちなさい。トミエ、少し落ち着い――っ」


 その彼女の肩へと手を伸ばしかけた鐘守さんがそのまま畳に倒れ伏した。

 ほぼ同時に、まとっていたミミズはどろりとその形を崩す。それはねっとりとした粘液のかたまりへと姿を変え、鐘守さんの全身を覆い隠してしまった。

 きっと私以外には鐘守さんがただ倒れただけのように見えている。率先してトミエさんを甘やかしていたはずの祖父を、彼女は一瞥もしない。


「いいいい市井さん!」

「おう」


 すっと背すじをのばしたままの市井さんの後ろに回り込んでしまった私が呼んでも、彼は微動だにせず真正面のトミエさんを睨みつけている。何よりも先に帰ろうと叫びたいけれど。


「鐘守さんに憑いた妖が変になりました! トミエさんはなんかおかしい!」

「後半は俺にもわかるわ。まあいっか」


 左手側に置いてあった刀を手に取った市井さんに合わせ、私も手を伸ばしてケムの足をつかみお膳の下から引っ張り出した。


「市井様市井様市井様お強いのでしょう見せてくださいませトミエに見せて見せてくださいくださいませ」

「やきがまのとがま」

「ひぇっ」


 柄頭からぶら下がる刀緒(とうちょ)に飾られている小さな勾玉を握りしめて市井さんがつぶやけば、こちらとあちらを分かつ一線がざくりと畳に刻まれる。私がびっくりした。


「まだ聞きたいことがあったんだがなぁ。さつき、あれはもうダメか」


 顎で示すのは倒れている鐘守さんだ。そう言われても私には泥の塊にしかもう見えない。

 でも、たぶん、あの異形は生きてるものにまとわりついてるのしか知らないから。


「まだ生きてはいますけど! 今すぐダメかどうかまではちょっと!」


 どのくらい持つのかまではわからない。

 じいちゃんのときはあれが姿を現してから亡くなるまで二週間ほどだったか。数日だったのかもしれない。私はまだ小学校に上がる前の子どもだったからその時期の記憶はあやふやだ。でもそれだって最期まで数匹しかいなかったし、数か月はあれをつけていた近所の人も見たことがある。


 トミエさんは両手でつかんだお膳ごと、そこに透明な壁があるかのように右に左にと移動を繰り返している。

 畳についた傷からこちらへと進んでくることができないのだと思う。広い部屋を分断しこそしないけど、傷は四メートルほどに渡るだろうか。

 あの勾玉は簡易な結界を仕込んである魔道具だと教わった。


「女のほうはどうだ」

「妖は見えません!」

「だよなぁ。この結界を越えられない程度じゃ俺に見えなくてもおかしかないが」


 トミエさんはさっきから市井様市井様とだけ繰り返し繰り返しわめいている。

 そう、彼女の()()には異形がついていない。こんなにおかしなことになってるのに。


「これあれだな。本体が別にいるな」

「ほんたい――あっ」


 握りしめていたはずのケムがするりと手から抜けて、お膳の上に降り立った。フィニッシュポーズで着地決めてる。


「さて、傀儡(くぐつ)なのか、ただ(あて)てられただけなのか……ほんと何やってんだあれ」


 私のお膳にじゃない。トミエさんが右往左往しながらも手放さないお膳の上だ。

 ケムにはやっぱり結界の効果はまるでない。市井さんに言わせればケムはすごく強いらしいし、そのこと自体は今に始まったことではないけれど、行動は不思議しかない。さといもをひとつ高々と両手で掲げ、激しい横揺れもなんのそのと両足を踏ん張っている。

 トミエさんの動きはどんどん反復横跳び並みに速く、跳び幅も大きくなっていく。


「市井さん! あれ端っこどうなってるんですか!」

「そらー、お前。なんにもねぇよ」


 大きく左に動いたトミエさんが畳の傷跡の端までたどりついた!


「いちいさまいちいさまいちいさまトミエをトミエをつれて」


 結界とぎれてるならそりゃ回り込んできますよね⁉


「いちいさまいちいさまいちいさま」

「市井さん! 市井さん! 市井さん!」

「揃ってんじゃねぇっつの。よし、行くぞ」


 無意識に制服の裾をつかんでいたから、勢いよく立ち上がった市井さんにぶら下がってしまった。

 刀を脇につけながらすたすたと広間を出る市井さんの後を、けつまずきつつ追う。

 結界を回り込んだトミエさんは素早い反復横跳びしながらついてきた。横の動きは速いけどその分前に進んでないから、長い廊下を早足で進めば追いつかれそうにない。

 

 ……ケムもよく反復横跳びしてるけど何かそういう習性でもあるんだろうか。


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― 新着の感想 ―
緊迫した状況のはずなのに、絵面のせいでお笑い回にしかならない……!
怖いのに最後の文でちょっと笑ってしまったんですがー!
怖がらなきゃいけない場面なのに反復横跳びのせいでカバディが頭をよぎった。お陰で笑い過ぎてお腹痛い←
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