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10 襖と私

 正直どきっとした。しますよそれは。私だって年頃なんです。

 だけど、よく考えたら私は市井さんに直接雇われてる助手なんだからそりゃあっちこっちに呼ばれたらよろしくないだろう。それ? それのこと? どう反応していいかわからない。わかりましたって言えばいい? それは愛想があまりにもなくない? 愛想いらない?


「そそそれはその…………市井さん?」


 わー。この人すごい! 安らかにすやぁって寝た!

 やり場のない何かが胸に居座っているけれど、お言葉に甘えてソファで毛布にくるまって寝る。魔道具のストーブが部屋を暖めるのにそう時間はかからなくて、山登りで疲れた体は深い眠りにさくっと落ちてくれた。


 夜明け前から数時間足らずの仮眠でも、襖をぼすぼす叩く音ですっきり目は覚めた。

 市井さんはまだ寝ていて、ケムがその額でうつぶせになっている。昨日この部屋に案内してくれた女中が、いぶかし気な顔で朝食の時間だと教えてくれた。ですよね。結局同じ部屋で寝てますもんね。でも一応最初の仮眠はもうひとつの部屋使ったんです。パンツも干してあります。そう教えるタイミングはもちろんないから黙ってたけど。


 起き抜けでぼーっとしている市井さんをそのままに、隣の部屋に戻って身支度を整えた。

 ……地蔵が逆立ちする原因はわかったけれど解決はしていない。今日中に解決してここを出ていけるんだろうか。明日は休暇をとってあるからもう一泊するぞって市井さんは言っていたけど、ここで? それなら今日一日いっぱいつかって何とかできるのかもしれない。でも市井さんに見えないあの異形を、彼はどうするつもりなのか。このまだ乾いていないパンツは今のうちにしまうべきなのかそれともまだ干していていいものか……。


「おはようございます。市井様!」


 襖の向こうでトミエさんのはしゃぐ声が聞こえた。部屋を出た市井さんと鉢合わせをしたようだ。待ち伏せてたのかもしれない。朝食の席に案内を申し出ている。たぶんゆうべと同じ部屋だと思うけど。なんにせよ、あんなシーンを見られた気まずさとかそういうのはみじんも感じられない。強い。

 私も今出ていったほうがいいんだろうか。朝ごはん食べたい……。


「支度ができたのなら出てきなさい」

「は、はいっ――っ」


 襖を開けるに開けられず、もじもじしてたらよそいきモードの市井さんが声をかけてくれた。

 おそるおそるゆっくり二十センチほど開けて、閉めた。えー。


「なにやってんだ」

「い、いえっ」


 閉めた襖をまた開けられて、気が進まないまま廊下に出ると市井さんの肩越しにぎらぎらと光るトミエさんの目。怖い! 怖い!

 なるべく目を合わせないように、できるだけ市井さんの影から出ないように、気持ち肩をすくめつつ彼の斜め後ろに陣取って廊下を歩いた。先導するトミエさんはひっきりなしに振り返っては市井さんにあれこれと話しかけている。


 古い建物にはよくあることで、建て直した平木の家や鎖国が解かれてから建てられた宿舎よりも小さな異形たちが若干多い。

 それは昨日からわかっていて、でも害がないのもわかっているしいつものことだからなんとも思っていなかった。

 だけど今、廊下が朝日に照らされてひどく明るくすっきりとしている。

 市井さんに初めて会った時、あの異形と人間がごった返す商店街で同じことが起こったのを思い出す。

 毎日の勉強の中で市井さんをはじめとした異常現象対策部の面々に見えるのは、どうやら人間に害をなせるほどの強い妖だけだと知った。

 私が日常見ているような異形について触れている教材など今のところひとつも見つけられていない。

 だから異形たちの行動なんて結局わかりはしていないのだけど。でもおそらくだけど。

 初めて会った時、市井さんはケムを目指して向かってきていた。それは私が憑かれていると思ったからで。つまり戦闘態勢に入っていたのだろう。

 異形たちは逃げ出したのだ。たぶん。


 今あの時と同じことが起きているのだとしたら。

 だけど市井さんの背中に力が入っているように見えない。

 ならば異形たちは何から逃げたというのか。


 ケムは歩く市井さんの前に回り込んでは、彼の足の間をスライディングで潜り抜けるのを繰り返している。

 トミエさんの話に相槌をうつ市井さんの横顔からはそんなことを感じられないが、若干歩きにくそうだ。

 やだー。どうして普通の顔でいられるの。

 見えてないからだ。それはそう。いや、ケムのことは見えているから歩きにくそうなんだろうけどそれではなく。


「いいいい市井、さん」

「ん?」


 きっちり着込んだ制服の裾をつまめば市井さんは振り返ってくれる。

 だけどやっぱり肩越しに見える爛々とした目が怖くて次の言葉が出てこなかった。

 本人の前で言えない……っ。


 私は怖い類の異形がわかるけれど、人間にこの怖さを感じることって今までなかった。

 どうして。山から帰ってきた時はこんなことになっていなかった。


「かかか帰りま、しょうよーぅ」


 だから口をついて出たのはこんな子どもじみたセリフだけで。

 私のつむじまで駆け上がってきたケムをつかみ、胸の前まで下ろして両手で握った。


「やだわ。まだお仕事も終えていないというのに。お勤めしているといってもまだやっぱり幼いのね。見た目だけじゃなくおかわいらしいこと」


 三日月を伏せるように細めた目と左右対称に持ち上がった口角で、ころころとトミエさんは笑う。

 市井さんは一瞬片眉をあげて小さく首を傾げた後に、よそいきモードの笑顔をつくった。


「泊りの仕事は初めてでしたしね。疲れたのでしょう。ほんとうにかわいらしくて困っています」


 やさしげな手つきで頭を撫でるとか! いやああああ! ほんとにわからないでやってるの⁉ 嘘でしょう⁉

 怖い! 怖い! あなたの後ろですっごい怖い顔してる人いるんだけど! 怖い!


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