9 草書体と私
私たちが車から荷物を下ろして裏口に入るまで、トミエさんは門のところですがりつかれたままだった。何をどうしたらこんな時間にあんなことになるんだろう。
部屋に戻った市井さんは流れるようにベッドに倒れこんだ。それでも一応静かに置かれたリュックの横に私の行李を並べる。
「だ、大丈夫です……?」
「あー、不覚もいいとこだ。雑魚相手で助かった」
そもそも私に魔力がないからわからないけれど、魔力切れというのはかなりきついらしい。
切れたところで直接命にかかわるわけではないにしろ、めまいや吐き気で立っているのもつらくなるのだとか。
でもそれだって一般人ならってことだ。あんな討伐の場でそんなことになればどうなるかなんて考えなくてもわかる。
魔力のない人間がほぼいないのに、お高いとはいえ魔力なしで起動する魔道具が用意されているのはそのためだ。
家具こそ洋風に寄せてあるが、この屋敷にセントラル・ヒーティングなど整備されていない。見た目は前世でいうところの石油ストーブみたいなものが据え付けられている。お金持ちだけあってこれも魔道具だ。私に火を点けることはできない。
出かけている間に部屋は冷え切ってしまったのに。
「市井さん、市井さん、風邪ひいちゃいます。お布団かけるから少しだけ転がってください」
「んー……ああ」
彼が下敷きにしている掛布団を引っ張りながら声をかければ、目は閉じたまま腕だけで枕元をまさぐりはじめた。
ぱちんとスイッチの入る音がすると、ストーブから小さな駆動音がして温風が出はじめる。リモコンかと驚いたけど、よく見ればコードがストーブにつながっているナースコールのボタンみたいなものがあった。有線でもリモコンっていうんだっけ。どうだっけ……。
寝返りをうつ彼の動きに合わせて引き抜いた掛け布団を、肩までしっかりとまきつけるようにかける。いつもより二回りほど大きくなったケムまで一緒に横たわっているけど、こいつに布団をかける必要はないだろう。
「お前も部屋から毛布もってきてそこで寝な」
だるそうに手を振ってソファを示す市井さんはやっぱり目を閉じたままだ。
この状態で山を下りてからも運転してくれていたのだ。私も運転出来たらなって、とっくに諦めた色々を思う。
せっかく魔法なんてある世界に生まれ変わったのに、私にできることは前世以上に少ない。与えられた部屋の暖房ひとつつけられない。
「何お前、一緒に寝たいのか?」
「ち、ちちちがいま」
「別にいいけど寝るだけになるぞ。今はちょっとご期待に応えられそうもねぇ」
「ちがいます!」
薄く目をあけて私を見た市井さんは、ははっと短く笑ってから手の甲でまぶたを乱暴にこすった。
「目、赤かったって?」
「あ、はい……あれ? もしやご存じでは」
「言われたことねぇなぁ。とは言っても俺はもともと異国の血が入ってて目の色薄いからな。光の加減ってわけでもないのか?」
そうなんだ。黙ってれば整ったきれいな顔立ちではあるけど、特に彫りが深いとかってわけでもないから気づかなかった。
前世では珍しくないことだったけど、この国は六十年前まで鎖国していたし私の行動範囲が狭いせいもあるのか、明らかに外国の人ってのは見かけたことがない。名家であるほど血筋にこだわる傾向が強い世界で、それはなかなかに苦労があったんじゃないかと思えた。
「夜ですし」
「だよなぁ。時々って言ってたな」
「初めて会った時もそうでした」
「お前……目の色が変わるっておかしいと思わなかったのか?」
そうはいわれても、魔法や魔力のある世界だし、そういうこともあるのかくらいにしか思わなかった。それに目の色なんてすごく近づかないとそんなはっきりとはわからない。
「まあ、今更か。妖だのなんだの見えてりゃ多少のことはそういうもんかと思うんかもな」
「そうかも?」
「もうちっと勉強の時間増やそうなー」
「えっ」
「疑問に思わねぇってことは異変にも気づかないってこった。お前の仕事は?」
「えっと、市井さんに見えないものでおかしいと思ったことを伝えることです!」
「知識がないと疑問にも思わない。おかしいと思えない。だろう?」
「そのとおり、です」
普段は鍛錬の時間以外は座学で勉強させてもらっている。
学校に通ってなかった分、普通の教養なんかも組み込んでくれていた。
前世では一応高校卒業間近まで生きていたし、成績だって悪くなかったから楽勝だと思ったのは三歳くらいまでだったか。
算数はともかく字が読めなかった。滅びよ草書体! 滅しろ文語体! しかも時々鏡文字になっていたりする。私が自信満々に書いた「よ」が逆向きだったりするのだ。全部じゃないから余計に前世の記憶が邪魔をして、気がつけばすっかりあまり出来の良くない子認定されていた。元々放置されていたけど、そのあたりで放置っぷりが加速したと思う。
だから今、ちゃんといろいろと教えてもらえるのはうれしい。勉強が特に好きだったわけでもないけど、私はできないことが多いから。
「目の色のことはしばらく誰にも言うなよ」
「はあ」
その理由はわからないけど、それは私の勉強が足りないからだろうか。あんまりよくないことだったりする?
「見えるやつがいないから検証されてないんだけどよ。平木の先祖は他人の魔力を目で見て測れたっつうぞ。それじゃねぇか」
「あー……。そういえば」
市井さんが魔法を使ったり魔道具の刀を振るったりすると赤い光が見える。その赤と目の色は同じかもしれない。
そう聞くと、それだなって返ってきた。普通は見えてないらしい。
「そんなのが見えんの、下手にばれたらあっちこっちにひっぱられるだろうが。お前は俺んとこだけいればいいんだよ」
別に勉強足りないせいじゃなかった!
おはようございます。豆田です!ご機嫌いかがですか!
本作、この度オーバーラップノベルスf様より書籍化の運びとなりました!ひゅー!
書籍化にともないサブタイトルがついています。
「うすかわいちまいむこうがわ 1 ~婚約破棄された二度目の人生もぱっとしませんが、あやかしが視える目で最強軍人を導きます!~ 」
まずは瓜うりた先生の華麗なる表紙をご覧になってくださいまし!
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「うすかわいちまいむこうがわ 1 ~婚約破棄された二度目の人生もぱっとしませんが、あやかしが視える目で最強軍人を導きます!~
2025年7月25日発売予定です。ちょっと先ですね。実はまだ加筆部分が終了していません。
せっせと加筆しています。きっと喜んでいただけると思いますのよ。だって市井視点ですからね!
どうぞよろしくお願いします!