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8 金色夜叉と私

 魔法は必ずしも詠唱が必要なわけではない。現に私の手のあかぎれをなおしてくれたときもそうだった。

 詠唱の役割は魔道具の起動と効率的な魔力の消費だ。威力が大きければ大きいほど魔力の消費は激しくなるとはいえ、詠唱がなくても魔法は発動する。本当は魔道具も詠唱なしで起動させられるけど、威力増加の役割があるから詠唱は安全装置代わりでもあるらしい。誰でもひょいひょい発動させられるようでは危ないってこと。

 つまり今詠唱を中断してつかった魔法は、いつも以上に魔力を消費したものなわけだ。

 どうやらそのおかげで集合していたミミズは解散して、洗濯を終えたたらいを傾けた時のように波打ちながら足元を流れていく。


「…………っおー、焦った」


 私の後頭部をがっしり片手で掴んで胸に押さえつけたまま、市井さんが顔をあげたのが頭上から落ちてくる声でわかる。

 何がどうしてそうなったのか、私の両足は市井さんの地についた片膝をまたいでいた。引き寄せられた上半身はぴったりと隙間なくくっついてるし、さっきまで恐怖で激しかった鼓動が意味を変えてくる。


「異常ないか」

「ぷひ⁉」


 くっついたまま、顔だけ仰向かされたら驚きの近さに鼻が鳴った。

 また爆笑されるかと思いきや、真剣な目つきで私を隈なくチェックしている。

 両肩を掴んで頭の先から腕、腰、膝と赤い視線を素早く走らせて小さくうなずいた。


「とととときどきっ」

「は?」

「いい市井さん時々目が赤くなりますよね」

「……へぇー。んなことよりまだそこらにいるのか」


 巨人じみてた塊はすべてほぐれてミミズになってしまったから、もう市井さんには見えないようだ。

 体の中に入ろうとはしていないけど、市井さんの前髪にぶら下がってたミミズを一匹つまんで捨てた。

 じいちゃんは触るなと言ったけど、なんかもう今更だし。私たちは健康なせいなのか、ミミズに見向きもされないし。

 足首までもない深さのミミズ川をケムは背泳ぎしつつ、私が投げ捨てたミミズをキャッチした。


「合体はしてませんけどめちゃくちゃいます」

「怖いやつではないんだな?」

「はははい」


 まあ俺に見えないってことはそういうことだろうなと、肩を掴む手が緩む。


「で、何お前登ってきてんの」

「違うんです! 違くて! これは違くて!」


 これはとても動きたくない。踏みつぶしちゃうのとか想像しただけで生理的に無理。

 また怖気だつ動悸が戻ってきたせいか、無意識にまたいだ市井さんの膝に膝を乗せて足を浮かせてしまっていた。


「……そろそろ降りろって」

「は、はいっ、はい……ひぇっ、はい……」


 片足ずつ地面につけようとは思うんだけど、下ろしかけてはまたひっこめてしまう。だって足の踏み場が……っ。


「……お前が下りなかったからだかんな」

「え」


 首元に深い溜息が触れて、後頭部にあたる手に引き寄せられて。


「い、いちいさ」


 私を抱え込んだ市井さんはそのまま真横にゆっくりと倒れていった。


「五分、寝かせろ」

「え、え、え」


 私の頭や肩が地面に落ちないようにかばってくれている。のはわかる。うん。

 でもでもでも、それでも横たわれば地面に限りなく顔が近づくわけで! ミミズ! ミミズが超どアップで流れていく!

 声にならない悲鳴ってこういうときに出るんだってわかった。



 市井さんはきっちり五分で目を覚ました。いつもあんなに寝起きよくないのに。


「なんで魔力切れかけの俺よりふらついてんだよ」

「い、いえ、だいじょうぶ、です。ええ」


 市井さんが倒れこんでからミミズがいなくなるまで二、三分だったと思う。体感ではもっと長かったけど。

 いなくなったからと体を起こそうとしたら、今度は市井さんの腕がほどけなかった。

 鼻先がのどぼとけに触れそうだし鼻息がそこにかかりそうだしで、結局残り時間もすごく体感長かったわけで。

 ずっと硬直してた私を、市井さんは目覚めたとたんに鼻で笑った。


 昼よりも時間をかけて山を下りたけれど屋敷にたどりついたのはまだ夜明けが遠い時間で、明かりのついた窓もこちらからは見えない。

 でも車回しへ続く門をヘッドライトが照らすと、人影がふたつ浮かび上がった。

 この季節、夜明けの時間こそ遅いけれど起きる時間は変わらない。昨晩の料理から見て腕のいい調理人が一人は雇われているはずだから、それならこの時間にはもう働きはじめているだろう。私だって平木の家にいた頃ならもう起きる時間だ。

 ただそれにしては、照らし出されたときのポーズがおかしかった。ひとりが跪いてるのだから。


「はーん?」


 やっぱりなという納得混じりの面白がるような声をあげて、市井さんはそのまま車の速度を落としてことさらにゆっくりと車を門に滑り込ませる。ご丁寧に窓まで半分開けていた。


「あ、あっ、お、おかえりなさいませ! ――ちょっとっ離してよ!」


 動揺を隠しきれてない強張った笑顔のトミエさんは、足にすがりついている男性をガウンの裾を引いて振り払おうと、わ、今蹴りがはいった! 最小限の動きで蹴りを入れたこの人!


「市井様! 違うんです! 助けて!」

「お気になさらずどうぞ」


 即座に方針を切り替えたらしいトミエさんの叫びを、市井さんはものすごく穏やかな笑顔を浮かべたまま車を止めずにスルーした。



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