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【書籍化!7/25発売!】うすかわいちまいむこうがわ  作者: 豆田 麦
第一章

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22/49

22 帰り道と私

本日二話更新で完結します!

 立蔀はケムの尻を掴んで引っこ抜いたら、ほろほろと砂のように崩れた。


 隠されていた庭は、伸び放題になっていたであろう雑草が立ち枯れていて、花壇があった場所をしめすレンガも朽ちている。

 物干し台は二台のうちひとつが倒れて、もうひとつの台には擦り切れたロープが垂れ下がって風に揺れていた。庭に面している縁側も鎧戸が外れて斜めに傾ぎ、初めて見たときには小ぎれいに思えた家は、すっかり完全な廃屋の佇まいだ。闇が剥がれ続ける空から差し込む陽射しを静かに受けている。


 かちんと小さく鳴った音に振り向くと、市井さんが刀を納めた音なのだとわかった。汗に濡れた髪をかきあげて舌打ちをしている。


「これもう駄目だな」


 何のことかと思えば刀のことらしい。お高いのに……もう駄目なんだ……。

 辺りは薄靄が晴れるように、徐々に明るくなっていく。遠くから近づいてくるざわめきで人の気配に気がついた。

 人がこちらに近づいてきているわけじゃないだろう。ここが()()()()になってきているのだ。

 周囲を見回した市井さんは、ふと思いついたように私のつむじに手を乗せた。


「まあ、あれだ。俺らの仕事は討伐であって人助けじゃねぇからな」

「はい……?」


 なんで市井さんは目を泳がせてるんだろうか。

 次の言葉が続くのかと待っていたら、なんだか見つめ合ってるみたいな構図に気がついていたたまれなくなってきた。


「あのガキは何人もああやって妖に餌を与えてたわけだ」

「あ、はい」

「もしこっちに戻って来ても、もう普通には暮らせねぇだろうしよ」


 ……もしやこれは励ましてるとか慰めてるとかそういう?

 私はそんなことをされたことがなくて、なんて答えるべきなのかがわからない。ありがとう? ごめんなさい? それともなにかこう、気の利いたかんじの? なにそれ。


「あの」

「おう」

「わ、私は役立たずですから、こう、何もできないのが当たり前で、あの子にしてあげることがあったかもとかそういうことはあまり」


 病が先なのか、あの虫のような異形が先なのか。どちらなのかすら私にはわからない。けれどあの虫が憑りついている人間は死期が近いことを知っているのに、見かけても口をつぐんできた。知らせたとして、それを祓うこともできないのだしと前世でも今世でも。

 あの子だって同じ。私にできたことなど何もなかっただろうと思うことに、もう慣れてしまっていた。

 だから市井さんが気にかけるような、配慮? とかそういうのは私に必要ないのではと言いたいだけなのに、なんだかちょっと話の持って行き方をミスってるのではないか、すごく私は非道な感じがしないだろうか、間違っていないとは思うけれど。でも。


「お? そっか。よし! じゃあ帰るぞ!」

「ひゃっ、はっ、はい!」


 小突くように私の額を押して、離れていった市井さんの手。代わりに冷たい風が前髪を跳ね上げた。

 私の手からいつの間にか抜け出たケムは、両手両足を伸ばしたまま横にごろごろと転がって前を進んでいく。

 門から道に出れば、近所に住んでいるであろう人間や異形が行きかっている。

 そこらの家からも子どもの笑い声、桶から水を流して捨てる音、走り回る音。

 立ち並ぶ家は傾いてもいなければ、妙に遠近感を狂わせる大きさでもない。

 こちら側へと戻ってきたことがはっきりとわかった。


「お前のおかげで助かった。ありゃ、予想以上に性質(たち)が悪かった。精神干渉するようなのは滅多に遭わないんだがな」


 そういえば最初市井さんの様子はおかしかったように思う。あのビー玉の魔道具が起動したとたんに目が覚めたような素振りをしていた。それのことかと横を歩く彼を見上げると、特大の苦虫を噛んだみたいな顔をしていた。


「ガキが餌を縄張りまで連れてきたら、アレが直接誘い込んでたんだろうな。幻惑か魅了か、まあ相場としては餌になる人間の弱点でおびき寄せるってとこか」

「弱点ですか」


 どんなことでも勢いと物理でなぎ倒しそうな市井さんには、しっくりこない単語だ。


「お前、後から調査班に聞かれても答えるなよ! 俺がごまかすからな!」


 すごい。堂々とごまかすって言った!

 どちらにしても私はわからないから答えようがないのに。


「……もしかして何も聞こえなかったのか?」

「異形は見えますけど、あいつらの声を聞いたことないです。何か言ってたんです? 女の腕が誘っていたのは見えましたけど」

「あー、なるほどなぁ。道理でびくともしてなかったわけだ」


 腹の底から空気を全部吐き出すようなため息をついて、お昼過ぎの少し傾きかけた日差しをうける家並みをにらみつける市井さんは超絶に不快そうだ。


「……母親の声だったな。っつっても俺が十になる前に死んでんだけどよ、覚えてるもんだぁな。おいでって呼びやがった声は間違いなくそうだった」

「それは、またなんと、も」


 こんなときの定型文句など思い浮かぶわけもなく、というかないと思うし、ご愁傷様ですは多分絶対違うしとぐるぐる一瞬だけ考えて、結局もにゃもにゃと語尾を濁した。


「十年以上経つっつのによー」


 え。


「…………んだよ」

「いえ……」


 十年って言った? お母さんが亡くなったのが十歳になる前で、そっから十年? でも十年以上だから二十年でも十年以上だよね? それなら納得――。


「――俺二十一だぞ」


 兄の一個上!? こんなに偉そうなのに!? 兄も大概偉そうではあったけど市井さんは誰にでももっと偉そうなのに!?


「お前ほんとめちゃくちゃ顔に出てるからな!? 黙ってりゃいいってもんじゃねぇぞ!?」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 生死かけて討伐してたら21歳で尊大俺様にもなるってもんだ(当社比) かっこいいから許す。 [一言] あゝあと一話で終わってしまうぅぅ 前作も短編と言いつつロングランだったので油断しておりま…
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