17 前世の私と私
「能力持ち……魔力もないのに、ですか?」
能力って言ったって、見えるだけだし。魔力のないハンデのほうが重いんじゃないのかな。
「魔力なんざ誰でも持ってる。そりゃ多けりゃ多いほどお得ではあるし、何より簡単に金になる。平木家はお手軽に稼げるほうを重視しちまった結果だろうなー。今じゃただの魔力供給源だ。そら便利だけど代わりはいくらでもいる」
「きょうきゅうげん」
「国の施設は重要な魔道具があふれてる。常に魔力が絶えないよう充填してかなきゃなんねぇ。平木は魔力量だけならかなりあるから、一般人百人分を一人で賄える。そりゃ重宝はされるし稼げてた。だけど魔道具はどんどん進化して必要な魔力量だって効率化されてきてるとくりゃ、まあ、先はわかるだろ?」
ふいっとつむじにかかっていた重さが消えて、今度は片方のおさげが引っ張られた。
引かれたほうに自然と顔が向くと、そこにはすっごく悪い男の人の顔。
「お前んとこの妹よ、縁談まとまらなかったろ。あれな、もう上流社交界で平木と縁を結びたがる家はないからなわけ。魔力しか取り柄のない娘なんぞ嫁にとらねぇよ。本当なら妹には格上の相手を見つけるつもりだったんだろうに、それがかなわない現実にようやっと気が付いて、お前の許嫁を妹にずらしたんだよ。もっとも当人たちはその辺わかってなかったっぽいけどな」
おさげをもてあそびながら、市井さんは上目遣いになるほどに上半身を傾けて覗き込んできた。
すうっと高い鼻に、髪の先がくっつきそう。……そういえばあの商店街で初めて目が合ったときの市井さんの瞳は真っ赤だったと思うのに、今は虹彩が少し明るめの茶色なだけの黒瞳といっていい色だ。
「もしお前の見える能力をあの親父が把握してたら、平木はここに堂々と返り咲いてただろうし――お前だって、あかぎれなんざできることもなかったろう」
「……見えるだけでそんなに? でも、魔力がないってわかってすぐ……すぐだったから、見えるかどうかなんて気にされることも」
「すぐ? 魔力量は成長すっから……ああ、全くないかどうかだけならすぐにわかるかって、お前そんなころのこと覚えてんのか」
こっちの世界での七五三は魔力量を測る儀式でもあって、大体の人は七歳で成長が止まる。だけど、持ってるかどうかだけならわかるのは百日祝いだ。持ってない人間なんてほぼいないから、単なる節目の儀式でしかないはずのそれで私は見切りをつけられてたらしい。元からゼロなら育ちようがないわけで。
中身は赤子じゃなかったから覚えていただけど、そういうこともたまにはあるだろうと頷くと、ものすごく嫌そうな顔をされた。
「赤ん坊が覚えてるほどってどんだけだよ……」
「もし……もし私が見えることを教えていたら」
兄は「ぼくのいもうと」と笑ってくれたときのままだったろうか。
「あ? あそこはもう見える奴がいないから重要性を忘れて久しかったんだろうが、それでも手のひら返したんじゃね? くるっとなー」
つまんだままのおさげの先をくるくる回す市井さんの言う通りになっただろうかと考えてみる。
なったかもしれない。でもそうしたらよかったなとは思えなかった。あの人たちは、じいちゃんとは違うし。
「……今戻っても手のひらはくるっとなると思うけどよ」
「ほんとにそれほどのものですか」
「お前が戻らなきゃあの家は逸材をみすみす手放した愚か者の一族だと没落に加速がかかるだろうな。戻れば、んー、全力でお前にのっかるだけだろうから勧めはしねぇし、なあ、没落の方がおもしれぇじゃねぇか? ざまぁみろだろ? すっきりすんじゃね?」
あ、やっぱりそういうので笑ってたんだ。
また悪そうににやにやする市井さんの目は、それでもどこか冷えてるもののような。
妹がよくしていた他人の不幸は蜜の味と愉しむ目つきとは違う、気がする。
確かに色々と思うこともあったし好きか嫌いかっていったら大嫌いだし、チャンスさえあれば逃げ出したくて仕方なかった。
でもすっきりするかな。するかもしれないけど、でも。
だって市井さんにこうして連れ出してもらえてなかったら、市井さんの言う通り没落まっしぐらだったなら。
私はそのまま巻き込まれるか放り出されるだけだったろう。私がいてもいなくても、それは変わらなくて。私は役立たずのまんまで。
だからそんなことよりもずっと気になることがあって。
「私は役に立ちますか」
「……そっちのが気になるのかよ。今更何言ってんだか」
呆れたようにおさげから手を離して、曲げていた腰を伸ばした彼を見上げた。それはそうでしょう。
だって私は前世から筋金入りの役立たずだったんだ。
異形にはウニモドキやワニモドキとはまた違うタイプのがいる。
人の死病に憑くもの。ミミズが地面から頭を出してはまた潜るように、悪いところを中心にうぞうぞと人の体を這いずり回って沈んでいく細長いぬめぬめした虫。
突然倒れたじいちゃんの胸にそれが湧いていた。
つかみ取ろうとした私の手を握って止めて「ここにあんのか?」と言いながら、ままごと遊びをしたときと同じに虫をつかんで自分の口に放り込む仕草をした。
見えないって言ってたのに。私には触るなって言ったのに。
ままごとのときとは違って、虫はじいちゃんの口の中に入っていった。
『やだああ! ぺってして! じいちゃん! ぺってして!』
泣きわめく私の頭に手をおいて、気にすんなぁって笑う顔が生きてるじいちゃんとの最後の記憶だ。
見えたところで私にできることなんて何ひとつない。
「俺らにだって見える妖はいるけど、すべてじゃない。俺らの仕事は悪さをする妖の討伐だ。見つけられなきゃ話にならん。さっきだってそうだろ。お前がいなきゃ、あの家にはたどりつけていなかった。それにおそらく帰ってこられたのもお前がいたからだ。平木ってなぁ、昔はそうして導き役を担う家だったんだよ」
「つまり、つまり私は役にゅっ」
「お前がいなきゃできないことがあるくらいに役に立つ。見抜いた俺を崇め奉れ」
じいちゃん。私は役立たずから出世できるかもしんないよ!
でもなんで私の鼻つままれたんだろう!