16 ざまぁ? と私
魔力やら魔法やらがあるくらいだから、よく似ていても前世と今世では随分違う世界だ。
けれど異形だけは前世と変わらないように思う。ただ見えるだけのくせに何がわかるのかといえばその通りだし、実際あいつらが何を考えているのかとか何のためにいるのかなど知らない。だけど人間だってそれは同じだろう。他人が考えてることや、存在する意味を理解できる人なんていない。
望んだわけじゃないけど、周囲にはいつも異形がいた。私に構う人間なんてじいちゃん以外にいなかったのだから、観察する時間は有り余るほどあるわけで。
毛むくじゃらがつついては転がしてまた元の位置に戻すのを繰り返しているウニモドキは、そこらへんによくいる。イモリモドキもそう。うろついてるほとんどの異形はそこにいるだけだ。そういうのが一番多い。
でもずっとそうかと言えばそうでもなくて。たまに特定の人間にくっついてしまうのもいる。
最初は人間に憑くのとそうじゃない異形は違うものなのかと思っていたのだけど、ある日突然人間に憑きはじめるのがいる。
――今こうしている間も妹の耳に舌を突っ込んでいるワニモドキのように。もっともこいつは前から妹を狙っていたような気がしなくもないけど。
「平木家はここ数代ずいぶん行儀よくしていると界隈では評判だったものですが、まさかこれほどの逸材を手放していただけるとは思いませんでした」
「逸材、ですか?」
困惑顔の勝さんに、ことさら深い笑みを向けた市井さんは「ええ」と続ける。ええ?
「平木家も現場から離れて随分経ちますからね。さつきさんの今後を思えば、ご当主の英断だったと思いますよ。こういってはなんですが、一族からの横やりが入ることのないよう一筆もいただけましたし。市井家でも責任を持ってお預かりします。元許嫁というのであれば、ああ、いえ、今は未来の義弟としてでしょうか。当然彼女の前途にお祝いいただけるものかと……まさかご存じない?」
「市井家でって、やだ。何かの間違いでは」
さらに激しく頬をひくつかせて妹があげた声を、市井さんはまるで聞こえてないように勝さんから視線を外さない。だのに勝さんは、妹、私、市井さんへとひたすら目を泳がせるばかりだ。勿論私の目も泳いでる。だって私もご存じない。
「うちはこの通り現在に至るまで代々軍の要職についていますから、有能な人材の確保はいつでも最優先事項のひとつです。間違いなどありえない」
「それこそありえませんわ。私ならともかく」
食い下がる妹にやっと目を向けた市井さんは「ご冗談を」と大きく息を吐き出して笑った。まさに嘲笑といった感じ。ワニモドキも哄笑するように顎を震わせて天を仰ぎ、その口に毛むくじゃらがウニモドキを放り入れていく。ちょっと見事なセットシュートで、ウニモドキもすとんとワニモドキの尻尾の先から転がり落ちていった。
「さつきさんが望まない限り、こちらから手放すことはありません。どうやら分家や外に嫁ぐだけの方には色々と知識が足りないようだ。どうぞお引き取りを」
市井さんは私の背に手をそっと添えてゲートの中へと導いたあと、どっかの名探偵みたいに半身で振り向いた。
「ああ! 平木一族がこの本部に籍を置けなくなって久しいのでしたね。このゲートは選ばれた者しか通しません。御用の際は先に文書にて面会予約をお申込みください」
二人の目前でゲートは静かに閉まって、柵の隙間から何か言い返そうとするような口の形をしているのが見えるけど声は聞こえてこない。
市井さんがげらげら笑いだした。ワタシナラトモカクッ!? って裏声で繰り返してる。きれいじゃないほうの市井さんだ。
「向こうからは聞こえも見えもしねぇよ。はははっ」
「えらばれしものだけだから……?」
毛むくじゃらがその柵の隙間からするっと抜けて入ってきたのを目に留めた市井さんは、すんっと真顔になった。
「……ただし人間に限る、らしいな」
「やはり」
寮の裏口まで来ると、毛むくじゃらはツーステップで雑木林の方角へ向かっていく。市井さんがそれを見送るように腕組しながら足を止めたから隣に並んで立った。
「平木はなー」
「はい」
「あ、お前じゃなくてな。家のほう、一族全体だな」
「はあ」
「ありゃ本格的にもう駄目だな。お前の親父さんと朝話したときにも思ったけどよ」
駄目ってのはなんだろう。見ている限り生活っぷりはずっと豊かなままだったと思うんだけど。
「お前、もしかして妖が見えるのをガキのころから家の誰にも言わなかったか?」
「はい」
だって前世ではそれで得したことなんてなかった。疎ましがられるだけで。
「やっぱりかー。普通は自分が何見てるのかわかってないからよ。家のもんに話すだろ。だから気づかれないなんてこたぁねぇんだよな」
彼はなぜか私の頭の上に手を置いて、いや、手じゃない……肘かけにした……?
「家の格は魔力の多さだけで決まるわけじゃねぇ。家の本分ってのがあんだよ。市井は妖の討伐に長けてるから、特殊班の奴らはほとんどが市井家所縁のもんだ。この異常現象対策部隊はそういう家ごとで班が割り振られて構成されてるわけ。ここまではいいか?」
頷こうとして頭が動かなかったから「はい」とだけ声に出した。
「昔は平木家の班もあったらしいぞ。その妖を見つける目でな? それがお前、今では唯一の能力持ちを手放すんだから笑えるよなぁ!」
そうしてまたげらげらと笑いだしたのだけど、ちょっと何が笑えるのかわからなかった。つまり、ざまぁ? ってこと?
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