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11 初仕事と私

 近場の移動は自転車をよく使うらしい。魔動二輪車もあるけれど、小回りが利いて何より音がしないから。

 自転車は高級品で、それでも働く女性の移動手段として普及してきている。第五師団本部にも電話交換手の女性が勤めていて自転車で通勤していると聞いたのに、私が自転車に乗れると言うとすごく驚かれた。勿論乗ったことがあるのは前世でのことだけど、今だって乗れるにきまってる。


「……まあ考えなくてもそうなるわな」


 意気揚々とハンドルをつかんでいざ跨ろうとしたら、着物の足が上がらなかった。フレームが! フレームの位置が高い! これ以上足を上げたらあらぬところまではだけてしまう。

 私の自転車デビューは制服が出来上がってからにするということで、前輪が台車になっている自転車を市井さんが持ち出してきた。

 漕ぐのは市井さんで私はその台車に座らされているんだけど。これっ、なかなかっ、こわい……っ。

 舗装もろくにされていない道を結構な勢いで進んでいたから必死に台車のへりにしがみついてたし、毛むくじゃらはひたすら端から端まで転がり続けてた。


 たどりついたのは商店街の端、昨日市井さんと目が合ったところの近くだ。自転車はお肉屋さんの裏に止めさせてもらっていた。慣れた感じだからよくあることなんだろう。すたすたと裏路地に入っていく市井さんを小走りで追い続けた。

 息切れしだした頃、ちらりと横目で私を見下ろした彼が口を開く。


「割に体力あるな。演習場三周ってとこか。明日の朝から毎日走れ」

「ひゃ、ひゃい」


 ん、と頷いた後は歩く速度が少し緩んだように思う。辺りを見回しながら歩く余裕ができて気がつくのは、何度も同じ道に繰り返し戻ってるということだった。

 分かれ道を右に進み、いつの間にか戻った場所から今度は左の道、次の分岐があればまたそれを繰り返す。これはあれだろうか。巡回? 警らとかそういう? それってもっと下の人間がやるんじゃないのかな。市井さんは偉い人だと思うんだけど。

 でも私は前世でも所詮十八歳までしか生きていない世間知らずだし、今世でも屋敷から出るのは商店街へのおつかいくらいだった。子どもとしてしか生きたことがない私は、世の中の()()をよく知らない。

 ちょうど公務員試験の合格発表をスマホで確認したのが前世最後の記憶だから、本当ならきちんと公務員になれて一人暮らしだって始めてたはずなのにな。

 前世と合わせれば三十四歳の中身ではあるけど、大人になるには大人として社会に出て過ごすことが必要なんだと思う。私がちゃんと大人だったら、世の中は魔力がなければやっていけないなんてきっと騙されなかった。悔しいのぉ……。


 歩き続ける間にも毛むくじゃらはどんどん大きくなっていく。こんなことはこれまでなかった。今は私の膝あたりまでの高さになった毛むくじゃらはぐるぐると私の周りを走り続けているし、鼠モドキやトカゲモドキがすれ違うと木の実をもぐかのようにつかんでは食べていた。こんなことしてるのも見たことない。邪魔。すごく邪魔。


「あ、ここ」

「やっと気づいたのか……」


 このT字路は昨日市井さんに追いかけられながら通った道だと気がついたのは、五回通り過ぎた時だった。ずっと直進していて右手に続く細道にはいかないのかなって思って気がついた。確かここであの子に手を引かれてこの細道に。


「昨日は大体このあたりでお前を見失った」

「あ、はい」

「最近なー、行方不明者が続いてんだよ。使いに出たはずの下女や御用聞きをしてたはずの丁稚が帰ってこないってな」

「はあ」


 立ち止まった市井さんは腕組をして、今来た道を遠く眺めながら続ける。


「遠い田舎から奉公に出てきた奴ばかりだ。里心がついて逃げ出したと思っていた商家もそれなりにいたから、どうやらこの辺りで多発しているらしいと判明するのも遅かった。俺んとこに話が回ってきた時にゃ、いなくなったのはわかってるだけで二十人を超えていた」


 休めの姿勢をとった市井さんの足の間から毛むくじゃらが頭を出している。


「それでここ数日、この辺りを探ってたわけだ。で、昨日。お前はてっきり最新の行方不明者になったんじゃねぇかと思ったもんだが、きっちり帰って来てたっつうじゃないか」

「あー……つまり」

「散々歩き回っただろうよ。その間()()()もんを教えな。どっかで違和感があったはずだ」


 えー……違和感っていっても私にとっては見えて当たり前のものしか見えてないわけだからと思いつつ、変な汗がでてきた。

 ――つまり?

 つまり、私が昨日どっかおかしなとこに行ってたんじゃないかって市井さんは言っている? わー、心当たりあったー……行きたくなーい。


「わ、わからな「よし! こっちか! 俺には普通に塀が続いて見えるぞちきしょう!」ぁあああっ」


 私から見たら細道が続く空間に、市井さんはまるで壁にタックルをするように飛び込んだ。私の襟首をしっかりつかまえたまま。

 なんで! なんでわかっちゃったの! どうして!


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