洞窟
少し不安のあった夜が明けた。
俺はいつの間にかぐっすり寝ていた、昨晩は特に何事も無かったらしい。
赤峰さんと羽屋戸がその辺りを話していたがすぐに終わったことでも分かる。
そして洞窟に入ることになった。
洞窟の中は狭いみたいなので、隊列を組むことにした。
一番前が赤峰さん、次に那柚さん、俺、最後尾は羽屋戸である。
彼が人間年齢で何歳かは分からないが、呼び捨てで言いと言っていたので俺もそう呼ぶことにした。
中に入ると当たり前だが真っ暗だ。
俺は事前に受け取っていた光の壱、『光球』を使った。
那柚さんは『察知』を、戦闘になった時の攻撃は赤峰さんが担当し、俺は光球の担当と決めていたのだった。
外で一回試しに出したことはあったが、洞窟の中だと思ったより明るく見える、懐中電灯の比ではない。
その光源のおかげで洞窟内の様子がよく分かった。
ここは龍御洞のような鍾乳洞ではなく、人が作ったような土と岩肌がむき出しのトンネルに近い感じだ。途中、枝別れしていた箇所があったが、赤峰さんが的確に判断して進んでいた時だった。
「何か来ます、前方です。三~四体。」
「速さは?」
「人が小走りするほどかと。」
「おそらく”大百足”だな。」
この世界の大百足がどれほどの大きさかは知らないが、きっと地球と比べてはいけないだろうな。
「大百足だと表皮に『火矢』は効かない。私が裏返しにして腹を向かせるので、那柚はそこを『火矢』で狙ってくれ、御雲君は外れた時の援護を。」
「はい。」
「分かりました。」
六法符の準備が終えた頃、大百足が見えて来た。
予想通り、大きな百足である。姿形は地球とほぼ変わらないが、全長は一メートル以上ありそうだ。全部で三匹いる。
すぐに赤峰さんが六法符を繰り出した。
風の弐、『風圧』である。
目には見えなかったが、わずかに風がこちらにも来る。
それは地面すれすれを這っていったのだろう。大百足が突然浮き上がり、仰向けにひっくり返りそうになる。
当然腹は丸見えだ。そこを那柚さんが的確に『火矢』で射止める。
がさすがは大百足、生命力が結構ある。三匹共のたうち回っているが、息絶えてはいない。
様子を見ていた時、その内の一匹がこちらに向かって来た。
俺は焦って『火矢』を打ったが、表皮にはじかれて効いてない。
やばいと思った時、一本の『火矢』が大百足を貫いた。その火矢は丁度、頭と胴の付け根に刺さっている。赤峰さんが打った『火矢』だった。
大百足は胴体をくねらせながら悶絶し絶命した。他の二匹ももう息絶えていた。
「すみません、遅れてしまって。」
「まだ戦闘に慣れていないのだから謝ることはない。出会ったことのある魔強獣と戦いを重ねていけば自然と慣れるだろう。私の方も言いぬかっていたが、奴らの弱点は腹と今私が打った所だ。三匹もいると付け根は狙いづらい、より安全な腹にしたのだが、次からは気をつけるとしよう。」
確かに焦った。しかし赤峰さんの判断も間違ってはいないだろう、あんなくねくねした奴の付け根を狙うのは簡単じゃない。
そう思っていると、赤峰さんは大百足の方に近づき、何やらしだした。
どうも触覚の一部を切り取っているようだ。
「赤峰さん、何をしているのです。」
「ああ、これは素材を取っていたんだ。」
「素材?」
「大百足の触覚の先に光るものが付いているだろう。これは伍符を作るときの素材になるんだ。」
そう言って触覚の先を見せてくれる。
それは青色の宝石のように見えた。
そう言えば伍符を生成するのに素材が必要だと話していた。
「この素材は、『風陣』を作るのに使われる。取っておいて損はない。」
赤峰さんは慣れた手つきで素材を集め、終わると前へ進みだした。
しばらくは魔強獣にも会わず順調に進んでいた。
もうそろそろ出口が近いと話していた時だった。那柚さんの『察知』に又反応するものがあった。
「そんなに早くないですが、前後から来ます。数は両方とも二~三体です。」
「また魔狂獣?そんなにここで会うとは信じられんが。」
赤峰さんが言うには、今までこの洞窟で魔強獣に出会ったことは、一、二回だそうだ。それも単体と言っていた。
しかし現実には何かが近づいてきている。
「もし魔強獣だとしたら挟まれると危険だ。前方に少し広い場所がある、そこで前にいる奴を先に叩こう。それから後ろの敵を迎え撃つ。」
そう話すと赤峰さんは走り出した。
少しでも早く前方の敵を倒し,後方に備えたいのだろう。
俺としては反応したのが、魔強獣でないことを祈るばかりだ。
五十メートル位走っただろうか、赤峰さんが言っていた場所に着いた。
そこは確かに洞窟としては広い所で、横幅は広い所で二十メートル、奥行きは五十メートル位あった。
俺は、光球をもう一つ出し、この広場の両入り口の上にそれぞれ持っていった。
前方の入口から声が聞こえて来る。まだ遠くだが何となく聞いたことがあるような、と思っていたら
赤峰さんが厳しい表情で喋る。
「まずい、猿鬼だ。」
沼で出会った奴らである。猿鬼に直接腕をやられた訳ではないが、いい気はしない。
「あっ後方、速度を上げました。もう間もなくここへ来ます、二体です。」
最悪である。先に前方を倒してから迎え撃つプランがダメになってしまった。まだどんな敵か分からないが、簡単に倒せる奴ならいいが。
そして先に姿が見えたのは、後方からの物体だった。
それは全長が人間ほどある蜘蛛であった。全身に黒い毛をはやし、八つの赤い目はこちらを見ている気がする。
「最悪だ。”吸血蜘蛛”だ。」
分かりやすい名前だ、想像にかたくない。
しかも最悪と言っていた。
猿鬼の声も少しずつ大きくなって来る。
赤峰さんの方を見ると愕然とした表情をしている。
「吸血蜘蛛ってどうすればいいの。」
「奴らは、基本耀でなければ倒せず、無い時の対処は、参の六法符で足止めしつつ、逃げることを第一に考える。だが今は……」
そう今は逃げる方向にも魔強獣がいるのだ。
先に猿鬼の方がここに入って来ていたのなら、ギリギリ何とかなったかもしれないが、今から猿鬼に向かって、狭い洞窟の中で戦闘を始めても、後ろから吸血蜘蛛に襲われるだろう。
俺の頭に死がよぎった。
「我が出よう。」
突然そう言ったのは羽屋戸である。
「しかし君だけでは、援護を御雲君に……」
そう判断した赤峰さんを制するように羽屋戸が言った。
「必要ない。始末する。」
おおっかっこいい。等と思っている場合ではないのだが。
「丁度ここは剣を振り回すだけの空間がある。」
そう言って羽屋戸は短い方の刀を抜いた。
「まて、一人では無理だ。」
「もし無理な場合は我が戦っている内に、猿鬼を倒して出口に向かえばいい。」
「それは出来ない。」
「つべこべ言うな、時間がないぞ。」
そう言って羽屋戸は、吸血蜘蛛に向かって走り出した。向こうもそれを見て動き出し、羽屋戸を挟み込むように左右に散る。
「お父さん、どうするの。」
「くっ、私と那柚で猿鬼と応戦する。御雲君は出来るなら羽屋戸の援護を。……もし彼がやられそうなら、急いで私達に合流してくれ。出口に向かう。」
赤峰さんはその言葉と同時に、那柚さんと猿鬼の方へ走り出す。
非情の決断に心が痛むが、仕方ないのか。
まだ会ったばかりとはいえ、見捨てることになってしまうと辛い。
何とか羽屋戸の援護をしようと彼の方を見た。
そこには信じられない光景があった。
二匹の吸血蜘蛛を相手に全くひるんでいない、いやむしろ押しているようだ。
既に一匹は足が二本ほど切り取られている。
これはまずいと敵も思ったのか、羽屋戸を挟むように少し距離を取り始めた。
少しの間の後、二匹は突然、羽屋戸に後ろを向き、次の瞬間糸を出した。
真っ白な糸が羽屋戸を襲った。かに見えたがそこに羽屋戸はいなかった。
その行動を予測していたかのように彼は、負傷をしている吸血蜘蛛の前に回り込んでいた。
そして一閃、真っ向切りで蜘蛛の頭を切り裂いたようだが、俺にはその太刀筋は見えなかった。そもそも耀以上じゃないと、まともに戦えないのじゃなかったっけ。
仲間がやられたことを悟り、もう一匹は逃げの構えに入ったが、羽屋戸は既に出口を塞いでいた。
正面からにらみ合っていたが、吸血蜘蛛がいきなり口から液体を吐き出した。
液体はもろに羽屋戸にかかる。それを確認すると吸血蜘蛛は被さるように飛び掛かっていった。
が次に倒れていたのは頭から腹部まで綺麗に真っ二つになった蜘蛛のほうだった。
「信じられんな。」
後ろから声がした、赤峰さんだ。どうやら猿鬼の方は無事片付いたらしい。
「やはり、すごいのですか。」
「ああ、吸血蜘蛛の表皮は大百足の十倍は固い、故に参の六法符では歯が立たないのだ。おまけに弱点らしい弱点も無い、羽屋戸がいなければ私達は全滅していただろう。」
最初の赤峰さんの反応を見るとそんな気はしていた。
長ありがとうございます。俺は心の中でそう呟いていた。
「でもあの刀で、割と簡単に切っているみたいでしたけど。」
「それは恐らく、“切刃”を使っていたのだろう。」
「“切刃”」
「“斬”の技の一つ、気を一点に集中し、鉄をも切り裂くと言われる技だ。ただ集中力が必要なだけに、続けて何度も使用するのは難しいと聞いていたのだが、私の想像を超えて羽屋戸君はとんでもない人物らしい。」
羽屋戸はゆっくりこちらに帰って来ていた。
「戦利品だ。」
喋りながら何か赤峰さんに渡した。
それは赤い宝石であった、全部で十六ある。もしかしてこれは蜘蛛の目?
「すまない、そしてありがとう。君がいなければ私達は死んでいた。」
「礼はいい、自分の役割を果たしたまでだ。」
話している羽屋戸に近づくと、鼻をつんざくような匂いに怯んだ。
「しばらくは我に近づくな、蜘蛛から浴びたのは毒液だ。人間ならほぼ即死だろう。骸族には関係ないがな。」
羽屋戸は吸血蜘蛛が人間だと勘違いをし、毒液を吐くと待っていたのだろう。毒液をまともに浴びた羽屋戸を見て襲い掛かったが、逆に待っていたのは羽屋戸のほうだった訳だ。
「羽屋戸君は負傷している所はないのか。」
「ないな。」
彼はしていても、してないと言いそうだ。だがあの戦闘を見る限り、敵の攻撃が当たったようには見えなかったので、大丈夫だろう。
怪我をしても六法符の治療が効くかどうかは知らないが。
「分かった。では先に進もう。半時も歩けば出口に着くはずだ。」
色々あったが、やっと第一目的の場所、琥珀湖が近づいてきた。少しだが達成感が湧いてくる。火球とはどんなものかと想像しながら歩を進めた。
時は少し遡り骸族の里、本殿の奥で長と羽屋戸が二人でいた時のことだった。
「“斬”は全て習得したか?」
「申し訳ありません、最後がどうしても。」
「そうか……いいか羽屋戸よ、今回の件この世界の行く末が関わってくるやもしれん。」
長は祭壇の方に向き羽屋戸に話し出す。
羽屋戸は本殿に入ってからひざまずき、こうべを垂れたままの状態だったが、それを聞き面てを上げて長の話に問いかけた。
「それほどの件なのですか。」
「アミモス様が言うには“淵”が目覚めるかもしれんと。」
「まさか“淵”が、アルクスト国に何か異変でも。」
「それは儂にも分からんし、それ以上は答えて下さらなかった。とにかく我らも影の世界に、住まわしてもらっている以上無視はできん。お主の任は今来ている人間達を守護すること、特に若い男の方を守れとのお告げじゃ。しかし場合によっては、お主も苦戦する相手が出て来ることもあるかもしれん。」
「この身は一度死んでいます。どうなろうと仰せのままに。」
「慌てるな、そなたに本当に死んでほしいのではない。これを授けようと思うてな。」
長はそう言って、祭壇にあった一振りの刀を握りしめ、羽屋戸の方にふり返る。それは全体が真っ黒に染まった中で鍔の部分だけが真紅になっている刀であった。
「これは、この里の宝刀“紅玄刀”。」
「この里にいつまでも置いてあっても仕方がないものじゃ、今持っている“紺流丸”では歯が立たない時使うが良い。まあそれを使うほどの相手が出て来ても考え物じゃがの。さあ受け取れ、これは命令じゃ。」
長はゆっくりと刀を取り、そのまま羽屋戸の前へ持っていく。僅かに沈黙の時が流れたが、羽屋戸は両腕を前に差し出し受ける構えを取った。
「かしこまりました。」
「では行け。」
「はっこの命をかけまして指名を全うします。」
羽屋戸は立ち上がり、深々と礼をした後、長のもとを立ち去った。
その後ろ姿を見送りながら長は呟くように言った。
「“雹”、“弦”。」
長がそう言うと、目の前に降り立つ者が二つ現れ返事をした。
「「はっここに」」
「お前達には別の任務を頼む、場所は……」