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旅路

「では出発しようか、御雲(みくも)君。」

「はい。」


 コインの結果は表だった。

 当たり前だがまだ本当に良かったかどうかは分からない。

 しかし決めた以上後悔することはしない。

 それは俺が今まで生きてきた中でも曲げてない部分だった。

 二つ道があって選択した方で失敗すると、もう一方が正解だったかと思いがちだが、結局は分からないのだ。

 失敗してもその先にいいことがあるかもしれないし、その逆もまたしかり。

 だから自分の選択した方が、たとえ今は間違っていた、と思っていても最後は良かったとなるかもしれないし、それを努力しなければと思っている。

 ただ、今回の選択は間違うと地球じゃまず、ありえないであろう死が待っている。

 その辺も十分理解した上での判断だ。

 心配させないように、安全な旅だと言うこともできるはずだが、赤峰さんは危険な旅で、最悪のこともあるかもしれないと言った。

 その正直さも共感できるし、仮に行かなくても、この知らない世界では、何が安全で何が危ないかは、まだ判断できるほどにない。

 ならば、多少の危険があろうとも付いて行こうと思うことにした。勿論コインの目が出た後の決意を自分なりに前向きに考えたものだ。

 ただもう後悔はしないと決めた。何があっても。


 森の奥へと歩を進めて三十分たっただろうか。最初は大人が三人横並びで歩いても余裕があるほど道幅があったのだが、今は二人で歩けるかどうかの幅だ。

 しばらく歩くと、前方に建物が見え始め、赤峰さんが何か教えてくれる。


「あれが君が倒れていた薄明(はくめい)の神殿だ。」

 近くに行くと、森はそこだけ開けており、その中心に石造りの建物がぽつんと建っていた。

 建物の四隅の外側に、真っ白な石柱がそれぞれ立っている。

 それは、俺の両手を広げた長さよりも太い円柱の柱であり、高さは周りの木の高さほどまで伸びていたが、蔦がからみつき、年月の深さを物語っている。

 その中心に、同じく白で固められた西洋神殿風の建物が建っており、神秘的な感じはひしひしと伝わって来る。

 正面には両開きの扉があるが、これも石で出来ており簡単には開きそうにない。


「ここへ入れるのは、地球から人が来た時だけ、今はどんなに頑張っても開かない。君が来るまでに私も何回か挑戦してみたが無理だったよ。」


 少し入ってみたい気はあったが、開かないのなら仕方がない。

 しかしこんな物が森の中に建っているなんて、地球だと地域の七不思議とかに数えられそうだな。


「ここらから先は私も久しく入ってない。那柚(なゆ)あれを頼む。」

「分かりました。」


 あれって何だろうと思っていたら説明をしてくれた。


「この先は魔強獣(まきょうじゅう)と会う確率が高くなる。そのために六法符(ろっぽうふ)、時の参、『察知(さっち)』を使う。これはその名の通り動く物の気配を察知できるもので、大体半径二百メートル位は察知できる。厳密に言うと二百メートルギリギリにいるものは、ぼんやりと動きや数が分かる程度、百メートルを切って来るとそれがはっきりわかってくる感じだ。その内使う機会もあるだろうが、今は慣れている那柚にまかせよう。私について森に入る時はいつも担当してもらっている。まだ入口だから直ぐに危険が迫って来ることはないが、用心にこしたことはない。」


 そんなのまで六法符にあるのか、魔強獣に対抗するために、六陣精霊が作ってくれただけのことはあるな。

 ここでふと疑問に思ったことがあった。


「この『察知』の六法符は、ラキッツさんの店で頼んでいませんでしたよね。どうしてですか。」

「『察知』は何かと役に立つので常に常備しているんだ。今回もこの旅の分位は十分予備があったので頼まなかった。それと『察知』は参の中では一番生成しやすい伍符だ。恐らくあの時ラキッツに注文をしても用意してくれただろう。」


 なるほど、ちょっと出かける時も常に持ち歩いていそうな感じだな。

 魔強獣もいるし納得できる。


「では出発しよう。何度の言うようだが、ここからは何が来るかは分からない。私達で手が回らないこともあるかもしれない、六法符の準備だけは怠らないでほしい。」

「分かりました。」


 赤峰さんの言葉に緊張感が湧いてきた。

 正直、魔狂獣が襲って来たら俺は怖気図に六法符を使用できることが可能なのだろうか。いや出来ないではいけない、躊躇することは死に直結するのだ。




 こちらの緊迫した空気をよそに、しばらくは何事もなく進んで行けた。

 道は段々狭くなるが、道筋はまだはっきりしている。赤峰さんも少し余裕が出て来たのか、俺がまだ教えてもらってない六法符の詳細について説明をしてくれた。

 まず範囲について、先ほど『察知』の六法符で範囲が二百メートルと言っていたが、他の六法符も使用範囲はだいたい当てはまるらしい。

火矢(ひや)』の場合だと百メートル内は自分の思った通りに飛ばせるらしい。俺は真っすぐ当てて褒められたが、赤峰さんは途中で曲げたりすることもできるらしい。

 そこから先になると、こちらからのコントロールは効かず、惰性で飛んで行くだけになり、段々威力も落ちて行き二百メートル位で消えるらしい。

 次に六法符の種類の詳細について教えてくれた。

 “火”、“水”。“風”は主に攻撃系、当たり前だが上にいくほど威力が高まるらしい。

 “時”は今説明してくれた『察知』の他、『通信』の六法符もあるらしい。

 ただ誰とでもと言う訳ではなく、特定の相手だけだ。具体的には素契紋を装着した状態で、通信の伍符をお互い入れ握手をすると、相手を記憶するみたいだ。連絡したい時は同じく通信の伍符を入れた状態で素契紋を耳に当て、記憶した相手を思い浮かべると、向こうに電話のベルのような連絡が行く。相手は通信の伍符を使って無くてもいいが、素契紋は装着してないと通じない。

 これは実際俺も赤峰さんと試してみたが、便利なものだ。携帯電話の感覚だが、手を耳に当てるだけでいいので、手軽さはこっちの方が上かもしれない。

 勿論念話の類じゃないので、その状態で喋ることは必要だ。

 次に“体”は壱から参が治療の目的、耀と轟が身体強化となっている。

 壱の『傷治(しょうち)』と参の『治癒(ちゆ)』は傷の治療。

 弐は『解毒』、病気の治療。

 ただし病気に関しては細菌、ウイルス性の病気に限るらしい。

 自分自身に起因するもの、ウイルス性以外の心臓病や脳疾患、癌等は治療できないらしい。総じて外敵から身を守る力と言っていいだろう。

 地球人からしたらそれでも十分素晴らしい力だ。

 身体強化の方は、単純に自分の体の能力を上げてくれるらしいが、赤峰さんもまだ使用したことはないらしい。

 “光”はその名の通り光に関する六法符、壱は『光』球を作ることができる。懐中電灯みたいなものだが、明るさはこちらが断然明るい。

 弐は『光矢(こうや)』で、威力は火矢ほどないが場合によっては威力を発揮するらしい。    参は百メートル四方を光で埋め尽くすらしい。微妙に使い道がなさそうな六法符だ。

 さらに上は、分身に関するものと言っていたが、赤峰さんもよく分からないみたいだ。

 上位二つの六法符では、ケラト族が関わってくるため、そんなに大量に出回ることはなく、赤峰さん自身も使ったことはおろか、見たこともないのもあると言っていた。

 それから六法符の話以外のことも話してくれた。

 この世界の国には、人間の国が二つと他種族に国が三つあるのはこの前聞いた通りだが、この国、仁翻(にほん)国は専制主義国家だが、トバリフは民主主義国家であると教えてくれた。

 ちなみに仁翻国とトバリフ国はあまり仲が良くないようだ。

 民主主義で育った俺には、専制主義のイメージは物語の中でしかない。それもあまりいい描き方をされてないのも多い。

 千年前から来た政治が続いているなら、民主主義国家じゃないのも何となく分かるが、トバリフ国は民主主義だということなので、この国が少し遅れているイメージを持ってしまう。

 実際の政治がどうなっているのかは、この目で確認しないと分からないが、暴君が支配していたら隣国へ行くことも考えるかもしれない。

 話は戻るが、仲が悪いのは間違いないようで、大きな戦争はないが、国境付近で小さな紛争は時々あるらしい。

 世界が違っても人間は変わらないものだとつくづく思った。

 それでも大きな戦争になっていないのは、六法符のお陰らしい。

 人間同士で戦が起きると、コキノ族、ケラト族共に伍符を作るのをやめるらしい。どちらがいい、悪い、も関係なくだ。

 そうなると当然、伍符を使っての争いは直ぐに在庫がつき出来なくなる。

 人間同士はそれでも戦いは出来るが、魔強獣が暴れだしたらそう簡単にはいかない。

 結果、長く争うことは二国とも出来ず、終息するらしい。

 六陣精霊がそこまで考えていたのかは分からないが、他種族にしか製作出来ないようにしたことは、大正解だったようだ。

 そんな小競り合いが多いトバリフ国だったが、赤峰さんは特に悪く言うことはなかった。

 人間なのだから国によって、意見の相違はある程度出て来るだろう。お互いが言い分を通そうとすれば争いはおこる。これはもう人間の性と言っていい。だからと言って同じ世界から来たもの同士理解できないはずはない、と言っていた。

 赤峰さんは、いい人だ。これが仇にならなければいいがと思ってしまった。

 俺は、世の中こんな人ばかりだと争いも起きないが、実際はそうじゃないんだよなと悶々としていた。


 色々と話している内にいつの間にか昼になったようだ。


「思ったより順調だな、この先に大きな沼があって開けた場所がある。そこで昼食にしよう。」


 赤峰さんが言った場所は、すぐに見えて来た。

 沼というだけあって水は少し淀んでいるが、周りは明るく休憩できそうな草むらもあり、昼食を取るにはとてもいい場所だ。

 近くの岩場に腰をかけ、昼食の準備になる。

 食事は日持ちする乾物が多いが、ご飯だけは現場で作るみたいだ。

 それも慣れているみたいで手際がいい。俺も手伝おうかと言ったが、周囲を警戒していてくれと言われた。気配があるから要らないのでは、と思ったが言わなかった。

 程無くご飯が炊け頂くことになった。やはり炊き立ては美味いし、この世界に米があって良かったと思う。


「赤峰さんはこの道を通って鳳明まで行ったことはあるのですか。」


 食事をしながらで失礼かと思ったが、若干気になったので聞いてみる。


「全行程は行ってないが、ここから琥珀湖(こはくこ)までは那柚と何回か行った。翠蓋(すいがい)の森には鳳明(ほうめい)に住んでいた時に入ったことはある。」

「その時はどんな感じでした。」

「琥珀湖までは、魔強獣に何度か遭遇したもののそこまで苦労した覚えはない。

 翠蓋の森は、鳳明側から森の中腹まで探索しただけなので、湖から侵入するのは今回が初めてだ。道は確かあるはずだが、ここを通る時は特に注意をしなければならない、なぜなら……」

「何かがこちらに向かって来ています。」


 突然、那柚さんが発した。どうやら察知に反応があったみたいだ。


「数と方角は。」

「まだ範囲に入ったばかりなので、はっきりは分かりませんが、恐らく五~六体。方角は私達が来た道の方向から真っすぐこちらに向かって来ています。」

「数で言うと”加肢狼(かしろう)”の可能性が高いか、那柚、戦闘準備だ。御雲君も一応準備をしておいてくれ。」


 道をこちらに来ているのなら、人間の可能性もあるのではと思ったが、二人はそんな雰囲気では無い。魔強獣である根拠が何かあるのだろう。 


「百メートル内に入りました。数は五、もうすぐ視界に入ってきます。」


 この泉に至る道は、緩やかなカーブを描きながら続いている。ここからカーブの先が見えているのは六~七十メートル位向こうだろうか。

 俺も素契紋は既に装着している。『火矢』を何枚いれるかだが、五匹以下なら二枚用意しておいてくれと言われている。

 単純に考えて『火矢』ならば、赤峰さんは全部で四発、那柚さんは『察知』を使用しているが、三発は使用できるはずだ。

 多分打ち漏らしがあった場合フォローを頼む意味だろう。

 俺は“臨”を唱え準備が整えた。すると僅かずつ前方に相手が見え始めた。

 赤峰さんの言う通り、加肢狼だった。

 地球の狼より一回りは大きく、と言っても本物を見たことはないが、赤茶色の毛並み、口にはお決まりの鋭い牙が光っていて、足が六本あるのがこの世界を物語っている。

 向こうもこちらを確認すると、動きを止め様子を伺いだした。

 こちらの『火矢』ならば十分射程距離だが、もし逃げに入られると、確実に仕留めることが出来ないかもしれない。逃げた後、再度追われても面倒なので確実に仕留めたいのだろう。

 しばらく膠着状態が続くが、先に動いたのは加肢狼だった。

 こちらが三人なのでいけると思ったのだろうか、五匹が勢いよく一斉にこちらに向かって来る。前の列に三匹、後列に二匹だ。

 その瞬間赤峰さん達の声が響いた。

「“彈”、“彈”」

「“彈”」

 赤峰さんが右の手から二発、那柚さんの方は左手から一発、『火矢』を放った。

 放たれた矢は、一直線に加肢狼の方へ飛んで行き、見事に三発とも命中した。

『火矢』が生き物に当たった所を見たのは初めてだが、かなり威力がある。

 加肢狼はこちらに向かって来て突進していたが、当たった瞬間やや後ろに吹き飛んだ。

 それを見て残り二匹がひるんだが、すでに赤峰さんは第二射を放った後で、これまた逃げる間もなく命中する。

『火矢』そのものは、それほど強度があるわけではないが、普通の魔強獣ならば十分通用すると言っていた。事実その光景が広がっている。

 しかし致命傷は免れたのか、二匹の加肢狼がよろよろと立ち上がり逃げようとしていたが、それを許すはずもなく追撃の『火矢』が赤峰さんから放たれた。四発撃った後、すぐに伍符を装填していたのはさすがである。

 その後様子を見ていたが、加肢狼は動くこともなく、どうやら息絶えたみたいだった。


 ほっとしたのも束の間。


「新手きます。同じ方向から六~七。反対方向からも三~四です。」

「まずいな。」


 呟くように赤峰さんが言ったのを、俺は聞き逃さなかった。数も多いうえ別方向からも来ているのだから当然だろう。


「どちらが早い。」

「正面が早いです。もう見えます。」

「御雲君、私達が打ち漏らすようだと続けて撃ってくれ、狙いは任せる。」


 言い終わると同時に加肢狼が前方より現れた。全部で七匹だ。

 今度は様子見をする訳でもなく、猛然とこっちに向いて突進してくる。

 それを迎えうつ『火矢』が、二人で七発次々と放たれた。

 全て命中したが、さすがにこれだけの数を一遍に狙うと、全部急所に命中とはいかない。

 二匹ほどひるまずに、こちらに向かってくる。

 赤峰さんが続けて伍符を準備しているが、相手のスピードを考えたらギリギリのタイミングになりそうだ。

 俺が前の二匹を倒さないとみんなが危ない。

 撃たなくてはと頭では分かっているものの、構えた両手は若干震えている。

 ほんの僅かの間だが、ものすごく長く感じる。

 よく聞くことばだが自分が体験するとは思わなかった。

 俺は意を決して唱えた。


「“彈”、“彈”!」


 放たれた二本の『火矢』は、加肢狼に向かって飛んで行く。

 だが相手も一度見ているからなのか、かわされそうになる。

 まだ『火矢』を自在に動かすレクチャーは受けていないが、曲がれぇぇぇと念じてみた。

 すると『火矢』は加肢狼に向かって曲がり始め、直撃は出来なかったものの、脇腹に当たり怯ますことができた。しかしもう十メートルは切った所まで接近している。

 俺がもう一度『火矢』を出そうとしたその直後。

 赤峰さんの攻撃が虎に向かって放たれる。至近距離ということもあって、二匹共、大きく吹き飛ばされ倒れた。


「後方きます、数は三です。」


 息をつく暇もないとはこのことか。

 後ろを振り向くとそこには、先ほどの加肢狼とは別の魔強獣が見えていた。だがまだ百メートル近く離れている。


「”猿鬼(えんき)”か。」


 心無か赤峰さんの言葉に力がない。

 ここからだとはっきり分からないが、二足歩行の魔強獣だ。

 人間より少し小さいだろうか、全身紺色の毛で覆われていて、見た感じ猿に近いが、頭に角が二本、両肩に一本ずつ生えている。

 先ほどの加肢狼に比べると見た目はそれほど脅威を感じない。

 それはこちらに向かっている速度が、人間が歩くほどのペースなので、対策が取れそうだと勝手に判断したためだったが、赤峰さん親子は違っていた。


「お父さん、どうするの、逃げる?」


 那柚さんから逃げる選択が出た。どうも危ない相手みたいだ。


「ここで撃退する」

「でも相手は『火矢』が効かないのよ。」


 火矢は六法符、弐の中でも一番威力がある攻撃だ。勿論、相手に弱点属性がある場合は別らしいが。


「『風陣(ふうじん)』を使う。」

「参の六法符は二枚しかないって言っていたじゃない。翠蓋の森までは出来れば使いたくは無いって……」

「やむを得ない。猿鬼の動きは加肢狼ほど早くないが、執拗に追ってくる習性がある。鼻も利く彼らを振り切るには、かなり戻らなくてはならない。最悪の場合、町までついてこられる可能性もある、それは避けたい。」


 『風陣』は確か風の参の六法符だ。

 俺はここで、ラキッツさんからもらった参の六法符が、二枚だということを初めて知った。 六~七枚はほしいと言っていたが無理だったみたいだ。

 その枚数だと、ここで使うのはどうかと言いたいが、赤峰さんの懸念が当たってしまうよりはいいだろう。

 弐と参では威力は全然違うらしい。

 俺も見るのは初めてだが、そんなことより問題は、それを使わなくてはならない相手が、近づいて来ていることだろう。

 赤峰さんが伍符を手に持った。


「“臨”」


 躊躇なく『風陣』を素契紋に取り入れた。

 猿鬼は奇声を時々発しながら、ゆっくりとした足取りで近づいてきている、獲物が動かないので余裕をかましているのだろうか、しかしもう五十メートルを切ってきていた。

 その時、一匹が今までになく甲高く吠えた。残りの二匹も続く、攻撃を仕掛ける合図だろうか、いや違うそれは彼らの断末魔だった。赤峰さんが『風陣』を発動したのだ。

 『風陣』は、風圧で切り刻むものらしい。

 猿鬼の手や足がどんどん千切れていく、少し可哀そうな位だ。血しぶきが吹きあがる中、最後に首がころがり落ちた。

 とその時。


「危ない御雲さん、後ろよけて!」


 那柚さんの悲鳴にも近い声が聞こえ、後ろを向くと、目の前に加肢狼が迫っていた。

 先ほど攻撃をし倒したと思っていた加肢狼が生き残っていたのだ。

 火矢で攻撃をした後、猿鬼に気を捕らわれていたので、加肢狼が確実に死んだかは誰も確認していない。

 最悪だ。

 加肢狼が俺の頭を狙って飛び掛かって来ていたので、何とか体を右にひねり頭はかわすことが出来た。

 しかしその反動で左腕が無防備になり、加肢狼の犠牲になった。


「うぐわーーー。」


 今まで経験したことの無い激痛が走る。

 加肢狼は俺の左腕に嚙みつくと、そのまま食いちぎった。今度は声をあげられないほどの衝撃が駆け巡る。


「御雲君!」

「いやー!」


 二人の叫ぶ声が聞こえたような気がしたが、それどころではない。

 それからのことは、朧気にしか記憶がないが、俺の左腕を食いちぎった虎をすぐさま赤峰さんが倒し、早く急いでと那柚さんが言っているのが聞こえた気がする。

 そして俺は気を失った。




 どの位たったのだろう、太陽が俺の顔を照らしているのに気がつき、意識が戻ってきた。目を開けると青い空が広がっていた。まだ半分まどろみの中にいたが、


「御雲さん!ああ。」


 その声で、ここが何処か把握した。


「目を覚ましたようだな、まずは良かった。」


 俺はゆっくりと上半身だけを起こし周囲を見回した、特に場所は移動していないみたいだ。


「大丈夫か、無理はするな。腕は元に戻ったが体力は消耗しているはずだ。」


 そうだ、俺は加肢狼に腕を嚙みちぎられたのだった。

 戻ったってどういう意味だ。

 そう思い恐る恐る左腕があった所を触る。

 ん?ある?顔を左腕に向けて確認する、間違いない。

 しかも動く、痛みは少しあるが違和感は全くない。


「その様子だと腕は大丈夫のようだね。」


 左腕をぐるぐる回して確認していると赤峰さんは、ほっとした感じで話してくれたが、那柚さんはそんな状態ではなかった。


「ごめんなさい、ごめんなさい。」


 大粒の涙を流して謝りはじめたのだ。


「私が、注意を怠った為に御雲さんに怪我をさせてしまって。本当にごめんなさい。」


 どうもあの時、自分が『察知』を使って周りを注意していたのにも関わらず、気づくのが遅れ俺が怪我をしたのを悔いているようだ。こんな時はどう対応していいか分からないので非常に困りあせった。


「私も、加肢狼の生死の確認を怠っていた。すまない。」


「あっ、いや、赤峰さんも那柚さんも悪くないです。あの状況じゃ注意は猿鬼の方に向くのは仕方ないですし、俺も全然大丈夫ですから、気にしないで下さい。」


 と言ってもう一度左腕をぐるぐる回して、問題ないことをアピールした。


「御雲君もああ言ってくれている。もう泣くのはやめて顔を上げなさい。」


 赤峰さんの言葉に、那柚さんはゆっくりと顔を上げたが、目にはまだ大粒の涙が溜まっている。

 俺は元気なことをもっとアピールするため、両手を振り回しながら立ち上がろうとしたが、立ち眩みがしてしゃがみ込む。


「大丈夫ですか。」


 那柚さんが直ぐに駆け寄って来た。


「はははっ、ちょっと、はしゃぎすぎたみたいです。」

「もう、気を付けて下さい。」


 怒り笑いをしながら心配をしてくれた。少しは元気が出ただろうか。


「やはり若干貧血気味かもしれないな。御雲君の腕を直したのは、体の参、『治癒』だ。これは腕だけじゃなく、足や首までもつなぐことができる。ただしあまり時間が経って腐ってくるとダメだし、失った部位は再生されない。少々なら修復してくれるが、骨が一部無くなっていたり、つなげる所の筋肉や皮膚が、ごっそり欠けていたら、無くなった状態で再生される。結果くっついたはいいが、不自由な手足になることもありうる。さらにその怪我で失った血液も戻ることは無い。御雲君の場合、腕はほぼ完全な状態で取り返せたし、結合も早かったのは良かった。とは言ってもそれなりの出血もあったので、少し休んだ方がいいかもしれない。」


「お父さん、一度帰ることを検討できないかしら。このまま進むのも勿論、ここに居ても危険だし」


 那柚さんの言葉に考えていた赤峰さんだが、


「そうだな、時間が惜しいが、無理はさせられない。もう少し休んだら一度戻ろう。」


 その言葉に、那柚さんはうれしそうだった。

 俺は正直どちらでも良かったが、体のことを心配してくれるのは、ありがたかった。




 小一時間位たっただろうか、荷物も準備ができ、そろそろ出発しようとした頃、辺り一面を霧が覆ってきた。

 それはアッという間に森を隠れさせ、目の前にいるはずの赤峰さん達ですら霞んできた。


「妙だなこの霧は、那柚、気配に変化はないか。」

「特に反応ありません。」

「目に頼らず、耳に集中して警戒はゆるめないように。」


 そういえば先ほどまで、風にゆられる木々の騒めきや鳥のさえずりが、聞こえていたはずなのに、今は聞こえない、静かすぎて不気味な感じだ。

 そんな状況の中で緊張感がピークに達しようかという頃、段々と霧が晴れて来た。

 霧はまるで潮が引くような速さで一気に引き始める。

 そしてそれは目の前に忽然と現れた。


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